第39章 英雄クローヴィス
オデュッセウスは王都キュケロティアに戻った。
バルドウィンを残して去ったが後はもうどうでも良かった。彼は王都に入る直前に胸に付けた鷲の紋章を外してポケットの中に入れた。
ただクローヴィスという男について調べる気はある。バルドウィンがもしも腹をいくらか満たして王都へ自力でやって来たら接触するかもしれない。その時に彼は簡単に報告するに違いなかった。
王都に入ってすぐのところで分身体と合流した。
『アダルが[四季折々]に………』
『どうしてそんな事になったんだろうか?』
『分からないな。アルフリーダたちは増えたギルドメンバーに対してこれ以上の増員をまた望むようには思えない。リリーや子供たちの仕業だろう』
『困ったな。あいつら』
『トラブルメイカーだな。リリーは』
『解決できるトラブルなら良いが今回は違うぞ』
『どうにかするしかない。リリーは俺たちの蒔いた種を知らないからな。ギルドの事や自分の考えがあっての事だろう。あの娘はセシルとは異なる優しさを持った娘だぞ』
『ふん、そのようだな』
『まずはクローヴィスについて調べよう』
王都の中は変わらずに賑わっていた。
調べるとクローヴィスについては様々な事が分かった。
『ある日とつぜんやって来た事』『ひとりでやって来た事』『男である事』『かなりの実力者である事』『その実力からすぐに王都内の王族に重用されて立場を築いた事』『スキルを3つより多く有している事』『その事から伝説上の転生者という英雄と目されている事』
などなど。枚挙に暇がないほどの評判が集まった。
『好き勝手やってるっていうわけか』
『そのようだな』
『クローヴィスは王宮内にいるらしい』
王宮は王都の中央にある壮大な建築物だった。
オデュッセウスはとにかく一度王宮の方へ行ってみようと言う気になって足を向けるのだった。
「あ、いた!」
オデュッセウスはその言葉を聞いた時に見ないまでも誰だか分かった。
「オデュッセウスさん!」
アリーシャだった。
その向こうにはリリーの小さな姿も見える。
「もー、どこ行ったのかと思ってた。オデュッセウス、勝手な事ばかりしちゃダメだよ!」
「いや、すまんな」
「それに窓から出て行くなんて事もダメ。今後はしないでね。この子ったら真似しようと窓から飛び出していこうとしてたんだから!」
アリーシャを見ると彼女はもじもじとして弁解する様に「その、あの、違くて」などと言うのだった。
「俺を探してたのか?」
「当然でしょ。わたしたちはギルドメンバーなんだから。何かやりたい事でもあったの?」
「まあ、な」
「これからどうしましょうか?」
「王都内の有力者について調べようと思っていた。ザロモと強力な繋がりがある者を調べれば一網打尽に出来るかもしれない」
「そうですね、一網打尽にしてしまいしょう。きっと出来ます!」
「誰から調べるつもりだったの?」
「クローヴィスだ」
オデュッセウスが言うと2人はまさかとでも言うような表情を表した。
「何か問題でもあるのか?」
「クローヴィスがそんな事をする必要があるように思えないけれど」
「はい。それにザロモとはあまり関係が良くないとも聞いた事があります」
「ふむ。まあ、調べる価値はあるさ」
「まあ、調べるだけなら」
2人はクローヴィスを疑うオデュッセウスに納得していないらしい。
「2人はクローヴィスについて知っている事はあるのか?」
オデュッセウスが尋ねると彼女らが話したのは彼が調査していた事の内容とほとんど同じだった。
英雄と呼ばれている。
「実際に英雄だと思います。彼はララヴァク戦役で大活躍しましたから。二個大隊を討伐し、次いで敵国と内通していたバルドウィン元外交大臣とその部下たちを追討しました。宰相として国に臨んで欲しいという声まであるそうです」
ずいぶん評判が良いらしい。
彼らは王宮のすぐそばまでやって来た。人々の賑わいからはいくらか離れているその場所は王宮内の様子が聞こえてきそうなほどひっそりと静まっていた。
「ここか………」
「はい。今日はずいぶん静かですね」
「そうだね。いつもはもう少し賑わってるのに」
「どうしたんでしょうか。これもザロモの影響でしょうか?」
「分からないよ。でも、有るかもしれないね。王宮内でもザロモの行いについて議論しているのかも。だって、アルフリーダがギルド協会に報告したって言うから王宮へ報告していても不思議じゃないもの」
「王宮内には入れるのか?」
「一般開放しているところもあるけれど入れるのは観光目的の旅人向けだよ。あとは国王様と王妃様がお話する日が月に一度あるんだけどそれもその辺りでやる事だし限られてるかな。行ってみる?」
「行ってみよう」
「わたし、行った事がありません。ちょっぴり楽しみですね。オデュッセウスさんも初めてですか?」
「そうだな。行った事がない。楽しめるのか?」
「すっごい立派な建物なんだからね。内装もすごいのよー」
「だそうだぞ、アリーシャ」
「楽しみですねー」
一般開放口へ向かっているとばさばさと音がした。建物の上の方からだった。
「オデュッセウスさん、あれ!」
アリーシャがその音のした方を示すとそこには僅かだがはっきりと認められるほどの出目のカラスが彼らのところから少し離れた屋根の上に停まっていた。
「出目のカラス!」
カラスの右目が飛び出ていて黒目がぎょろぎょろと動いている。
「でかしたぞ、アリーシャ」
隣に居たアリーシャの肩に手を触れて「ここにいろ」と彼女たちに言うと「水錬宝鎖」と唱えて水の鎖を出す。
ひゅんとそれを振る音が聞こえたかと思うと彼はもう屋根の上に立っていた。
音もなく屋根に降り立った彼は鎖を垂らす。ぶらりと垂れた鎖は窓を伝う雫のように空へと落ちたかと思うと出目のカラスへ向かって先が放たれた。
ぐるぐるとカラスの身体に鎖の先が巻き付いた。
飛び立てなくなるとぎょろりと右目を回転させてオデュッセウスの方を見る。
オデュッセウスがその眼を負けじと睨み返すと言った。
「アリーシャ、すぐにこのカラスを凍結させろ!!」
「はい!」
カラスは水の鎖をぐるりと巻かれた姿で凍結された。右の出目はそのままだった。もはやそれはぎょろりと奇妙に動く事もない。
「これもまた手掛かりかもな」
オデュッセウスが呟いた。




