第35章 アダルと少女たち
公園にやって来た3人は教師と生徒の良い関係を結んだ。
「違う、こういう時はこう!」
アダルの教え方は抽象的すぎた。
「バシッと来られたらギュンと行く。分かる?」
リリーはてんで分からなかったがアリーシャは少しだけ理解していた。
完全な理解は2人とも不可能だったがとにかくアダルが何かを言うたびに刻々と頷いては理解を示している。
アダルはというと理解しているのかしていないのかはさておいてとにかく教えるものは教えようと意気込んでいた。
「最後に、逃げる時は逃げる。全力でね。無理はしない。これがいちばんだよ」
リリーはそう言う彼女の表情から随分暗いものを受け取った。その見上げる眼があまりに純粋に思われてアダルは悲しくなるのだった。
そうしていると腹の傷が疼く。
ここに来てからミケルに付けられた傷が変に疼くのだった。
(空気が悪いのかもしれない。この王都は少しだけロンドリアンに似ているから)
こんな風に想いながらアダルはリリーとアリーシャを見ていた。
思い出していた。ロンドリアンの仲間たちの事を。
ギルド[ロンドリアンの盾]のメンバーを思い出していた。彼らはあの都市を出てそれぞれの暮らしをしているはずだ。あの日の負傷を乗り越えて。
アダルはリリーとアリーシャに似ている幼かった少女たちの事を思い出している。彼女らはあの日を越えて負傷者の集まる診療所で男に見初められると都市を出て行った。
その少女たちとリリーたちを見比べる。アダルも全てを忘れてその日常を過ごす事が出来たはずだったという想いが湧いて来る。いつもそうだった。ミケルを探す旅の途中にこんなあったはずの選択肢を思い浮かべて苦しくなる。選んだ選択肢は誤りだったかもしれない。
そう想うたびに彼女は築こうとしていた未来を想って憎しみと目的を再確認するのだった。
あるべき未来、訪れる未来を。あのままミケルが現れなかったら自分たちに訪れていたであろう幸福な未来へと全幅の信頼を寄せていた。
「それでわたしの知りたい事を教えてくれる?」
アダルは照れくさそうに言った。
彼女の思い出とあまりに重なり過ぎていた少女たちへの接し方が分からなくなっていた。
「うん、いいよ。なんでも教えてあげる!」
リリーが言った。その様子は少女的であどけなかった。
「そのわたしはミケルという男を探しているんだ。とても強いんだよ。わたしはその人を追ってる。とても強いミケルという人物に心当たりはないかな?」
「ミケル?」
リリーはアリーシャを見た。
「わたしは心当たりがありません」
「わたしもないかな。ミケルかー」
「とても強いと言うのはどれくらい強いんですか?」
「そうだね。とても強い。どれくらいと言われると難しいけれど………。いや、そうだね。ひとつの都市を、大きなギルドがたくさんあって強い人たちが集まった都市をたったひとりで一晩のうちに壊滅させられる力をもった男なんだ」
「この王都みたい都市なの?」
「うん、そうだよ」
「強いとなるとわたしはオデュッセウスさん以上の人は見た事ありません。もちろんアダルさんも強いと思いますけどオデュッセウスさんよりも強いんですか?」
「そのオデュッセウスさんはどんな人なの?」
「あ、ザロモとひとりで闘ってた男の人よ。とっても強くてとっても優しいの。オデュッセウスは凄いんだから!」
「そう。あの人か。ううん、きっとあの人よりもミケルは強いと思う。ミケルはほとんど容赦しなかった。圧倒的で人を手にかけるのに一切の躊躇いがない。あの人はあの闘いの中に少しだけ躊躇いというか情けというようなそんな印象があったから」
「そんなオデュッセウスさんよりも強いなんて………」
「闘ってみるまで分かんないよ」
「そうだね、うん、闘ってみるまで分からないよ。そっか、心当たりはないか。わたしはここからどうするべきかな。迷ってるんだ」
「そうなの?」
「うん、ここでヒリーヌに会うとは思ってもみなかった」
「ボスと知り合いなんですか?」
「ボス?」
アダルはくすくすと笑った。
「はい。わたしたち[子供達会議]はヒリーヌさんをボスと呼んでます」
「そうなんだ。ヒリーヌがボスか」
それがとても楽しそうな笑いだった。
「オデュッセウスさんは何歳なの?」
アダルが尋ねる。
すると、リリーは驚いた。
「え、歳?」
「うん、何歳だろうなって思ったから」
リリーは警戒している。
「いや、その歳を知ってどうこうしようと言う気はないんだよ。誤解しないで。わたしより若く見えるし、その若さでそれぐらい強いとしたら大したものだから。その興味が湧いたってだけだよ」
リリーは警戒を少しだけ緩めたようだが困ったような表情は消えない。
「あれ?」
恍けたような声を出す。
「お姉さま?」
アリーシャはオデュッセウスの年齢を知らないからリリーに丸投げだ。
「わたし、知らないや。オデュッセウスが今、いくつなのか」




