第38章 華々しい王都よ
「臣民よ、国王よ、儂は帰って来た!!」
バルドウィンはグラスフェールと呼んだ大草原に突っ立って手を大空へと広げて叫んでいる。
西の方角に王都が見えていた。
その草原の草草はオデュッセウスの膝にまでも至らない背の高さだった。
「華々しい王都よ、栄光あれ。俊英たる大臣よ、聖人たる国王よ、永遠なれ!!」
バルドウィンは叫ぶ毎に感極まって心を熱くし、その想いの全てが載った涙が両目から滝のように流れ出ていた。
「ああ、太陽よ。なんと燦然と輝いている事か。お前を見るのは久方ぶりだ。形が変わらないなあ。我が王都のようではないか。そしてこの大草原を見よ。広大だなあ。大洋が見たいぞ。あの暗がりの中でどれだけ心に思い浮かべた事か。決して変わるまいな。大洋よ!」
朝だった。太陽は午前の明るさを上空から地上へと注いでいた。
ここから海を臨むのは難しい。その姿のほとんどが王都の影に隠れているからだ。
「カーリン、軍はどうなっている!? 我々は未だ健在であると国王に報せようではないか。国歌を歌え、我が同胞たちよ、我らは一時も国を忘れたりしなかったとこの地より国王に報せるのだ。我らが王都に近づく一歩一歩が重なる度に国歌斉唱は国王の耳に届くだろう!!」
すると、バルドウィンは我先にと国歌を歌い始めた。
そして胸を力強く叩きながらどしんどしんと踏み鳴らして大草原の中を王都へ向かって進軍していく。
その顔は涙で濡れて意気軒昂に情熱が溢れていた。狂気とも言い換える事の出来る異様な情熱だった。
「どうした、我が同胞よ、声が聞こえないぞ。そして音も。何をしている。我らが望んで止まなかった王都が目の前にあるのだ。溢れて来ないか、幻影が形を成していく気持ち。虚空へ木霊するばかりでまるで届かなかった言葉が今こそ届くのだぞ。何をしている!?」
バルドウィンが振り返った。
空虚だった。彼が思い浮かべていた軍勢の数だけの草が風になびいていた。
オデュッセウスだけがそこに立っている。
「なんだ、どうした、我が軍団はどこに?」
本当に分かっていない様子だった。
オデュッセウスはもうバルドウィンの相手が出来なかった。これ以上の関係を築いても良い方向へと向かえないだろう。
「お前は誰だ?」
バルドウィンはオデュッセウスに問いかけた。
オデュッセウスは答えない。見向きもしなかった。彼は自ら砕いたあの部屋の扉のあった方を見ていた。
砕いた扉の残骸も部屋の残骸もない。
「貴様、名を名乗れ!」
バルドウィンは身構えた。
『どうする?』
『こうなると思っていた』
『こいつはもう狂っている』
オデュッセウスはまだ立ったままだった。バルドウィンを見ようともしない。
「名を名乗れと言っているだろう。良かろう、我が名はバルドウィン、王都キュケロティアにて外交大臣のひとりであった!!」
「オデュッセウスだ。俺は先にもお前に名乗ったぞ」
「はて、そうであったか。久方ぶりに太陽の下へと出たために抜け落ちてしまったのかもしれない。オデュッセウスよ、我が軍団はどこへ行ったのか知らないか?」
「知らないな。貴様が言っていたクローヴィスが知っているだろう」
「そうだ、クローヴィスだ。あの男を今すぐにも王都より追い出さなければならぬ。すぐにもだ。おお、オデュッセウスよ、クローヴィスは今、どうしている?」
「知らない。俺は王都に来てから間もないからな」
「そうか、旅人であったか。いずこの出身だ?」
「ふん、人と獣の間より生まれた。それ以上は必要ないだろう。お前が今、出て来たところと似たようなところだよ」
「ほう」
とにかく彼らは歩き始めた。
王都へ向かう気持ちは同じだった。
「オデュッセウスよ、何か食べ物は持っていないか?」
「いや、持っていないな」
「そうか、今になって儂は酷い空腹である事に気が付いた」
「空腹?」
「そうだ。空腹だ。悲しいほどにな。少しあそこで休む事にしよう。ほら、見えるだろう。あの大岩が」
バルドウィンが示した大岩は大草原の中で目印のように突き立っていた。数羽の鳥がその先で休んでいるのも見えていた。
オデュッセウスはとんと軽やかに跳躍すると【風の王】で2羽の鳥を仕留めた。首を掴んでやって来るバルドウィンに投げた。
「焼いて食え」
「ほっほ、良い働きをするな。課題を与えてすぐに解決するとは。きみは有能だな。我が軍に招待しよう。いずれ決戦の時はやって来る」
「そうかもしれないな」
バルドウィンはオデュッセウスが獲った鳥を両手に持つと大岩の方へと歩いていった。
草をむしり取って土を岩の上に敷くと草をそこへ盛った。
火をつけて鳥を焼いた。
その間に彼は岩の上からオデュッセウスを見下ろした。
「オデュッセウスよ、我が軍団の新鋭よ。お主にある指令を出す。そう、我が軍団の長としてだ。すぐにも王都へ帰還し、クローヴィスについて調べてくれ。今、どこで何をしているのか。調べて欲しいのだ。儂が軍団を再結成する前に調べて欲しいのだよ。儂は顔を知られておる。彼奴はまだお主の顔を知らぬだろう。着て間もないならばな。受けてくれるかね?」
狂っているとは思えないほど冷静だった。だが、オデュッセウスの顔はクローヴィスに知られているかもしれない。その可能性がある事を彼はバルドウィンに教えなかった。
オデュッセウスが答える前にバルドウィンは鳥にむしゃむしゃとかぶりついていた。
言うまでもなくオデュッセウスは王都の方へと戻るつもりだ。返事をしないのは確約が出来ないからだ。バルドウィンの話を聞く限りはスキルを3つ有している。転生者の特徴だ。
オデュッセウスは歩き始めた。
「待て、尖兵よ。これを標してゆくが良い。これは我が軍団の所属の証だ。こちらへ」
バルドウィンが身の近くに彼を呼んだ。
その胸に軍団の証たる鷲の紋章を取り付けた。
すると彼は力強く握った拳の底でどんと紋章と尖兵の胸を叩いた。
「頼んだぞ、オデュッセウスよ」




