第31章 延焼する憎悪の炎
「な~んだ、お仲間か~?」
のっそりとザロモが言った。
オデュッセウスは防護膜の中から駆け付けたギルドの仲間とアダルを見ていた。
アダルは小奇麗にまとまっていたが整った分だけ顔つきの険しさと眼が胸中にある憎悪を映していたのが歪なほど浮き上がるのだった。
「ザロモと言ったか?」
アダルが巨大な豚王のザロモに尋ねる。
「そうだぞ~。お前の方こそ誰だ~?」
「わたしはアダルという者だ。お前、ミケルという名に心当たりはあるか?」
「ミケル~?」
顎に手を当ててう~んと傾いていくザロモは演技めいた所作をする。
「そいつがどうしたんだ~?」
「わたしはそいつを追っている。もし知っているのなら道案内を頼むところだったのだが知らないのなら構わない。そいつはとても強い。お前ごときは一瞬で消し炭になるだろうな」
「僕を一瞬で~?」
ザロモはその後に豪快に笑った。
「そんなミケルは知らないな~。いるはずもない。僕を一瞬で消し炭に出来るとしたら………」
少しだけ考える素振りをしながら頭を振って考えを否定する様に前のめりに構えを取るとザロモは唾をペッと吐き出した。
「ふん、嫌な奴を思い出した。お前の所為だぞ~。容赦なんてかけないからな~」
「わたしもだ。容赦する必要が無くなった。実際にわたしはある事件以来、お前のように陰でこそこそと何かを企む者どもが大嫌いになった。弱者を踏みにじる事を、犠牲にする事をなんとも思わない者ども」
燃えている。
アダルの眼が燃えていた。燃えたアダルの憎しみはぐつぐつと熱を帯びていく。髪は逆立ち、深紅の髪が炎の煌めきを赤々と色づいていた。
「大嫌いだ、お前たちのような者が!!」
雷鳴が轟いた。衝撃波が生じ、風が顔に当たる。
雷撃が豚男たちを軒並み焼いていた。
幾筋もの大きな雷が列をなして豚の軍団に降り注ぐ。たった一瞬で豚男たちは消し炭と消えていく。
「消し炭と消えろ。貴様らの生きる未来はここにはない」
豚の軍団が3分の1にまで減った。ザロモは驚きに眼をひん剥いてアダルを見ている。
軍団を失ったザロモは奥からさらに呼びつけるがやって来る豚男たちの数は激減していた。
見る見るうちにザロモの巨体は縮小していく。
だが、ザロモはまだ劣勢にまで陥っていないと考えた。
まだこの巨体を保って居るうちにアダルを始末してしまえば勝機はあると計算した。
「死ねええええ~~!!!」
アダルへ向かって握りしめた右拳を振るう。
彼女は脱力した様子でその拳を見ていた。
リリーが叫ぶ声が聞こえる。彼女の【花弁の上の雫】は未だにオデュッセウスを覆っている。2つ同時に出す事は出来ない。
小さくなったとはいえザロモの振るう一撃はまだ大人を粉砕するぐらいには力を持っている。
アダルはその振り下ろされる鉄槌のようなザロモの一撃を右手で弾いた。ぱあんと鮮やかな乾いた音が鳴り響いたかと思うとザロモの体勢はぐらりと揺れて右側に傾いていく。
その伸びた右腕に飛び乗って腕から肩へ走ると肩の突端を踏み台にしてアダルはザロモの顔の真上に跳ねた。
そしてそのザロモの頭上で巨大な雷の槍を作り上げてそれを放った。
ザロモの首の下、鎖骨が合わさる胸の中央を貫いた。先は地面に突き刺さって雷撃を波状に地面の上を這わせて僅かに残っていた豚男たちを感電死させる。雷槍の柄は天へと延びるように尾を引いている。
脂肪が削ぎ落ちていくようにザロモは肉体を小さくさせていった。萎んでいく巨体を見るとザロモはまだ一命を取り留めているのが分かった。
絶望、ザロモは軍団を失い、強靭だった肉体を失っていた。
ザロモは「ひいいい~」と悲鳴をあげながら全壊状態の館の方へと走っていく。そこからまだ数体の豚男がやって来ていた。
「ふん、哀れだな。あんなものじゃない。あれじゃない」
オデュッセウスを覆っていた防護膜が消えていく。
リリーが解除したのだ。
オデュッセウスの周りにギルドの仲間が集まった。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
そんな言葉を口にしているうちにアダルがその輪の外に居てオデュッセウスとギルドリーダーのアルフリーダを見る。
「後は任せても?」
「ああ」
「助かったよ、ありがとう」
「いや、無事で良かった」
アダルはザロモの方を見てから「もう心配ないと思う。それじゃあ」と言って街の方へと戻るために歩き始めた。
「手練れだな。この王都内でも1,2を争うぞ。オデュッセウスを見た時にもそんな事を思ったがあの人も相当な手練れだ」
「そうだな」
「今はそれどころじゃなかろう。ザロモを追わねば」
「ああ、行こう」
ギルド[四季折々]のメンバーはザロモの全壊した館へと入って行った。
オデュッセウスは商館内の地下の事やこの館にあった大広間の存在を説明しなかった。
恐らくそこに何かの秘密がある。
そしてそこに転生者やザロモの企みが隠されているに違いない。
どうにかひとりでザロモと接触したかった。
『案はある』
『どんな案だ?』
『【刻まれた碑文】を使って分身体を作れ。その間に別行動をするんだ。それでザロモと接触する』
『良い案だ』
オデュッセウスはタイミングを見て【刻まれた碑文】を発動すると分身体を作り上げた。
意図は共有している。
ギルドメンバーたちとの捜索を分身体に任せるとオデュッセウスの本体はザロモを別に探すために単独行動をとった。
目指すのはあの大広間だった。
全壊しているがそれはこの館だけだ。あの大広間がその影響を受けているとも思えない。
『それにしてもアダルはかなり力を持っているな』
『ああ、以前よりも強かった。ロンドリアンで見た時はあれほどではなかった』
『彼女の中に【憤怒の炎】が燃えている。誰の何のために燃えているのかは明々白々だな』
誰も何も答えなかった。




