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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
黒き獣の誕生
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第14章 穴熊の語り

 ブロックは、なぜそんな葉を使っているのか不思議に思うほど古い酷い臭いのするタバコを吸いながらまるで記憶を辿るのにその煙が必要だと言わんばかりに堂々と煙を燻らせて語り始めた。


「突然やって来たんだ。何匹もいたが結局は一匹だったと思う。何がいたかなんて分からねえ、俺たちに話しかけてくる時には人の形をしてたからな。俺たちのギルドメンバーが六人も一晩のうちにやられた。俺は【トート】の仕業だと踏んでたが違ったらしい。俺のギルドメンバーが街を歩いていたあの化物に目を付けて絡んだんだ。それでやられちまったのさ。俺と一緒にそいつを見た時に北方出身だと言う奴が言ったよ、一匹はホウラーヒッシュだとな。知ってるか?」


「四足の魔獣だな。身体は大きく二本の角は太く力強い。見た事はないけどね」


「それがそこに居たんだ。どうして北方の地からこんなところに来たのかは分からねえ。この地下道がそんなところまで続いてるなんて事はねえだろうしなあ。まあ、鹿の他にも獣の姿はあった。蜘蛛だったり、蛇だったり、狼だったりした。でも、そいつらが寄り集まって出来上がったのは古びた農家の服を着た小さな男だった」


「狼、黒狼だったんだな?」


「さあな、そうだったかもしれねえ。地下道の中は暗いからよ。ちょっと灯りがあっても暗く見えるもんさ」


「少年に姿を変えた、か。そして農家の服を着ていた。ある目撃証言と確かに一致する。それで【トート】への抗議と犯人探しを止めたんだな?」


「そうだ、そんな事よりもする事が出来たからな」


「する事?」


「ああ、そいつが言ったんだ。転生者を教えろってな」


「転生者?」


「ああ、知ってるだろ。話しぐらいは聞いた事があるだろう。転生者、前世の記憶を持つ者、スキルを有している者の事だ。奴はそいつらを探していると言っていた。貴族の中に一人いると調べも付いてるなんて言ってたな。そして殺すと言っていた。その初めの被害者がソフィアだったんだろうよ」



 ブロックが言った事にヤネスは考え込んで沈黙していた。



「お前ら、あれを探してどうするんだ?」



 ブロックが沈黙しているヤネスに尋ねた。彼のその尋ね方はまるで他人事で関心がないように聞こえた。返答がどうであれ自分にはなんの関係もないと言っている。


 ヤネスも答えを持っていないように思われた。どうするべきなのか、罪に問う事も出来ない。人間なのか、魔獣なのかも分からない。討伐するべきだと言う者もいたのだからそうするべきなのかもしれない。



「討伐なんて出来ないと思うね。俺だったらあれを前にそんな事は思いつかない。誰だって敵わないさ。だから俺は従って転生者について調べた」


「調べたのか?」


「ああ、調べたよ。だが、調べても答えなんて決まってる。転生者なんて伝承通りに存在するのならその実力は俺たちとはかけ離れてる。そいつらならあるいはどうにかしてくれるかもしれないしな。俺はなにも平和を望んでいない訳じゃないぜ。平穏であるならそれに越した事はないんだ。でも、そいつは言った。転生者はスキルや前世の記憶から権力者や実力者になっている可能性がある、そいつらを始末した後の権力はお前たちの好きにするが良いってな」


「誰を売ったんだ?」


「売ったなんて人聞きが悪いぜ。でも、転生者の可能性があるのは三人だと伝えたよ。オスカーとアダル、【トリニアクーパー】のフォルカーだ」



 ブロックがあげた三人の名前を聞いたヤネスは後ろに控えていた補佐をしていた男に頷いて目配せした。その男はこっくりと頷いてブロックを一睨みすると名前をメモした。



「へへ、何したって無駄だよ。もうすでに奴らは多分、この都市の中を、都市全体を支配してるさ。そんな強力な力があるんだぜ。そして俺らを何とも思っちゃいねえ。俺らの事なんて簡単に踏み潰せるのさ」


「その都市全体を危険に晒す一助を君が行なったという罪は重いよ。もっと早く報告してくれていたならソフィアは助かったかもしれないんだ」


「そうかもな、でも、奴はそれでもソフィアを、転生者を殺していくだろうぜ。そんな眼をしてたんだ。俺も、権力者や貴族や実力を持つ者を妬ましく思う事がある。だけど、奴のそれはそんな程度じゃない。それよりもっと濃い、竦みあがるほどの眼をしてたんだ。


 ヤネス、お前は見てないから言えるのさ、あれを見た後にお前は俺と同じようにならないと言えるかね。そればっかりは楽しみだぜ。ここから見てるぜ、俺をどこにでも閉じ込めろよ、もうどこも安心は出来ないさ。きっと酷い争いが起こるぞ。そんな予感がする、そしてそれはあの憎悪と憤怒に燃えた眼をしたあの化物が引き起こすに違いねえんだ。


