第２９章 転生者＝英雄！？
敷かれた水が豚どもの脚を停めていた。
「水錬宝槍」
無数の槍が床を覆う水から突き立って豚どもを貫いた。それは確かに腹から背へと切っ先を出していたが命を絶つまでにはいかない。豚はかなりしぶとかった。
脚を捕えられて槍で貫かれても豚どもはオデュッセウスへの接近を諦めていなかった。
ザロモが首を突き上げた。オデュッセウスの身体が宙に浮く。
そのままどんと空へと押し上げられて放り投げられる。
くるんと回転して体勢を立て直すとザロモを見下ろした。
「水錬宝腕」
巨大な腕を作ってザロモを上から叩き潰す。
がくんと膝を折るが地に伏せるほどの力とはなり得なかった。
肉が裂ける音と血がぼたぼたと落ちる音がした。床の水が豚どもの血を浴びて赤黒く変色していく。豚どもが脚の捕縛と槍の貫きから逃れるために自身が傷つくのも構わずにがたがたと身体を動かしているのだった。
「水錬宝輪」
豚どもを輪で囲ったと同時に瞬時にそれを縮めていく。輪の内側は刃のように鋭くさせていた。
すっぱりと豚男たちの胴体を斬れたのは最も外側に居た豚男たちだけで残った内側の者たちは先に斬った豚どもの油や血や肉体に阻まれて切断するにまでは至らなかった。
「ちっ」
範囲攻撃は有効だったし、水は切断に適していた。
オデュッセウスは正体を隠すために他のスキルを使う事は避けていた。もう身体能力向上系のスキルと【水の王】の２つのスキルを使っている。
【名付けの祝福】は【水の王】と併用する事で隠していた。
『範囲攻撃は有効だ。これを続けよう』
『が、キリがない』
『ぼやくな。やっていくしかない』
すると、がくんとさらにザロモの身体が沈んだ。オデュッセウスは力を加えていない。となるとザロモが自分の意志で沈んだのだ。
途端に水錬宝腕を跳ね返す力で起き上がり、水の腕は弾けて消えた。
そしてそのままザロモは両腕で豚男たちを掻き抱くと上空にいるオデュッセウスへ向けてそれらを放り投げるのだった。
雨のように豚男たちが降って来る。それらは牙を剥き出しに咬みつこうとし、腕は彼の身体を掴もうと伸ばされていた。
オデュッセウスが降る豚男たちの対処をする時には下でザロモは力を蓄えていた。
まず１体を蹴り飛ばし、蹴り飛ばした力で上から伸びる手を避けた。
次いで２体、３体と躱し、４体目を目にした時にザロモの方から床の砕ける音がした。
落ちていく豚男はザロモの大きな身体の上で弾みながら落ちていく。
ザロモが飛び上がって来た。
右拳が放たれてオデュッセウスを襲う。
それを見ていた隙に４体目が彼の右腕に咬みついた。
咬みつかれた右腕の手甲から鋭い刃を出して口と顎を両断したがそれもまた隙だった。
オデュッセウスの身体の左側がザロモの右拳を受けた。
水の鎧を砕く音が聞こえ、オデュッセウスは倒壊していく館の屋根から外へと吹き飛ばされていた。
がさがさと音がしたのは彼が館の外をぐるりと覆う林の木をクッションにして着地したからだった。
彼の水の鎧は左半身が砕け散っている。
だが、それほど強いダメージはなかった。
鎧を纏い直す。
館の倒壊したところからザロモがぬうっと顔を突き出した。
「はははは、なかなか頑張るな～。でも、もうお終いだぞ～。援軍が到着したからな～、覚悟しろよ～」
「お前にひとつ聞きたい事がある」
「よかろ～う、答えるかは分からんがな～」
ザロモの顔の横に更なる豚男たちが顔を出す。それはザロモに近い大きさの豚男もいた。
「お前は転生者か？」
「はははは、最後の質問がそれで良いのか～？」
「構わん、最後ではないからな」
「言うな～。そうだぞ、俺は転生者だぞ～。恐ろしいか～、恐ろしいなら敬えよ～。今なら部下にしてやってもいい」
「ふん、断る。転生者ならそれで良いんだ。手加減の必要がなくなるからな。ザロモ、お前の方こそ最後に言残す事があるなら聞いてやろう」
「はははは、言うじゃないか～。俺は英雄だぞ～。ギルド［ザロモ商会］を作って商業のうねりを作ったんだ。この辺りの全てを牛耳っていたんだからな～。ザロモ様と呼べ～、この愚鈍な輩めが！」
大小さまざまな豚男たちが館から出て来た。
ただ歩くだけで林の木を折り倒していく。
『英雄だとさ』
『ふん、ずいぶん汚らしい英雄がいたものだな』
『誰もが英雄になりたがる』
『くだらん。実にくだらん』
豚男たちが迫って来ていた。
スキル【神域の一撃】で水の一撃を高める。
心は静かだった。全ての力が右腕に集中していく。体外にある力さえも取り込んで凝縮していく感覚を覚えていた。
「水錬宝刃」
【名付けの祝福】と【神域の一撃】を合わせると凄まじい力が込められていく。
そしてオデュッセウスは迫りくる豚の軍団たちに向けてそれを放った。
音もなく水の刃が走っていく。
木を切り倒した。その木と同じように豚男たちの身体も両断されて行く。
館の残っていた外側の壁さえも斬られて倒れる。
だが、軍団は次々とやって来る。
ザロモがまた豚男たちを両腕で掻き抱いた。持ち上げると同時に無数の豚どもが地を走ってやって来る。
そして彼は抱いたそれらをまた宙へと放り投げるのだった。
豚男たちも得たりとオデュッセウスへ向かって来る。
