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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
黒き獣の誕生
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第15章 お前のような者こそ相応しい

 夜になった。


 ミケルは散り散りに個体を分散させてヒリーヌとオスカーを探した。ヒリーヌは城壁内では見つかられなかったし、不思議な事にオスカーも見つけられなかった。


 ただミケルはアルドスを見つける事が出来ていた。彼は自身の屋敷の中で遊んでいる。護衛も二人いる事が分かった。


 上級層は中級層や下級層ほど事態を重く見ていなかった。貴族の者たちは寄り集まって食事をしたり、演劇を見ていた。


 ただ彼らは外へは出ていない。外に居るのは巡回するギルドの者ばかりで建物の中で楽しんでいるらしい。


 巡回する者たちの中でミケルの少年の姿を見た者がいるが特に注意しなかった。彼らは漠然として異常な事がないかを見て回っているだけでどのような事に、いったい誰に注意するべきなのか全く理解していないのだった。


 アルドスの屋敷へ着くとミケルはすぐに屋敷の奥へと向かった。


 アルドスは屋敷の奥の扉の大きな部屋の中にいるらしい。

 ミケルはその扉を勢いよく開けるとキングサイズのベッドの上で女たちと戯れるアルドスの姿が見えた。アルドスは女との遊びに夢中でミケルが入って来た事に気が付いていない。


 ベッドの端に座って紙巻き煙草に火をつけた女がミケルに気が付いた。



「ちょ、ちょっと誰よ?」



 ミケルは答えない。華奢な女たちと遊ぶアルドスはミケルがこれまでに見た誰よりも肥えている男だった。



「アルドス様、アルドス様」



 咥えていたタバコを手に持ち換えて女がアルドスを呼んでいる。ミケルはこの部屋の中の様子をじっと見ていた。



「んー」



 アルドスが呼ばれたのに半端な返事をするだけで満足に応えない。遊び相手になっていた女たちもミケルの姿に気が付いて遊びを中断した。レースのドレスを身に纏う女が三人そこにいた。



「なんだ、どうした?」


「あれ」



 「んー?」とアルドスはようやくミケルに目を向けた。



「こらあ、誰だ、お前は。すぐに出て行け!」



 それだけ言ってまた遊びに興じようとアルドスは女のドレスを弄び始めた。ミケルは構わずに部屋の中へと入って行く。



「アルドス様、アルドス様」



 女の慌てるような声がアルドスの気に障ったらしく激昂してベッドの上に立つとミケルを睨みつけるのだった。



「おい、アンゾン、ヨーン!」



 この大部屋の奥の部屋へと続く扉へ向かってアルドスが叫んだ。



「こいつを摘まみだせ!!!」



 アルドスに呼ばれて二人の大男が大部屋へとやって来た。男たちの目は明らかに身の危険を搔い潜って来た経験を思わせるようにくすんでいた。


 ミケルはそれでも部屋から出ようとしない。彼の目的はあくまでもアルドスである。


 アルドスに歩み寄って行くとその堂々たる様と異様な眼に恐れをなしたアルドスは後退って行く。



「はやく、はやく摘まみだせ!」



 ヨーンの手がミケルへと伸びた。



「触れるな」



 脇腹から出したホウラーヒッシュの後ろ足でヨーンを蹴り飛ばす。ヨーンの大きな身体は部屋の壁に叩きつけられてその衝撃にヨーンの呻きが漏れた。


 女たちの短く小さな悲鳴が聞こえたがそれよりも部屋を満たしたのはアルドスの大きな声だった。



「アンゾン、さっさと動け!」



 アンゾンはミケルをじっと見つめるばかりで動こうとしない。様子を窺っているように見えて隙があれば襲い掛かって来るだろうとミケルは思った。



「失せろ、今なら命だけは助けてやろう」



 ミケルがそう言って最早一瞥もくれずにアルドスを見るとヨーンが立ち上がる音が聞こえた。どうやら身体は丈夫であるらしい。


 アルドスは部屋の隅へと逃げ込んでいた女たちを盾にしてミケルに相対しようとしている。交渉の余地があると考える余裕を持ったかのように思われてこれが酷くミケルを侮辱した。


