第47章 カーリンはいずこ!?
リリーとアリーシャはそれぞれの口で行方不明の子供たちの事やザロモの企み、出目の獣とキノコの事を言った。
聞き終えたバルドウィンは腕を組み、大岩の頂の辺りへと上り、王都を見ていた。
「遥かなる王都よ、市民はかくも困窮しておる。王よ、王妃よ、大臣よ、何をしておられるのか。あなた方が一歩でも外へ出てみたらこの飢えた市民が目に入るに違いない。このバルドウィンの声よ、棚引く雲に乗りたまえ。市民の声よ、大洋より吹き込む潮風に負けてはならぬ。今こそバルドウィンが乗り込もう。クローヴィスよ、汝が誉れある真の英雄ならば困窮する市民を救って見せよ。救わぬままその王宮より膝つく市民を見下ろすばかりならこのバルドウィンは貴様を討つ疑いなき由を持つ!!」
すると、胸を張ってバルドウィンは大岩から下りて来た。
「カーリン、カーリンはどこだ!?」
「カーリンはおりませぬ。兄上よ、カーリンは死んだのでしょう?」
「馬鹿な、カーリンが死ぬはずがない。あの男は我が軍団の中でも特にしぶとい男であった。ベレットよ、お前に聞かせた事がなかったか、カーリンの才を。あれは若くして我が右腕とするのに足る男であった。懐刀とはあれの事よ。だが、まあ良い。まとめるならば王都の中には今、多数の問題があるという事だ。小より始めよう。そして大へと至るのだ」
「では、兄上よ。どこより始められますか?」
「うむ、まずは獣というものから始めよう。聞けば行方不明の事件はある程度の落着を見せているようだ。あとは全ての根を断った後に被害を調査する際に行方不明となった子供たちの事を探すのだ。ひとり残らず親の腕の中へと戻さねばならぬ」
バルドウィンの確かな言葉はリリーたちを少しだけ安心させた。彼女たちは自分たちの考えが元とはかつて国の要職に就いていた男に届いた事が嬉しかったらしい。
「ですが、出目というものが分かっておりません」
「うむ、それについては儂も知るところがない。話を聞けば王都の外でも見たとの事だ。そこへ向かうとしようではないか。カーリンも探さねばならぬ」
一同は顔を見合わせた。
出目の獣と王都の外で出会ったのはギルド[四季折々]の仕事の時だった。林の道へ行くつもりらしい。
「いざ、出陣。新しき軍団をこのバルドウィンが率いて行くぞ!」
バルドウィンはまた胸をどしんどしんと叩きながら林の方へと我先にと歩き始めた。
口では国歌を歌っている。
愛国心に溢れた男だった。ベレットはそんなバルドウィンの一歩下がった隣を歩いている。背中を見比べてみると確かに兄弟らしい似通ったところがあるのが分かった。
「カーリンが居てくれれば軍団の再編成が可能なのだ。今、この新しい軍団と既存の軍団が合わされば素晴らしい精鋭たちが出来上がるぞ。それこそクローヴィスを討つ事の出来る強力な軍団が!!」
「兄上、カーリンはおりませぬ。共にクローヴィスと闘ったのでしょう?」
「確かに闘った。闘ったはずだ」
「見ていないのか?」
アダルが溜まりかねたように尋ねた。彼女はどうやらもっとクローヴィスについてこの男から聞き出したい様子だった。
「うむ。カーリンの発案で2方向から攻撃を仕掛けるために軍団を2分したのだよ。700と500にな。儂は700名の精鋭を率いて正面から向かったのだ。ああ、今も思い出すのも恐ろしい。彼奴の力は凄まじかった。右手をすっとあげたかと思うと既に暗い空間の中だった。カーリンは500の精鋭を率いていたはずなのだ。儂らが一息に掻き消えたのを見て退いたか。だが、それを恥とは思わないでも良いのだ。むしろその判断をしてくれていた方が良い。そしてカーリンならば退却していたはずだ」
「では、もしや………、カーリンは本当に生きているのですか?」
「だから、繰り返しそう言っておるではないか。カーリンはどこだと尋ねておる。儂はてっきりカーリンが助け出してくれたか、それを命じたものと思っていたのだが違うらしい。カーリンはどこだ。儂はここにいるぞ。カーリンよ、我が懐刀よ。我が胸の内へ戻って来い!!」
半ば呆れ果てているオデュッセウスはバルドウィンの言う事は半信半疑にしか聞いていなかった。
だが、いずれにせよ方向性は定まった気がする。オデュッセウスは様々な要因に囚われてがんじがらめになっていてどう動いたものか判断を保留にしていた。
だが、そのがんじがらめも彼が正体を隠しているという一事である事には薄々気が付き始めている。それでも頑なに認めようとしなかった。認めてしまえば楽になる。使命に燃えて、築いた関係を大切に想いながら、生まれた所以をひたすらに隠す。
認めてしまえば楽になる。
オデュッセウスは今にもその楽に飛びつきそうになりながらもその薄弱とした考えをいつから持つようになったのか自らを戒めるのだった。
「ここだ。ここで出目の獣と出会ったんだ」
彼らは例の林に開けた道へとやって来た。
「そうだったね。今はもう閉鎖されていないから人の通りもあるはずだよ」
リリーが言うようにその林道には馬車が通ったような車輪の轍が出来上がっている。
オデュッセウスはひとまず例の出目の獣と化していたディルミノーティラの死骸があるはずの辺りへ行く。
そしてそこには死体があった。すでに骨と僅かな肉片と皮だけになっていた。そして例のごとく頭蓋が割れていた。だが、キノコは出ていない。
「頭蓋が割れている」
「え?」
リリーがオデュッセウスの傍に寄って来た。
「本当だね。オデュッセウスがやったのじゃないの?」
「いや、ここまでの事はしなかった。俺が始末した後での事だろう」
そしてそのキノコは出目のカラスからハンターへと移ったようにこのディルミノーティラから何かに移ったはずだ。
「気を付けろ。出目の獣が近くに潜んでいるかもしれない」
「うん。わたし、スキルを使って警戒するね」
リリーは【舞鳴きする花鳥】を使って周囲の警戒を始めた。
「いいぞ、リリー」
オデュッセウスが言うとリリーは照れくさそうに「えへへ」と笑うのだった。
「リリーは周囲の警戒も出来るんだね?」
アダルが尋ねた。
「うん。わたしのスキルは気配を察知するのと強い敵に対して警告を発するの。弱い敵にはあまり効果がないんだけれど」
「なるほど」
するとバルドウィンが手を振って合図を送っているのが先から見えた。
「おーい、こちらの方へ行くぞ」
リリーはスキルが辺りに少しも獣の気配がない事を少しだけ変に想いながらそちらの方へ駆けて行った。




