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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第37章 大臣バルドウィン

オデュッセウスは部屋の中にいた。

ある空間だった。


あのシルエットの人物が作り上げた空間に間違いない。


床はかなり硬かった。どうにも砕けそうにない。並の人間ならこの孤独に耐えられないだろうがオデュッセウスは孤独ではない。


『砕けるか?』


『床は無理だろうな。側面の壁なら抜けるかもしれない』


『だが、どこに抜けるかは分からない』


『よし、決まりだ。側面を抜く。全員、準備しろ。ありったけの力を注ぐんだ』


オデュッセウスは部屋の側壁に触れた。

硬かった。


暗い場所だった。灯りはない。いるのはオデュッセウスだけ。オデュッセウスを作るいくつもの弾かれた哀れな魂だけ。


いつだってそうだった。こんな場所で誕生したのだ。暗い場所、誰もいない静かな空間。聞こえるのは魂の叫びと蠢く音だけ。


そんな時にいつも微かな灯りとなってその暗い空間を照らしたのは外への志向だった。

あの空間を抜け出せたのだ。ここが抜け出せないはずがない。


滾々と力が湧いて来た。


だが、今はもうあの時の暗がりの中の哀れな魂ではない。名を持ち、人と関り、様々なものを知った。


滾々と湧き出す力に祝福が与えられ、名付けられた。


『行くぞ』


今はもうどんな困難さえも乗り越えられる確信がある。


右手に力を集中させてオデュッセウスはそれを放った。


轟音と共に側壁が割れる。

崩れる音と共に見えたのは無数の人骨だった。


がらりと崩れて来た壁の破片よりも雪崩れ込んでくる人骨は凄まじい量だった。


「へああっ!!!」


オデュッセウスが閉じ込められていた部屋のような空間が隣にも広がっていた。


誰かの叫び声が人骨の山の上の方から聞こえて来る。


オデュッセウスの足元に転がって来た頭蓋骨がカタカタと震えている。


「誰かいるのか?」


問いかけたが返事はなかった。


『なんだ、この人骨の量は?』


『俺たちと同じように閉じ込められた人々だろう』


『誰かの叫び声が聞こえたな』


『ああ、誰かがいるに違いない』


『接触するか?』


『するべきだろうな』


人骨の山を掻き分けてオデュッセウスはその部屋の中へと入り込んだ。


「誰だ?」


「お前の方こそ誰だ?」


「人だ!」


しゃがれた声が部屋中に響いた。

老人だった。男の声が聞こえる。


気配はひとつだけ。


笑っている。老人のたったひとりの笑い声が背の高い部屋中に木霊している。


オデュッセウスは声の主を見た。


老人は手に小さな炎を出して灯りとしているようだ。


「はははは、人だ、人だ!!」


「誰だ?」


「儂は大臣バルドウィンだ!!」


「大臣?」


「そうとも、この王都キュケロティアの大臣だった。主に外交を担当していた。そう、奴が現れるまでは!!」


「奴?」


「儂をここに叩き込んだあの男!」


「なるほど、あの男か」


「そうとも、あの男だ。お前もここにいるという事はつまりはそう言う事だな!」


「そうかもしれないな」


「どうやってここを破ったんだ?」


「ありったけの力で殴っただけだ」


「殴って!」


バルドウィンは小躍りしていた。

出られる可能性を見つけたからに違いない。


「いつからここに?」


「さあ、知らないな。だいぶ長い事ここにいるぞ。あの若造クローヴィスと闘ったのだ。奴は凄まじいスキルを持っている。我が軍団をたった一瞬でここへ閉じ込めてしまったのだ!」


「となるとこの骨の山はお前のその軍団か」


「そうだとも。カーリン、挨拶をするんだ。我が軍団に救世主が現れたぞ。見ろ、言っただろうが。諦めてはいかんのだ!」


バルドウィンは身近にあった頭蓋骨を持ってオデュッセウスを見せるのだった。その空っぽな2つの眼窩がオデュッセウスを見つめている。


この老人はかなり瘦せ細っている。顔じゅうが髭などの何らかの毛で覆われている。


「今こそ軍団を再結成するのだ。儂は挫けんぞ。絶対に挫けん。クローヴィスに目に物を見せてくれるわい。カーリン、兵の数を数えろ!」


オデュッセウスは部屋の上部を見た。


「キュケロティアを守らねば。王も臣民もクローヴィスに惑わされている。クローヴィスは確かに強い。だが、群が個に負けてなるものか。キュケロティアが真の姿を取り戻すにはあれを排除しなければならぬ!」


あの男の名はクローヴィスだと分かった。


「クローヴィスはどのようにやって来たんだ?」


「あの男はある日とつぜんやって来た。噂では北方の地からやって来たらしい。神童と呼ばれていたそうだ。無論そうだろうて。彼奴は少なくとも3つ、あるいはそれ以上のスキルを有している。空間を作るスキル、身体能力を向上させるスキル、人を魅了するスキルだ。儂は忘れた事がない。王妃が初めてあの男を見た時のあの目を!」


「なるほど、3つか。それは確かなのか?」


「確かだとも。カーリン、どこにいる!? カーリン、儂の声が聞こえんのか!?」


「やれやれ」


「そうだ。おい、貴様の名を何と言う?」


「オデュッセウスだ」


「オデュッセウスよ、我が軍団に加われ。そして彼奴を打ち砕くのだ。英雄とはこうした苦難を乗り越えて生まれる!」


「英雄?」


「そうだとも。英雄の誕生だ。今こそそうした時なのだ。国のために立つのだ。クローヴィスはとつぜんにやって来てこの国の王と王妃に迫ると力をほしいままにした。贅の限りを楽しんだのだ。今もそうだろう。我々がどれだけそれを嘆いたことか!」


「ふん、英雄などくだらん。俺は反英雄と呼ばれる存在とされるらしい。ある者がそう言っていた」


「反英雄?」


「そうだ。我々はそうした存在なのだ。暗がりから生まれた者は全てそうなる運命なのだ」


「馬鹿め。出自がなんだ、育ちがなんだ。儂は下級層の出身だが大臣にまで上り詰めたのだぞ。儂は一族の栄光だった、誇りなのだ。そして今、国を支配しようとするあの男を打ち破るべく再び決起する。オデュッセウスよ、軍を率いよう。クローヴィスを討つのだ!!」


オデュッセウスはこの男も外へ連れ出そうと思った。


【風の王】を使って浮いていく。扉があったのだ。それなら扉の方から出るのが道理だ。


「おお、これはなんだ!」


オデュッセウスが天井の辺りへ浮き上がる。扉の隙間からはどんな光も射し込まない。あるのはバルドウィンの手の上で燃える火の玉の灯りのみ。


『この者も連れてゆくのか?』


『得策ではないな。【風の王】は王都内で使っていない。スキルを複数個有する事を報せるようなものだ』


『だが、連れて行く。火があるが故に手放せないものがある』


妙な仲間意識だった。火を抱くが故に捨てられない。


右拳に力を込めた。


「行くぞ、オデュッセウスよ。共に行こう。全軍、付いて来い!!!」


扉が砕けた。黒い鉄の扉、金の飾りが上から下まで覆っている。花・魚が扉の上で自由だった。中央に獣が向かい合って牙を剥きながら野性を示している。最下段には中央に丸い宝石とそれをぐるりと囲う天使の翼。


それらが一瞬にして砕け散るとオデュッセウスとバルドウィンは空間の外へと飛び出していた。


「ここは?」


「ここは決戦の土地グラスフェールだ!!!」

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