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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第62章 竜と歌


力の奔流に蹂躙されたと言えども黒竜は虫の息とは程遠い。まだまだ元気だった。むしろ怒りに燃え立ってますます盛んになるのだった。


白竜はまた別の銀河を作るために小さな黒点をいくつも作り出してあちこちに配置している。

黒竜はいつその銀河に浮かぶ天体の一つに目されるとも限らないのだった。


いずれにせよこの白竜を滅しなければならぬ。

そしてまたこの黒竜を滅しなければならぬ。


白竜を完全に滅する方法を考えなければならなかった。

黒竜は自分の中を探した。


すると、見えるのは獣性を厭う“人間”の眼だった。

生まれを同じくして奪われた肉体を取り戻すために一致団結してこれまでやって来たさ迷える魂たちのはずが人間と獣というだけでこれだけ乖離してしまう事に黒竜は悲しむのだった。


それが変に人間たちに伝わっていく。


黒竜は探すのを止めようと目を背けると傍らに寄り添う小さな魂に気が付いた。

それはある少女の魂だった。


言葉もなく小さな手を黒竜の鱗に当てている。

誰かに寄り添うための手、誰かを慰めるための手。

黒竜もオデュッセウスもそのような優しさと慈しみを持つには彼らの手は厳しすぎた。もう誰かを叩くためにしか、誰かを傷つけるためにしか使えそうにない。傷つけられた分だけ誰かを傷つける事を選んだ手と傷ついた誰かを癒す事を選んだ手。


『いつかわたしたちもそうしなきゃダメだから。セシルもレーアもクレイも、みんなそうしてくれたから』


傷つくだけ傷ついて、傷つけたいだけ傷つける。いつか訪れるであろう終着は己が身が果てる時か、あるいは誰かがそれを癒そうとしてくれた時だけ。


黒竜は明日を見ていない。自分が入るはずだった肉体を取り戻そうという気は毛頭ない。あるのは怒りだけ。それらを奪われた怒りだけだった。


少女が“人間”を見ている。

鎖を外れて解放された獣性に恐れをなした人間たちが我を取り戻そうとしていた。


『協力してあげようよ』


魂の奥深くに眠り込んで無関心だった黒狼や鹿、蛇の魂までもがやって来た。

千差万別の魂が焼かれた鱗の前までやって来た。


白竜は黒竜の背にひとりの少女が生えてくるのを見た。


「なんだ、それは?」


折れそうなほど細い腰と腕。上半身だけを伸ばしている少女は白竜を見ると寂し気な表情を浮かべた。


「少女?」


宙を漂う黒点は天に浮かぶ数多の天体の中心となって浮かんでいる。


『祝福を与えよう』


黒竜が言った。


『【女神の讃歌】』


【清き歌声】が祝福を与えられて形を変える。


そして黒竜の背で少女は歌を歌い始めた。

その声は聴く者すべてを魅了する清澄な歌声だった。


白竜はその声を聴くと気が和らぐのを感じ、力が抜けていくのを認めた。意識は歌にしか向かえなくなって翼を動かす事すらも止めてしまいそうなほど気が抜けていく。


我を取り戻すために白竜は黒竜から距離を取った。


海水が【水神降臨】によって再び空へと持ち上げられている。


「【海中神殿】」


【水の宮殿】が祝福を授けられて形を変える。


歌が終わった。

歌声は棚引く雲に乗ってこの世の果てまで届きそうだった。波の崩れる波頭の音さえもその歌声を掻き消す事は出来ない。


歌が完成した事で黒竜に力が乗った。


さらに別の調べが響く。少女が口を開いて別の歌を歌い始めたのだった。


「まずい!」


白竜は漂う黒点を操作して一斉に黒竜の方へと向かわせた。黒点は周回する全ての天体の中心として引き連れながら向かうのだった。黒竜の力の漲りと新しい力の加護を見ての判断だった。


