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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第52章 帰る、王都へと


「オデュッセウス?」


リリーが彼の顔を覗き込む。


オデュッセウスは柔らかい目をしていた。

その目は包み込むような優しさを帯びている。リリーはどきりとすると闘いの渦中である事を忘れて彼を呼んだ口を閉ざすと目を開いて全てを受け入れようと見つめていた。


「リリー、みんなも済まなかったな」


「ううん」


「オデュッセウスよ、この状況で謝罪が出るとは余裕があるな。だが、事態はお主が考えるよりもひっ迫しているぞ。行かねばならぬ。王都の外がこうした状況である事と王都の内もまた危険である事を王に知らせねば。ザロモとクローヴィスが手を組んでいたなどという事をあの樹は口にした。真実しろ虚偽にしろ、王の身に危険が迫っているのは間違いのない事。すぐにも馳せ参じねば!」


バルドウィンは拳でどしんどしんと胸を叩いた。すると、【気高き魂】によって彼の下にいる者たちにも意気軒昂が伝わっていく。


「だけど、この包囲を抜けるのは並大抵の事ではならない。どうにか策を練らなくては」


アダルが言った。


それについてはオデュッセウスには案がある。


「それについては案がある」


「どんな!?」


そこにいる全ての者がオデュッセウスの言う案に飛びついた。


オデュッセウスは言葉少なく説明した。彼はほとんど雑な説明で投げやりな感じだった。要するに「俺がどうにかお前たちを王都内に送るからその先はそれぞれのするべき事をしろ」とでも言うかのようだった。


彼が言った作戦はまるっきり現実味がなかった。語るオデュッセウスは自信に満ちているがそれを聞いたリリーたちは半信半疑だった。


「大丈夫です。わたしはオデュッセウスお兄さまの作戦を信じます!」


アリーシャだけがオデュッセウスの作戦を全面的に支持した。


「できます!!」


アリーシャは心酔しているというよりは過去に経験したがゆえに言える支持であった。


「う~ん」


リリーとアダルは疑っている。次に口を開けば「他の作戦にしましょうよ」とでも言いたげだった。


作戦を考える時間はたっぷりあるように思えるがこの状況を王都に伝えようと意気込むバルドウィンは早急な対応を求めた。


「王よ、今こそ立ち上がり、民をお導きください。もしあなたが立ち上がる気力もなくなってしまったのならこのバルドウィンがあなたを支える杖となりましょう。民は力強い指導者を待っています。あなたが栄えある彼方を指さすならば我ら臣下はそこが山であれ、谷であれ、人跡未踏の地であれど必ずや王と民の歩く道を拓いて見せます!!」


【花弁の上の雫】の端で王都へ向かってバルドウィンは叫び続けた。


アダルとリリーが最後まで支持しなかったのはオデュッセウスの口ぶりがまるで自分は関係がないと言わんばかりのものだったからである。


「もう決めた」


すると、水が地面から湧き出してきた。

それは少しだけ潮の匂いがする水だった。どうやら海水を含んでいるらしい。


ざざざっと水が形を成していく。それは波の音ではない。


「水錬宝船」


水の船が出来上がった。都の港に停泊していたマヤーたちが乗っていたような大きな船に形が似ている。力強い竜骨、前底部は阻むもの全てを切り裂かんばかりに鋭い。何物もこの船の航海を阻めないとする祝福が底石のように載せられている。


すでに甲板にはリリーたちが乗っている。


「水錬宝河」


船が行く道が敷かれた。オデュッセウスが敷いた道。行く人を安全に届けよという祝福で川面が輝いている。


「リリー、【花弁の上の雫】を解除しろ」


「オデュッセウスも乗って!」


「俺はここでこいつを討つ」


「馬鹿者、オデュッセウスよ。お主が尖兵だと申したはず。お主がクローヴィスを貫く先槍となるのだ!」


「帰ってからにするさ」


船が前進していく。伸びた舳先が【花弁の上の雫】に触れそうだった。


「アダル、よろしく頼む」


オデュッセウスが言うとアダルははっと我に返ってこくりと頷いた。

その表情は驚きに溢れていてどうするべきか迷っている様子だが託された者の顔を見ると彼女は頷く事しか出来なかった。


「オデュッセウスも乗って!」


リリーが言う。


「オデュッセウスお兄さま!」


アリーシャが叫び、他の者もオデュッセウスにこの船に乗るように告げている。人間の乗った船、さ迷える魂が作り上げた人間のための船だった。船体は上へ向かって白い波頭を作り上げてうねっている。それでも船として形を変えず、祝福の祈りの形も変えていない。


「行ってくれ」


そして舳先がぶつかったかと思われた瞬間に【花弁の上の雫】が解除された。

堰を切ったかのように船は輝く川面を王都へ向かって走り出した。


屍の軍団がそれを阻もうと前に出るがそれらを全て切り払って進んでいく。少しも揺らぎもしない様がオデュッセウスを安心させた。


くるりと振り向いてオデュッセウスは大樹と対峙した。


「俺にあの宗教国へ行けと言った盲目の神父だろう?」


オデュッセウスは大樹に尋ねた。


「ほう。覚えておいでか。てっきり忘れたものかと思っていましたが」


「覚えているさ。あの様子では最初に転生者ではないかと疑っていたんだ。未来が見えると言ったな。あの時にも見ていたのか?」


「ええ、だからこそあそこへ行くように促したのです。あの谷にへは行くなと言っても行った事も知っています。あなたはわたしに勝てると思っているようだがそれは不可能でしょうな。わたしには見えている。あなたがこの世から絶望と後悔とを持って去るだろうという事が、そしてそこに微かな救いと解放も感じている事を」


「どれも当たっているようで当たっていない」


オデュッセウスは笑っていた。


因縁がここにもある。自分を地へ縛る因縁が。飛び立てぬ因縁、地へ縛ってどこかへと向かうのを阻む縄。


彼は人生を感じていた。この男を葬った後に自分はまた自分の人生を始められる開始地点が近まったのを感じるに違いない。


「お前が知らないのなら教えてやろう。我らは絶望と後悔と喪失を持って生まれた。そしてこの戦いも救いと解放を持って終わるだろう。お前に全てが見えているわけではないという事をお前の言葉が示してくれる。これ以上に語るのは止せ、無知をひけらかす事になるからな」

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