第60章 竜と竜
竜と竜の激突は凄まじい影響を王都と民衆に与えていた。
上空からの衝撃波は王都の街並みを上から圧し潰すのに十分なほどで多数の家屋が倒壊していった。
当然ながらアルフリーダがいる[四季折々]のあの部屋も倒壊を免れなかった。
民衆は叫びをあげていた。
この世の終わりのようだった。
王都内のギルドはこれを機に一丸となってこの事態に対処する事を決定し、まずは民衆を王都の外へと非難させる事から始めようと先導を始めた。
我先にと馬を駆ってグラスフェールの大岩にやって来たある男は王都の上空で食い合う竜と竜を見るとその神々しさに恍惚となった。
「なんだ、あれは?」
馬をどれだけ促しても王都の方へ戻ろうとしない。
黒腕が白首に爪を突き立てようと伸びるとそれに伴って生じた爆風がグラスフェールにまで届いて地面に生えた草草を巻き上げて引き剥がす。
「なにが起こっているんだ!」
もっと遠くへ逃げねばならない。
男はそう思うとひとり馬を駆ってさらに遠くへと逃げようと平原を行くのだった。
竜と竜はほとんど互角だった。
「いずれ訪れると思っていたよ、この時が!」
白竜が喋った。
転生者だった。
「貴様を殺す。食って食って食いまくる。食い破ってくれるわ!!」
白竜は太い尻尾を黒竜の脚に巻き付かせるとそれを引っ張って自分から黒竜を引き離した。
そしてそのままぐるんと回転したかと思うと自由になったその太い大きな尻尾を黒竜の身体に叩きつけた。
黒竜はその追撃を避けた。
「星よ、加護を!」
白竜が叫ぶ。
大気を突き破って星々の輝きが黒竜へと降り注いだ。
それは星の輝きによる熱線だった。黒竜の身体を白く染め上げる高熱の白熱線が降り注ぐ。普通の人や魔獣ならすぐにも蒸発して消えてしまうだろう。
黒竜が【水神降臨】と唱えると大海が荒れていく。【風神招来】と合わせた。
海に竜巻が巻き起こり、天地が逆転したかのように海が上空を目指して流れていく。
鋭い水の刃が白竜へと襲い掛かる。白竜はそれを全て見事に避けきった。
避けきったというよりも水刃の方が当たるのを避けたようにも見えるのだった。
「少し避けたところでどうしようもあるまい」
天も地も海で覆われている。
その狭間で白竜は真っ白に煌めていた。それは天体の加護によるものだったかもしれない。
夜の空に浮かぶひとつの真っ白な星のように竜は居た。
黒竜が白竜へ向かって突進する。
突進するのだが力を入れたのにも関わらずそれはあまりに弱かった。後方から引かれる強い牽引力に黒竜は身を奪われていた。
後ろを見るとそこには黒い点が浮かんでいる。小さなそれは似つかわしくない強い力で黒竜を引き寄せるのだった。
その黒い点は全てを吸い込む漆黒だった。上から滴る水が点の中へと吸い込まれていく。そして掻き消えた。蒸発するでもなく、落ちた音すらも聞こえない。
白竜はこの牽引に耐える黒竜の背にまた尻尾を叩きつけた。今度は避ける暇もなく黒竜は黒い点の方へと圧し飛ばされた。
吸い込む黒点に黒竜はほとんど半身が捉えられていた。
「そのまま行ってくれ。さようならだ、無限の牢獄へ」
牽引力は鎖で縛られた捕縛の力だった。
「お前は誰だ?」
首から下が黒点に消えていく黒竜が白竜へと叫んだ。
「俺の肉体を奪って何をしている?」
白竜は答えない。
「何者で何処へ向かおうと言うのか?」
「それは神の問いだ。誰が我々をこうした形に作りあげたのだろうか、そして我々はこの形を受け入れてなお何処へ行こうとしているのか。全て神が我々、生命に問うている言葉だ。だからこそ答えるべきは今ではない。そして問いかけは何も質問者に返答するとは限らない。返答だけを考えて問われた者たちだけで共有するという事も十分にあり得る」
「ふざけるな、哀れな人間ども。人間の在り方が変わっただけで他を脅かすな。どこまでも傲慢で矮小な人間ども。培った物を失うのが恐ろしい人間、何物も培えず現世を呪う人間、それが貴様らだ。新たな生を得て記憶と知恵だけがある小賢しさに酔いしれて上に立とうとする。ゼロから始める事を恐れ、洗われる痛みを避け続けた臆病者ども。その矮小さ、その蒙昧さ、その全てをこの牙で噛み砕いてやる!!!」
黒竜は完全に飲み込まれてしまった。
彼の力が現次元を離れると支配の及ばなくなった天に伸びた海は雨となって王都に降り注いだ。
後方からやって来る有無を言わせない圧倒的な牽引力に黒竜は抗っていた。
身に巻き付く恐ろしい鎖が竜を苦しめる。
彼方に見える白い点は彼がいた場所だった。
『引き寄せられる力に抗うのは逃れる力だ』
『引力』
『この力を上回る速度で出るしかない。あの白き点へ向かって』
オデュッセウスが黒竜に向って助言する。
『魂は何処へ行く?』
『魂ならば我らの誕生したあの場所へ行くはずだ。だが、迷わせるわけにはいかない。我らのような者を増やさないためにも。全ての道を照らす必要がある』
『この場所はそのどこでもない』
『夜の道、暗き底、何物にも照らされない恐ろしい終焉』
『くだらない。そんなものは有り得ない。今ここに光を見出すならば!』
黒竜は力を込めたかと思うと次の瞬間には彼方に見える白い点へ向かって突き進み始めた。
牽引力は黒竜を引く。それは容易に黒竜に追い付いて引き寄せようとするがその力も彼を留める事は出来なかった。
解放された力は黒竜の身体の鱗の上で輝いて黒い紙の上に引かれた白線のように煌めいていた。
ぽんと飛び出るように黒竜は外へと飛び出した。




