第45章 バルドウィンとの再会
オデュッセウスはグラスフェールに向かっていた。
グラスフェールにはオデュッセウスと共にあの空間から飛び出して来たバルドウィンがいるはずだ。
バルドウィンとの関係は分身体がリリーたちとザロモの館を調査している時に結んだものだった。
そうであるが故にいつの間にそんな関係を結んだのかという事を問われかねないし、彼はスキルを3つ以上有している事を教えるような羽目に陥ってしまう。そうなるとアダルがいる以上はかなり危険だった。
『やはり始末するべきだった』
『不味いな。かなり不味い』
『もしかしたら我らの事を忘れているかもしれないぞ。あの調子だからな』
とにかくオデュッセウスはリリーたちを追った。
すると、例の大岩のところにリリーたちがいた。岩に座ってバスケットを広げているところが見えた。
「おお、オデュッセウスよ。待っていたぞ、待ち侘びたぞ!!」
そのリリーたちの輪の中心からあの感激しやすい男の声が聞こえて来た。
「果たしてどうであったのか、クローヴィスの事は!」
バルドウィンは不幸な事にオデュッセウスの事を覚えていた。
その様子を見たリリーたちは驚いていた。
「知り合いだったの?」
リリーが尋ねる。
『どうする?』
『どう答えたものか』
『いろいろと抱え込み過ぎた』
オデュッセウスは悩んだ。
「オデュッセウスよ、知っていたのか?」
ベレットも尋ねて来た。彼は顔を涙に濡らしていた。
「ベレットよ、お前もオデュッセウスを知っていたか。彼こそ我が軍団の新鋭よ。類まれなる風使いだ。まさに風雲児よ。嵐を引き連れてやって来たのだ!!」
「風使い?」
「そうだとも。嵐を引き連れてやって来たのだよ。突然にな。我が前にやって来た。風前の灯であった我が命と軍団の綱となってくれた若者だよ。さあ、オデュッセウスよ、クローヴィスの事を報告せい!!」
「クローヴィスについては知っているが俺はお前の事は知らないぞ」
オデュッセウスは素知らぬ振りを決め込んだ。
「なにを言う!!」
「そうですとも。兄上よ、このオデュッセウスは風は使いません。彼は水を自由に扱う者です。風を使ったところなど見た事がありません」
「馬鹿な、彼は確かに風を使ったぞ。オデュッセウスよ、お前は確かにオデュッセウスだな?」
「そうだ。俺がオデュッセウスだ。後にも先にも俺ひとりのみ」
「うむ、その通りだ。なら授けた紋章があるはずだ。胸に取り付けた鷲の紋章が」
それは彼の胸に光っていなかった。
バルドウィンは顔を蒼褪めさせた。
「紋章がない。我が手にも、授けた者の手にも。どこへ行ってしまったのだ!?」
「紋章?」
「我が軍団の団章だよ。授けたのだ。大空へと羽ばたかんと翼を広げた団章を授けたのだ。ははは、どこかへと飛んで行ってしまったなどと言って笑わせるなよ。オデュッセウスよ、お前はそんな冗談を言うユニークさは持ち合わせておるまいな。オデュッセウス、おお、オデュッセウスよ。儂の事を知っておるな?」
「いや、知らない。人違いだな」
「馬鹿な。そんな馬鹿な。なら儂は何をどうやってあそこを抜け出せたのだろうか。儂が食った鳥は誰が仕留めたのか」
バルドウィンは大声で喚き散らした。楽しいピクニックがとんだ様相を示し始めたのでリリーは悲し気な様子で膝を立てて座ると興味深そうに一連の流れを見守っているアリーシャとこうしてピクニックに来たのがなにやらとても嬉しそうな様子のアダルと持参していたサンドイッチをもそもそと食べている。
「兄上、落ち着いてください。落ち着いてください。このベレット、一家の誉れたる兄上がご存命であった事が嬉しくてなりません。ですが、このオデュッセウスは兄上の軍団の者ではございません。我々のギルド[四季折々]のメンバーです。そのうえ彼はひと時も我らと離れていないのです」
「そんな馬鹿な。カーリン、どこにいる!?」
バルドウィンは大岩の周りをぐるぐると歩き始めた。
「カーリン、軍団名簿を持って来るのだ。そこにオデュッセウスの名が記帳されているはずだ。そうだな、カーリン!?」
「兄上、カーリン殿はここにはおりません。軍団はどこにいるのですか、どうして兄上だけなのですか?」
「そうだ。我が軍団はどこへ消えた? そうだ、あの憎き彼奴が奪ったのだ。あのクローヴィスめ、若僧めが!!」
「クローヴィス、そうですとも。兄上は10か月前にクローヴィスとこの土地で闘いました」
「そうだ、そうだともベレットよ、我が弟よ。闘ったのだ、闘ったのだよ。儂は輝かしい王都のために、華々しい国王のために、麗々しい王妃のため、そして国民のために闘ったのだ。彼奴は一瞬で我が軍団を消し去った。儂ごとな!!」
「兄上………」
バルドウィンはまた熱々と涙を流し始めた。すると、それを見たベレットも涙を流す。
「儂は軍団を再結成する。クローヴィスを討つために。その新鋭がオデュッセウスよ、お前なのだ。先駆けとなれ、彼奴を貫く先槍となるのだ!!!」
オデュッセウスは答えない。
「10ヶ月も経っているのか。月日の流れは早いものだな、ベレットよ。我が弟よ、此度の軍団の再結成にお前も来てくれるか?」
「もちろんです。兄上、このベレットを伴って行ってください!」
バルドウィンは頷いた。
そして胸をどしんどしんと叩き始める。
また王都の方を見た。
それからオデュッセウスを、ベレットを見るとそのままリリーたちをそれぞれ見やった。
「国民たちよ、目覚めの時来たれり。この悪夢を払うのだ。我々は知らずにして搾取されている。あの悪漢は力をほしいままにして国王と王妃をかどわかし、国の財産を吸い尽くすつもりなのだ。王よ、王妃よ、お気を確かにお持ちください。大臣よ、清明たれ。国民よ、人倫を忘れてはならぬ。正しき行いを成すべき時は今なのだ。彼奴の汚れた手が王都の上に広げられている。それは黒雲のごとく覆いかぶさり、驚くほど地上へと下がって来ている。今こそそれを払う時、曙の時なのだ!!!」
バルドウィンはますます激しく胸を打ち、涙を流した。ベレットはその膝元で片膝をついてその言葉を聞いている。
「オデュッセウスよ、お前は尖兵だ。その黒雲の一片を払う槍となれ!!!!」
バルドウィンとベレットが感涙に濡れた眼でオデュッセウスを見ている。もはやオデュッセウスの真偽などどうでもいいような様子だった。
オデュッセウスが答えないままでいるとサンドイッチを食べ終えたアダルが3人の傍へと寄って来た。
「聞きたい事があるのだがクローヴィスという者は強いのか?」
その眼には憎しみが僅かに燃えていた。