 俺たちはその炎の熱さだけで怯んじまうよ、何も出来ねーよ。ヤネス、お前も気の毒だぜ、≪鑑定眼≫なんて持っちまったばっかりによ、俺よりもあれをよく見えるなんて考えただけでもぞっとする。お前のその様子を見てみたいぜ」



 そうしてブロックは豪快に笑い始めた。


 ミケルはこの男が気に入った。助けてやろうという気は全く起こっていないがなにやら悪戯心が働いてしまう。


 豪快に笑い続けているブロックを一睨みするとヤネスは後ろに控えていた男に合図した。


 すると男は部屋の外へ出ようと歩き始めた。部屋の外へ出てブロックが売った三人に警告するのだろう。そしてその化物の目的が転生者である事もこれで分かったのだ。それだけでも前進だった。


 だが、部屋を出ようとした男が扉を開けられずにまごついているのがヤネスの目に入った。

 なにやら彼はこの事態にどうするべきかの判断に迷っているらしく焦っているようにすら見える。



「なんだ、どうしたんだ?」



 ヤネスが尋ねた。



「扉が開かなくって」



 補佐の男の返事を聞いてヤネスは立ち上がった。彼も同じように扉を開けようとするがびくともしない。



「どういうことだ?」



 ヤネスが≪鑑定眼≫で異変を探して見ている内に全ての事情を察したブロックが笑いだした。



「見てたのさ、きっと俺がお前たちに連行されていくところから彼が見ていたのさ。それでこんな悪戯をしたんだ。あいつがやった事だよ、もうこれで分かっただろう。この都市は全てあいつの物になっちまったのさ!」



 ヤネスと補佐の男は絶望するようにその目から光を失わせて外へ出るためになんとか扉をこじ開けようと懸命になっている。その横でブロックは哄笑を続けた。ミケルは部屋の片隅に蜘蛛の姿でその様子を見てからそこを去った。


 愉快だった。非常に愉快だった。あの程度の悪戯ならすぐに破られて警告とミケルの目的はすぐに伝えられる事だろう。


 まだ巡回を続けているデッカーの元へと戻ると見て来た事を共有した。



『警戒はされるだろう』『そうだ、だが、これまでと大きな違いはない』『ああ、全く問題はない』『夜になる、待ちに待った夜がやって来る』



 ギルド本部に戻って巡回の様子をリオニーに報告した一行は解散となった。リオニーに聞くとアダルはまだ護衛の任に就いているらしい。


 べルティーナたちがデッカーを食事に誘うので彼はまた受けた。静かな食事となった。というのもいつものように【鋼鉄のフライパン】の食堂へ向かったのだがデッカーたちの元にヒリーヌがやって来なかったからである。べルティーナやイデリーナはデッカーを揶揄った。ヒリーヌもいないし、アダルもいないので寂しかろうと笑うのである。



「巡回に出てるんだろうさ」



 ハリソンがデッカーに代わって答えるとべルティーナたちはご機嫌で食事をするのだった。


 食事を終えてギルドメンバーたちと別れるとデッカーは一人で自宅へ帰るこの時が初めてであるのに気が付いた。いつもそばにはアダルがいてなにかと喋るのに耳を貸しながら適当に相槌を打っていたものである。


 寂しさなど覚えるはずがない。彼らは同胞が傍を去って行く寂しさを覚えているのだ。それ以上の寂しさなどあるはずがない。ただそこの空虚は確かに存在していた。心の空虚と身体の、強いて言うなら傍らの空虚が確かに存在していたのである。