 助かる余地、見込みなどないのだ。それを伝えない、圧倒的な殺意を持って接しているはずだ。生への欲求がアルドスを突き動かしているのだろう。だが、その現れる形が闘争ではなく卑劣な逃避であり、誰かを犠牲にしての防御であるのが転生者として相応しく思われた。


 ミケルは思った。こうした転生者の誕生は我々の犠牲を伴って行われている事だ、現世でも誰かを犠牲に、盾に逃避する事に躊躇いはないだろう、と。



「アンゾン、ヨーン、賃金を五倍にする。だから、これを追い払え!」



 アルドスの号令にアルドスとヨーンは腹を括ったらしい。その部屋の内部が緊張に包まれていく。


 ミケルは二人の大男を見た。するとアンゾンがスキル≪創造する掌≫で武器を生成していく。剣と槍、矛が生まれてそれをヨーンへと手渡すのだった。


 ヨーンはスキル≪四つの腕≫で肩を起点に左右に二本ずつの腕が生えていた。その全ての腕に武器を握っている。



「良いスキルを持ってるな」



 アンゾンとヨーンが戦闘態勢に入って身を低く構えた。どうやら二対一の状況を上手く利用するつもりらしいと分かるとミケルは何も知らない二人の男を嘲笑した。



「ヨーン」



 アンゾンが名を呼ぶとヨーンは部屋の天井すれすれまで飛び上がってミケルの頭上から四本の武器を振り下ろした。それと同時にアンゾンが下から迫っている。


 頭上からの攻撃にミケルはホウラーヒッシュの頭部を出して伸びる角を突き刺して捕らえると太い首を振って投げ飛ばした。壁が割れて彼らが控えていた部屋まで突き破ったヨーンの身体はぴくりとも動かなくなった。


 迫るアンゾンが振るう手を掴むとそのまま取り込んだ。彼の肉体を取り込んでスキルを読み込むとミケルはスキル≪創造する掌≫を習得した。それで満足だった。アンゾンを吐き出すと彼は気絶していた。それにミケルの魂どもの叫びに当てられたアンゾンは戦意を消失させていたのが分かったので戦闘続行も不可能だ。


 ミケルは大した労力も使わずに再びアルドスの前に立った。太った体を震わせて歯をがちがちと鳴らしている。無駄と理解していながら抵抗するように女を前へ突き出した。泣き叫ぶ女の声がミケルの耳を劈いてくる。


 突き出された女の首をつかむとミケルはアルドスからそれを奪ってベッド上へと放り投げた。ミケルが突き出された女の首をつかんだ瞬間にアルドスは差し出した物を受け取った闖入者に介入する術があると思って僅かに表情を明るくさせるのだったが、ミケルにはそれが非常に不快だった。


 そうやって三つの盾を奪うと露になった巨体は無力に等しい怪物に思われた。人を助けるわけでもなく己を助けようとするわけでもない。命からがらの闘争を行なおうとしない無様な転生者に同情の余地はなかった。これまでにミケルが相対した全ての転生者が闘うために立ち上がったがアルドスはそうしなかった。



「去れ」



 ミケルはベッド上で怯える娘たちに告げるとアルドスを飲み込んだ。部屋を出て行く音が聞こえる。転生者は全て最後の最後は孤独になる宿命であるかもしれない。それがなんとも悲しい事に思われた。



『なんだ、ここは?』



 アルドスは暗黒空間に困惑していた。



『ここは、我らの誕生した場所』『行き場を奪われた魂の居場所』『ここはお前たちによって創り上げられた空間に他ならない!』



 無数の魂の咆哮に全ての感覚を奪われてアルドスは身を縮み上がらせた。彼はトムコフという名の大商人であったらしい。アルドスの姿とは打って変わって痩せこけた頬をして落ちくぼんだ眼は橘京子が訴えて来たのと同じような事を湛えているように思われた。



『今なら、便宜を図ってやれる。この都市でなら私は何でも出来るんだ。何が望みだ?』



 『望みの物をやるぞ!』とトムコフが言った。


 ミケルは笑っている。ただただ笑い続けていた。愉快で仕方がないといった風に。



『私がお前の目的を手伝ってやろう。国だって作れるさ、王になれるぞ。私たちが組めばどんな者でも敵うまい!!』


『王になどなりたくない』



 彼らの本当の望みはただ一つである。


 そうしている時にミケルはふと思いついた事がある。常々考えていた事であるがルーク・ラシュッドや橘京子には聞けなかった事だった。それを問うに良い機会かもしれない。そしてそれを思いついたのがこの相手であったのに何か運命めいた因果を感じるのだった。