だが、光速を超える速度で白竜に迫った黒竜は力の漲るその顎で白い身体に噛みついた。


全て折れよと言わんばかりに強力な噛みつきで白竜の肩は肉も骨も軋みをあげている。痛みと屈辱に耐えかねた大絶叫は大地と大海を揺るがせた。


空中でのたうち回り、振りほどこうとするのだが黒竜を振り落とすにはあまりに強く食い込み過ぎていた。


白い尻尾で黒竜の身体を叩くのだが少しも効果のある様子がない。

防御力と耐久力が驚異的に上昇していた。


白と黒のすう勢が黒へ傾き始めたのを見た人々の中でどちらがどう転べば助かるのは分からない民衆はただ逃げようとするばかりだった。

地上では恐ろしい憎悪で白竜の助けに入ろうと機を窺って雷を手に溜めたアダルが待機している。

そして王都の玉座でこの黒白の争いを酒を飲みながら見ているクローヴィスは楽しんでいた。


竜と竜が天で争い合う中で聞こえる女神の清澄なる歌声は途方もない神性を人々に感じさせた。人ならざる生命の衝突とその賛美が聴こえる。


「あれはいったいなんだろう?」誰かが誰かに尋ねるが答えられる者はいない。


そしてまたひとつの歌が終わった。

延ばされた終息はあらゆる感慨を突き付けていた。


黒竜の力が増して白竜の肩が噛み砕かれる。


少女は泣くように歌う。

黒竜の肉体を顧みない破壊を悲しんでの歌だった。

それは白竜にとって鎮魂歌のように聴こえる。この歌声は荒々しい大海を鎮める力さえあるのだった。


白竜は最後の力を振り絞るようにカッと目を見開くと黒点を最大まで広げて自らと黒竜を取り込んだ。そして瞬時にそれを閉じると王都の上空は忽然と沈黙し、荒れ果てた無残な光景だけが残った。


引き寄せられる力に逆らわずに白竜は黒竜を引き連れてある一点へと向かっている。肉体と魂の破滅。道連れにこれ以上に相応しい相手はいないように思われた。


歌が聴こえる。

恐ろしくも悲しい儚い歌が聴こえていた。


黒竜の身体は溶けていた。肉体が白竜へと覆いかぶさって同体となっていく。


下半身は黒白の半々となって一体化して上半身だけが残っている。双頭の竜が出来上がると黒竜は白竜の肩を噛むのを止めた。


黒点の巨大な引力の中央に向かっている。それはもうすぐ到達しそうだ。


すると、黒竜の背に生えていた少女が手を白竜の首筋に伸ばした。

歌を歌いながら優しく撫でている。あらゆる厳しさ、自身を傷つける暴力を感じ、身を侵す毒のような浸食の中でその手は慈しみと愛に満ちていた。

生まれ落ちた孤独、人の魂を持っていながら身体が人ではないという齟齬による苦痛、畏怖される寂寥が癒されていく。この時、確かに少女の歌はこの白竜のために歌われていた。


数多の天体が黒白の双頭の竜よりも速く黒点の中央へとたどり着いて呑まれていく。


黒竜の力強い顎が白竜の首に噛みついた。

叫び声が上がり、抵抗するが白竜の首に伸びた慈愛の手が苦しみを和らげる。何もかもが吹き飛んでいく感覚に襲われながら白竜は歌が終わり、また延ばされる終息を聞き届けた。


「歌、歌が聴こえる。優し気な歌が………」


完全に抵抗する力を失うと黒竜の顎は白竜の首を噛み砕いた。

そして完全に脱力した白竜の首に噛みついたまま光速を超える速度で来た方へ向かっていく。

黒点の巨大な引力とは逆の方向へと走る黒竜は閉ざされたその空間を打ち破って外へとやって来た。


空間が破られる大轟音が響く。

1頭の巨大な黒竜が同じくらい巨大な白竜を空へと投げた。

そして勝利の雄叫びを咆哮としてあげると落下してくる白竜に再び噛みついて黒々と覆ってしまった。


『ここは?』


ほとんど虫の息の青年が倒れ伏した格好で呟いた。


『ここは我らの生まれた場所』


『迷える魂がたどり着く場所』


『歩むべき道が照らされている場所』


『次へと進むための道』


『そうか、ぼくは敗れたんだな』


『ああ』


『いや、いつか訪れると思っていたんだよ。覚悟はしていたさ』


『そうか』


ヘルッシャーミンメルの魂はない。まだ自分の肉体を食い続けている。彼は肉体を求めるがあまりに他人に奪われてその他人に良いように扱われているのを裏切りのように情けなく感じて自分の身を叩き、痛めつけて食い続けるのだった。


『ぼくはどうなる?』


『さあな、いずれにしろ死は免れん』


『そうか、そりゃそうだよなあ』


『さらばだ』


オデュッセウスはヘルッシャーミンメルこと巽竜希を圧し潰した。

肉体も魂も完全に掻き消えた。


4つのスキルが残った。【天体の加護】、【無欠な肉体】、【白と黒】、【混沌の星】が残っている。

ヘルッシャーミンメルの魂はもはや完全に同一の魂とは呼べずに新しい個体としての形を成していた。

どうやら次へと向かうつもりもないらしい。


姿形をオデュッセウスへと変えると彼は少しの達成感もないままクローヴィスを討つために王宮へと走り出した。

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