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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第48章 林の中の大樹


林道には風が吹いている。

林は防風林のように風を遮るが完全に防ぐまでにはなっていない。荒々しい風が微風となって吹き込むのだった。


「この先だ」


先頭を行くバルドウィンはどこか目的があるらしい。


「どこへ向かうんだ?」


「この先に林の中で最も大きな樹がある。そこはいつも獣のねぐらになっていた。調べるには良いだろう。加えてその樹の向こうに拓けたところがある。そこを見るのも良いはずだ。つまりはこの林の要所はこの先にあるという事だ。行くぞ!!」


バルドウィンは国家を口ずさんで歩いた。すると、リリーもそれに倣った。彼女はこの老人の隣を歩いて彼と共に国歌を歌っていた。この思いがけない二重奏にバルドウィンはこの上なく高揚を見せていた。


「ここだ」


大きな樹の前にやって来た。

それはとても大きい樹だった。幹は太く、そこから伸びる根は地を這ってうねっている。


「よし、調べてみよう」


見たところ異変はないように見えるがとにかく調べてみるしかない。


その大樹は少しも他の木々を寄せ付けていない。ぽっかりと開いた平地のようになっていた。背の低い草が地面を覆っている。


大樹はというと厚い樹の皮に覆われていて背はあまり高くない。他の木々と比べて僅かに高いぐらいである。葉は力強い緑を湛えていて開かれた空から差し込む陽光を反射させている。その葉は驚くほど厚かった。


そこに獣の痕跡はなかった。


「広場ってあっち?」


リリーが尋ねる。彼女は【舞鳴きする花鳥】を展開させていて辺りを調べているが気配はないのにこの樹林の中を歩くのが恐ろしいらしい。そうとオデュッセウスは理解するとこの中で最も背の低い身体の小さな彼女だからこそ抱きうる恐怖もあるかもしれないと思った。


「うむ、向こうだな。行くか、少女よ」


「やだ、少女だなんて呼ばないでよね。もう成人してるんだから」


「これは失礼。夫を持っているのか?」


「持ってない………」


アリーシャはというと彼女はすっと背筋を伸ばして辺りを調べていた。彼女は自分が何か一行のためになる成果を上げるのに躍起になっている。周囲に隈なく目をやって少しでもそれらしい異変を取り上げようとしている。


「あ、リリーお姉さま、そちらに大きな根があります。気を付けてくださいね」


そう言いながらアリーシャがそちらの方を見るとリリーの姿はなかった。


「リリーはバルドウィンと一緒に広場とやらの方へ行ったぞ」


「え、あ!」


アリーシャはそんな勘違いをミスしたように思って慌てて取り繕うのだった。


「み、見間違えたのかな………。てっきりそっちの方で何かが動くように見えて………」


「風が吹いているからな。木の揺れで形が変わった影をそんな風に思ったのじゃないか?」


「そう、そうかもしれません」


オデュッセウスの指摘にこくこくと頷くアリーシャは耳まで真っ赤にしていた。両頬を掌でごしごしと擦りながらリリーたちの後を追う。


オデュッセウスは大樹を見やってからそんなアリーシャの背中を見つつ後を追おうと一歩踏み出した。


「良い関係だね。きみたちは」


アダルがオデュッセウスの隣に立って同じ方向を見ながらそう言った。


「そうか?」


「そうだよ。ふふ、当事者たちは分からないのかもね。わたしもそうだったから」


そんなアダルの眼はとても寂し気だった。オデュッセウスにはその眼に浮かぶ感情と頭を駆け巡る思い出を知っている。尋ねなかったのは知っているからだった。アダルはオデュッセウスのその尋ねない事を彼なりの気遣いと受け取って寂し気な様子を悲し気な微笑みへと変えて言った。


「行こう、はぐれてしまう」


「ああ」


オデュッセウスとアダルが大樹を取り囲むように広がった林の中を通って広場へと向かい始めた。


「憎しみの炎という恐ろしい物を抱えるのにその身は驚くほど小さいのではないかな?」


オデュッセウスとアダルは振り向いた。

声はその開けたところから聞こえて来る。


「人はその身にどんな物でも乗り得ると思っている。きみのその身に乗るにはいささか不自由ではあるまいか。ここで下ろして行った方がよいのではないか?」


「誰だ!?」


アダルが尋ねる。

その声は大樹から聞こえて来る。


オデュッセウスにはその声に聞き覚えがあった。

どこかで聞いていた。だが、いったいどこでだろうか。


「恐ろしい憎しみの炎はいったい何を燃やしているのか。きみの身と心を燃やし尽くしてしまう前に下ろしていくべきではないだろうか。下ろし方を知らず、鎮め方も知らない。誰かがそれを教えるまでは。自ら得られぬその答えを求めるさ迷いはきみの脚と背を焼き尽くして灰となるまで続くだろう。あるいはその根を排除するまでは」


「知れた事だ。どこまでも持っていく。この想いを、この怒りを、この憎悪を。知ったような口を聞くな、わたしは必ず殺す、ミケルという名の男を!!」


すると、大樹の幹の中央に真一文字の線が現れた。

ぶるぶると震えているその線は木の皮の線とも思えない。


そしてぐわっと上下に線が分かれるとそこには巨大な瞳が開かれていた。


「恐ろしい憎しみの炎、あなたは分かっておいでのはずだ。その憎悪の炎は自らを焼きうるが周りの者も焼いていく。あなただけではないのだ。その炎に焼かれるのは」


風が吹いている。それは林の木々をものともせずに強く荒々しく吹くのだった。


「わたしには全てが見えている。この両の眼はあらゆるものを映すのだから。憎しみに焼かれる者はすぐそばにいる。あなたが望む者とあなたが決して望まない者とが。すぐそばに」


「まずは貴様から焼く事になりそうだぞ」


アダルが【雷撃の王】を発動して手に雷を帯びる。


「人は暗き道を歩み続ける。そしてより暗い所へと至るのだ。決して答えなど得られない道、決して光へと転じる事のない暗き道を」


アダルの動きがぴたりと止まった。


雷は途端に弱々しく散り散りになって消えていく。


「夜の道、暗い底、何物にも照らされない恐ろしい終焉。あなたの炎はそこでも燃え立つ事はない」


オデュッセウスは身動き一つしなくなったアダルを隣で感じながら大樹を見ていた。


『この声をどこかで聞いた覚えがある』


『ああ、宗教国へ行けと我らに言ったあの盲目の神父の声だ!!!』

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