『転生者よ、今生の生は楽しかったか?』



 問われたアルドスは勢い込んで答えた。



『ああ、楽しかったさ。私は何でもできた、何でもやれる。さあ、二人で共にこの世界を隈なく支配しようではないか!』



 ミケルは笑っている。



『やはり、お前のような者こそ転生者に相応しい』



 そう言うとトムコフの魂を情け容赦なく押し潰した。


 スキル≪富豪の眼≫を持ってひとつの魂が次なる誕生へ向かう祝福を受けている。残る彼らはそれを見送った。


 彼らの中にはひとつの魂と引き換えに二つのスキルが残されていた。≪二つの動力源≫、≪富か名声か≫だがミケルにとって必要ない物に思われてすぐに気にかけなくなった。


 大きなベッドの上にミケルは寝転んだ。乱れたシーツの上で彼らは天井を見つめながら考えた。あの祝福の光の中での眠りはさぞ心地が良かろうと。それがいつ全ての魂に訪れるのだろうかとミケルは考えていた。


 あと残る転生者はたったひとりだけだ。オスカーの姿を探さなければならない。この城壁内に奴の姿はなかった。とするのなら何処だろうか、例えどこに居ようとも見つけ出してみせるとミケルは決意した。


 するとミケルは強い殺気を感じて起き上がると身構えた。その直後にアルドスの屋敷を轟音と共に破壊しながら一本の槍がミケルに迫って来た。


 すんでの所で避けるとミケルは空の上を見た。そこに一頭の龍が雲を纏って浮いている。その龍の長い首の所に銀の甲冑を装備したひとりの人間が座っているの見えた。



『オスカーだ!』『向こうからやって来た!』『空中に居る。奴は天に潜んでいたのだ!』『都市の中で見つからないはずだ。奴はそこから見下ろしていたのだ!』『迎え撃て!』



 ドライディウォーケという龍の魔獣にオスカーは乗っている。雄大雲を纏うこの龍は壺を覗き見るように雲から首を突き出している。


 アルドスの部屋を半壊させたオスカーの一撃は強烈だった。床に突き刺さっている鋼鉄の槍をミケルは引き抜いた。六尺ほどの切っ先の鋭い槍で投擲の為のものと思われた。


 アルドスの屋敷が俄かに騒々しくなっていった。彼が雇っていた多くの使用人たちがこの事態を把握したらしく主人の安否を確認する事なく屋敷から出て行くのがミケルの目に映った。その中に亡き主人の仇を討とうとする者は居ない。


 火が爆ぜる音が聞こえて来た。まるで標的を炙り出すようにめらめらと燃える火がミケルの姿を半壊の部屋の中に現した。


 上空でドライディウォーケが身を捩じるのが見えてそれに騎乗しているオスカーが右手に次の槍を握って振り被っている。


 槍が投げられた。鋼鉄の鋭い槍が迫っている。


 それを避けたが衝撃は凄まじかった。半壊した部屋の中に留まっていたが二本目が床に突き刺さると屋敷は倒壊せんばかりに震えてミケルは脱出を余儀なくされると屋敷の外へ降り立った。


 するとまた三本目、四本目と続けて槍が降って来る。

 雷鳴が轟くような音が地上に広がった。この波紋が都市の全域に伝わっている事だろう。


 ミケルに攻撃手段はなかった。抜き取った鋼鉄の槍をオスカーめがけて投げ返すが重力を味方に出来ない貧弱な槍は上空のオスカーにまで届きはしなかった。


 その間にもオスカーの槍は降って来る。

 ミケルは姿を龍へと変えて宙へ舞い上がった。その大きさは優にオスカーたちを超えている。


 そしてスピードも勝っていた。上空へ超スピードで上昇するとミケルはようやくオスカーと対峙した。



「オスカーだな?」



 問いにオスカーは答えなかった。



「お前で最後だ!!!」


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