 デッカーであるこのミケルにとってアダルはある程度に必要な存在となっていると彼らはようやく認めるのだった。


 彼らはアダルを想った。それは恋人を、友人を想うような感情だった。


 自宅が見えて来た。すると突然、デッカーの後ろから忍び寄る気配を感じるのだった。


 それは素早く動いていてデッカーが察知するのを妨げているがミケルには容易である。


 デッカーは振り返らなかった。恐らくは彼なら振り返る事はないだろうとミケルは考えたのである。この相手はデッカーを知っている人物だと思った。


 そして自宅の扉に手をかけて開けようとする時にヒリーヌがやって来て彼に話しかけて来た。



「やっほー、デッカー」


「ヒリーヌ、どうしたんだ?」


「うん、さっき店に来てくれたんだってね。わたし、その時に居なかったからさー、近くに寄ったから挨拶しておこーって」


「そうか、巡回してたのか?」


「うん、そうだよー。私たちは中級層にいたの」


「俺たちは下級層の巡回をしていた。問題はなかったよ」


「そっか、良かった。ね、デッカー、もし時間があったらこの前みたいに二人で飲みに行かない?」


「いや、今日はよしておくよ。歩き回って疲れたからな」


「えー、いいじゃん。まだ遅くないよ、ね、ちょっとだけだから」



 ヒリーヌはにこやかに笑ってデッカーを誘惑した。アダルがいない時を見計らって来たのだろうか。



「【鋼鉄のフライパン】じゃなくって別のお店だよ、ほら、デッカーも前に案内したら気に入ってくれたあの店だよ!」


「分かった。どこでも連れて行ってくれ。少しだけだぞ」


「うん!」



 デッカーはヒリーヌと共に歩き始めた。その間にもヒリーヌは話し続けた。



「あ、あそこだよ」



 ヒリーヌがデッカーに教えた店は換気窓から煙が出ている【鋼鉄のフライパン】ほどではないがいくらか人が入っていて賑わっている店だった。



「あそこか」


「うん、大丈夫?」


「行くんだろう?」


「うん」



 入口の前までやって来た時にデッカーは遅れているヒリーヌに眼をやった。



「ヒリーヌ、どうした?」



 ヒリーヌはじっとデッカーを見ているばかりだ。



「デッカー、何も感じないの?」


「感じる?」


「うん、ここまで来て何も感じなかった?」



 デッカーはなにも感じていなかった。不感症めいたところもあるデッカーであるので仕方がないところだった。味も感じないし、眠気も感じないのである。



「今、わたしがこの店の主人にお願いしたんだ。この料理を作って待っててくれってね。そして換気窓からその煙が出てる。≪風を読む者≫を持ってるデッカーなら気付くだろうと思ったんだけど、本当に気付かなかったの?」



 デッカーは沈黙している。匂いも感じていない。≪風を読む者≫もそのような事は伝えて来なかった。



「デッカーはこの料理の匂いが大っ嫌いだったじゃん。自分から近づいて行くなんて考えられない」


「そうか、だからこの煙が見えた頃から足取りが遅くなったのか」



 デッカーが笑って言うとヒリーヌはキッと鋭い眼をして怒ったような表情を見せて言った。



「デッカーをどうした?」



 「お前は誰だ?!」と続けるヒリーヌを見てミケルは笑った。


 その笑い方がどうやら信じられないようでヒリーヌは身構えると再度尋ねた。



「デッカーはどこ?」


「今頃はライフィガロの森の魔獣の餌になっているかもしれないな。あれらも飢えている頃だろう」



 デッカーは少年の姿になってミケルへと転じた。その様子と言葉を聞いたヒリーヌはさあっと顔を蒼褪めさせて戦闘態勢に入った。


 ヒリーヌは小型剣と小盾を手にしてミケルに対峙した。



「お前だな、今この都市を騒がせているのは。デッカーをどこへやった?」


「ここにいるじゃないか」



 と言ってミケルは揶揄うように肩からデッカーの顔を出した。



「この、化物が!」



 ヒリーヌはスキル≪韋駄天≫で目にも留まらぬ速さで動くとミケルの脇腹へと小型剣を突き刺した。が、ミケルもまた素早い。その突きを軽やかに避けるとヒリーヌを蹴り込んだが彼女はそれを盾で受けきった。



「ほう」


 ミケルは感心した。防がれるとは思っていなかったのだ。ただその盾を通しても衝撃は伝わったらしいのが目に見えていた。



「目的はなんだ?」



 尋ねるヒリーヌを見てミケルは笑った。問うて生まれた隙を整える時間を稼いでいるのだろう。ミケルはその小賢しさが可笑しかった。



「そのうちに分かるさ。誰かが教えてくれるだろう。どうやら調べは付いているようだしな」



 「まあ、生きて帰れたらの話だがな」と付け加える内にミケルは素早く動いてヒリーヌを横からひと薙ぎした。ドラゴンの爪での攻撃は空を切った。ヒリーヌは僅かの所で避けきったのである。



「ほう、本当に勘が良いんだな」



 汗が彼女の頬を伝って落ちていく。


 ヒリーヌはスキル≪導きの声≫で様々な危機を乗り越えて来た。そのスキルが今、ヒリーヌを全力で逃がそうとしている。『逃げて』『逃げて』『敵う相手じゃない』と忠告していた。


 その忠告に従ってヒリーヌは逃げた。≪韋駄天≫の能力を使って全力で駆けて行く。家々の隙間を縫うように身を隠しながら脱兎のごとく逃げて行く。ただミケルも敗けていない。逃げる彼女を追った。ヒリーヌは全力疾走している。完全に風と同化しているかのように姿が余りの速さに消えている。


 そして城壁の外へと逃げて行くヒリーヌを見送った。


 スキル≪風を読む者≫がヒリーヌの呟きを風に乗せて伝えて来た。



「デッカー、ごめん」



 遠ざかる背を見送りながら再びデッカーの姿へと戻りながらミケルは呟いた。



「やはり我らに人間の友など不要なのかもしれないな」


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