第36章 自称年齢
リリーたちはがやがやと女性的な賑わいを見せながら街路を歩いていた。
[四季折々]の借りているアパートに戻るとアルフリーダたちが護衛対象であるマヤーと共に食卓を囲んでいた。
オデュッセウスは窓際に立っていて窓の外を眺めていた。
その傍にはペピンも居てアリーシャを見るなり彼は表情を明るくさせたがすぐに考え事に塞ぎ込んだ。
「ねえ、オデュッセウス!」
リリーが彼の傍まで一直線にやって来た。
「リリーか。どうした?」
「聞きたい事があるんだけどいい?」
「聞きたい事? ああ、構わない」
「オデュッセウスって何歳なの?」
「年齢か?」
オデュッセウスはリリーがなぜ、そんな事を尋ねるのか分からない様子だった。リリーもアリーシャもオデュッセウスの正確な年齢に興味があるらしい。その後ろでほとんど入り口に立ったままで申し訳なさそうに苦笑しながらアダルが立っている。
「25だよ」
「「「25!!!」」」
リリーたちが驚いていた。
アルフリーダやマヤーはこの一連のやり取りを見て微笑ましいものを見るようににこやかだった。
「4歳か………」
リリーが呟く。
「でも、ぜんぜん。気にしないって言うか………」
アリーシャもこんな事を呟いた。
「若いのお。本当に若い。その年齢でこれほどの実力を持つとなると[四季折々]も安泰だわい」
「居てくれればな。実力者は大きいギルドに引き抜かれていく」
「いや、居てもらわねば。そのままこのギルドを大きくしてくれるだろうて」
「どうだかな」
「25でそれなら大したものだよ。わたしが見て来た中でもそうそういない」
アダルがオデュッセウスへ近づきながらそう言った。
そんなアダルをアルフリーダやベレットが見る。もう浮浪者には見えなかった。いや、どう見ても浮浪者と思えない。彼女の実力を知った以上は浮浪者の印象はどこかへと消え去った。
どこかの名のある勇士として映っているがどうして浮浪者のような恰好をしているのか彼らには分かっていなかった。
ペピンは何やらぶつぶつと呟いている。
「ずっとこの街に?」
アダルがオデュッセウスに尋ねる。
「いや、数年前に来た。それまではあちこちを転々としていたよ」
「そうか。旅で培った実力と言ったところかな?」
「そうだな」
「この街と外を知っているのなら尋ねておきたい。ミケルという名の実力者に心当たりはないかな?」
オデュッセウスはいつかどこかで聞いた文句に辟易したが答えなければならなかった。今のオデュッセウスとミケルの繋がりは完全に断たれているはずだ。姿をかつての姿やアダルに縁のある者に変える事がなければバレる事はない。それにもう姿を変える必要もないように思われるのだった。
「知らないな。だが、覚えておこう。ミケルという名を」
「よろしく頼む。もし、それらしい人物を見かけたらわたしに教えて欲しい」
アダルが言うとオデュッセウスはこくりと頷いて窓の外へと目を向ける。
「なにか外に気になるものでも?」
「いや、街の様子が気になってね。ザロモがいない今、騒ぎが起こるかもしれない」
「確かにね」
アダルはオデュッセウスから離れてアルフリーダを見た。
「あなたがギルドマスターか?」
「ああ。アルフリーダだ。先ほどはご協力に感謝する。今、ザロモの逃走と商館内での事をギルド協会本部に報告して来たところだ。もしかしたら王都は混乱に陥るかもしれない。とんだ時に来たものだな」
「いや、わたしは前にも似たような事を経験した。ここにいたらミケルに相まみえるかもしれない。これも何かの縁と思う。ここにいる間はこのギルドに身を寄せても構わないかな?」
アルフリーダは驚いていた。アダルの提案は弱小ギルドには予想外のものだった。
「わたしたちは構わない。あなたほどの実力者に居てもらえるなら願ってもない事だ」
「ありがとう」
「ますます層が厚くなりますなあ。アルフリーダ?」
「これは凄い。何かが起こりそうだ。でも、運が良すぎる。揺り返しが来るかもしれないぞ」
「ほっほ。あなたも賢くなりましたな。それに頭が回るのなら手も届くだろうて」
「ふん。老爺は呑気だな。人事じゃないぞ。ベレットも[四季折々]のメンバーなんだからな」
「ほっほ。この爺はもうそろそろ隠居する身じゃ。若い者に席を譲る日も近い」
ヒリーヌとディドゥリカが戻って来ると部屋の中は大所帯となった。
「少し外へ出て来る」
オデュッセウスがそう言うと窓を開けて外へと出て行ってしまった。
「オデュッセウスさん!?」
アリーシャが後を追おうと窓枠に足をかけたところで「止めなさーい!」とリリーが止めた。
そんなやり取りが楽し気でアダルは微笑んでいた。
ペピンは部屋の角に立って変わらずにぶつぶつと何かを呟いている。自問自答を繰り返してどこかへと行こうとしている様子だった。
「ペピン、どうしたの?」
アリーシャが見かねて尋ねる。
「いや、少しだけ気になる事があってね」
「へー、どんな?」
「お前に言ったって信じないよ」
ペピンはいくらか突き放すような言い方だった。アリーシャはそれに対して酷く気分を害したようでぎろりと睨む。
「じゃあ、もう聞かないよ?」
「いいさ、聞かないなら気楽にいられるね」
「落ち着いて。ね、どんな事が気になるの?」
ペピンとあまり接して来なかったアダルがそこで接点を持とうと近づいて来ていた。どうやら子供が気にかかるらしい。
にこりと柔らかく微笑んでいる。
大人の女性、いくらか美しくてそしてかなりの実力者となるとペピンは大人しかった。
「いや、それがオデュッセウスさんの年齢なんですけど25歳に思えなくて」
「そんなに思い詰めなくても良いと思うけれど」
「ぼくのスキル【大きくかつ煩い】がオデュッセウスさんに対して発動したんです。このスキルはぼくよりも年齢の低い者に対して発動するスキルなんですよ。25歳なら発動しないはずだし。ぼくは16歳だからそれより下にも見えない。でも、これまでスキルが誤作動した事なんてないんだ」
「なるほど。スキルの誤作動か」
「でも、ぼくの勘違いかもしれない。間違っていたのかも」
反発が恐ろしくなって彼はそんな事を言った。
アダルは彼の疑いと不安を和らげるために肩をとんとんと叩いた。それがとても優しくてペピンは安心してしまった。




