第61章 天体の竜
白竜は飛び出てきた黒竜を見ても驚きはしなかった。
まるでそれが多少の時間稼ぎにしかならないと分かっているような様子だった。
「出て来たか」
「貴様を殺す。ただそれだけでいい!!」
黒竜は白竜へ向かって突進する。
「星よ、天体よ、加護を!」
すると、白竜の前に現れた球体が膨らんでいく。
初めは人の手に載せられる程度の球が空気を入れられた風船のように大きくなっていく。
もう既に簡単に黒竜の身体を上回っている。
月のように白く大きい球体が動いているように見えないのに膨らむ動きだけで黒竜へと迫っていた。
いや、現に接近していた。
緩やかだった動きが徐々に速度を上げていく。
「小賢しいわ!」
黒竜は波動を打つように咆哮を上げるが迫りくる作られた月を破壊する事は出来なかった。
ただ振動だけが伝わって震えるだけで迫ってくる。
さっとそれを避けると月はゆったりと弧を描いて進んでいった。
「天体よ!」
白竜が飛行を続けながら天体への要請を続けている。
白熱線は降り注ぎ、上空に残っていた海水を操ろうとしていた黒竜はそれがぐつぐつと沸騰している事に気が付いた。
また天体が現れる。今度は月よりも大きかった。さらにまた別の角度から大きさの違う天体がやって来るのだった。
どこかを中心にしていくつもの天体が周回している。
白竜はその天体のどこかへと紛れ込んでいた。
最も大きい天体が黒竜へと迫る。まず初めに咆哮で圧した。するとその天体は実態なきガスの天体で容易に形を崩すとガスをあたり一面にまき散らして黒竜の視界を覆うのだった。
そしてまた別の天体がやって来る。
黒竜は完全に白竜の姿を見失っていた。
とにかく周回する天体から逃れるためにその座標から離れようと黒竜はさらに上空へと逃れようと高く飛び上がった。
だが、天体は彼から離れる事がなかった。
中心が周回する天体である事など有り得ない。いずれどこかに周回する天体を引き付ける大きな存在があるはずだった。
黒竜は光速で飛び回って天体から逃れようとするがそれらは少しも距離を変えなかった。一定の距離を保って彼に迫っている。
「逃れるのは不可能だ。これは天体の加護。光を超える高速できみを捉えている」
別の天体がやって来る。
また天体が増えていた。
中心は未だに分からない。
彼はそのまま天体の陰から陰へと進む白竜を目で追うために注視するが天体の動きが激しくて追うのは難しかった。
「光の星、闇の星、炎の星、水の星、ガス、砂、熱、全てが引き寄せられて形を成して星となる。天では塵芥さえ星に成り得る」
「ごみはいくら集めてもごみに過ぎない。塵は塵だ」
黒竜は右腕を上げて振るった。
「【風神招来】」
暴風を送り込んでも星の歩みは止められなかった。
星は今や姿の見えない中心で小宇宙を作りあげていた。
いくつもの天体が無数に回転していく。それは一定の方向ではなくてバラバラで速度もそれぞれ異なっている。
ひとつを追えばひとつに惑わされて、また別を捉える事になる。ぐるぐると回り続ける。
黒竜はがらんどうに見える中心を目指して光速で向かった。
その銀河の中に白竜はいなかった。
黒竜の目にその銀河の中央が見えていた。それは彼が飛び出してきたある黒点だった。
「これが中心か!」
それを破壊しようと力を込めて牙にかけようとしたその瞬間に雷鳴が轟くのが聞こえるのだった。
そして凄まじい雷が黒竜を襲ってくる。
アダルが地上から黒竜を攻撃していた。
それは【神域の一撃】で強化された強力な一撃だった。
黒竜の強固な鱗を打ち破るに十分だった。
「この、人間めがぁ!!」
左腕を振るって暴風をアダルへ送る。
アダルはそれをひょいと軽く避けた。
黒竜の中でオデュッセウスは事態の様子を見ながらアダルのこの黒竜へ的確に向けられた攻撃の意味を図ろうとしていた。
それは明らかに憎悪に満ち満ちた一撃だった。
雷に打たれながら黒竜はその黒点に攻撃を加えた。決定的な一撃になったはずだった。
それは風船を破壊する針のような一撃だった。
破れが現れるとそれは激しい終末を宣告する力の奔流へと変貌するのだった。
蓄えられていたかのような牽引力が解き放たれて全ての周回を無に帰すような集約を見せ始めた。
数十個あった全ての天体が乗るべき線を外れて凄まじい牽引力に逆らう力もないままその黒点の破れ目へと集まって来ていた。
最も近いところにいた黒竜は光速度で迫る無数の大小様々な天体を避ける事は出来そうになかった。
逃れるためのあらゆる試みを無に帰す接近と牽引が黒竜を捕らえていた。
そして全ての天体がその破れ目へと入り込んだ瞬間に白というにはあまりに簡単な閃光が浮かぶと何もかもを消し飛ばす爆散が生まれた。
それらの全ての力が黒竜の鱗を蒸発させて魂に酷い火傷を負わせる。
アダルの雷の一撃とは比較にならないほどの凄まじい衝撃と熱だった。圧倒的でこの上なく暴力的な力の迸りに黒竜は全身を打たれていた。
そしてその奔流はわずかに残った黒点の牽引に捕らわれて上空で起こった以上には被害ほとんどなかった。
地上には恐ろしい風が吹くだけだった。




