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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
黒き獣の誕生
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第13章 孤高の騎士

 夜明け前に自宅に戻ったデッカーは達成感と寂寥感からソファに長い時間座っていた。無数にある魂のほんの一部が彼らのもとを去って行った経験がぽっかりと心に穴を開けていた。


 去り行く魂のあの幸福感が彼らの胸を締め付けている。あの幸福はこの地上へいる間の我々には決して訪れないだろうという予感が過るので彼らは大いに苦しむのだった。


 魂の苦悩が、次なる誕生へと導いてくれるに違いない。そう思う事で彼らは正気を保つのだった。


 曙光がカーテンの間を縫って差し込んでくる。朝がやって来た。後ろのベッドでアダルが寝返りを打つ微かな音が聞こえて来た。


 デッカーはそちらの方を向くとようやくデッカーとして振舞わなければならない自覚が生まれてアダルの横に寝転がった。天井を見つめてその模様を見つめているとその雑な模様や古びた装飾にどんな感慨も浮かばないので眠くもないまま目を閉じるのだった。



「どこに行ってたんだ?」



 アダルが目を少しだけ開けてデッカーに尋ねた。どうやらデッカーが傍にやって来た時に目を覚ましたらしい。



「散歩だ」


「最近、良く散歩に行くじゃないか。趣味になったのか?」


「そんなところかな」


「そうか、今度は私も行こうかな。でも、気を付けろよ。【シュヴァルツ・コリダー】の件もある。最近はこの都市の中も物騒だよ」


「ああ、気を付けるよ」


「今日は森の再々調査の会議がある」


「そうだな」



 そうしてアダルはまた眠りへと就いた。彼女はすっかりと安心しきっていてデッカーの肩に頭を凭せ掛けていた。


 デッカーが目を閉じて寝転がっている間、彼が分離した個体が地下道の【シュヴァルツ・コリダー】のギルド本部を訪れていた。



「ソフィアを殺した。あれは転生者だったからな。今日にもその報告が出る事だろう。調査はしているのか?」



 ブロックにミケルが尋ねた。



「ソフィアを?」



 ブロックが尋ねるのにミケルは答えない。もうすでに告げた事である。彼の周りにいた護衛や侍らせている女たちはミケルを見て怯えていた。



「調べは進めてる。俺たちの調査では三人が考えられる。オスカーと、アダル、【トリニアクーパー】のギルマスであるフォルカーだ」



 ミケルはその報告を聞いて呆れかえった。アダルとフォルカーはすでに目にしていて否定できる。唯一まだ目にしていないのはオスカーだけだ。ただ興味はある。このオスカーという名前は彼の調査でも幾度となく耳にしていた。



「そのオスカーについて教えろ。あとの二人についても根拠となった理由を聞こうか」



 ミケルが言うとブロックはまるで報告書を読み上げるように淡々と喋りだした。



「オスカーはどのギルドにも所属していない単独の騎士だ。オスカーとアダルはスキルを三つ持っていると噂されている。オスカーは、騎士のスキルとなんらかの加護のスキル、あとは遠くまで見通す眼に関するスキルだと言われている。アダルの方は、長時間の戦闘を可能にするスキル、雷撃のスキル、強い一撃を与えるスキルだ。俺たちの調べではこんなところだよ。フォルカーに関してはその強さもそうだが都市の外から少し前にやって来てすぐにギルドを立ち上げるとこの都市の中でも強力なギルドに押し上げた敏腕だからだ。それぐらいさ」



 スキルを三つ持っている者が転生者である事は多い。現にミケルがこれまでに相手をした転生者は全て三つのスキルを有していた。ならアダルも転生者である可能性がある。ミケルがただ単に察知できていないだけの事かもしれない。


 ミケルはそれだけ聞くともう用が無くなって地下道を去って行った。デッカーとして待つ仲間へこの情報を共有するために少年の姿のままで戻って行く。


 分離していた個体が地下道を出る頃には太陽が城壁の上まで昇っていて都市の中を明るく照らしている。


 少年の姿のままで通りを歩いていると騒々しく人々が行き交うのが見えた。彼らは【魔女の小指】のギルド本部の方を指で示したり、見やっては嘆いている。


 ソフィアの援護に回っていた四人のギルドメンバーの女たちはミケルの青年の姿を見ているのでその証言はすぐに広まるだろう。少年の姿の殺人者と、ギルドを壊滅させた青年と、森を荒らした黒狼という魔獣の姿がこのミケルの中にある。様々な烙印が押されている。ただどれも自分とバレたとしてもどんな物も失う事はないと高を括ってミケルはより大胆になれる自分と全てを振り払ってでも使命を成し遂げようとする決心をより強く固めて行くのだった。


 都市の中は騒然としていた。様々な噂が行き交うだろうとミケルは思った。それを引き起こしたのが自身であるという自覚が彼を大いに喜ばせた。


 転生者がひとりいなくなった都市の形が正しく変えられていく。それは間違いなく生まれるべくして生まれて肉体と魂を合致させている歴然とした人間がこれから働いていくのだろう。


 ミケルはこの混乱と疑惑の中を悠々と歩いてデッカーの家に辿り着いた。玄関の前で【ロンドリアンの盾】のメンバーが戸を叩いて中からの応答を待っているのが見えてミケルは様子を物陰から窺っている。


 話し声が聞こえて来た。



「アダル、デッカーすぐにギルドに来てくれ」


「すぐに?」


「そうだ、すぐにだ。詳しい話はギルド本部でされると思う。とにかく準備をして急いで来てくれ」



 アダルが深刻な表情を浮かべて頷くのが見えた。デッカーの様子は見えない。

 出て来るのなら自宅の中へ入る必要もあるまいと考えてミケルは外で待っていた。


 程なくして準備を終えたデッカーとアダルが自宅を出てギルド本部へと走って行くのが見えた。アダルがデッカーの腕を引っ張って走っている。


 ミケルはそれに付いて行ってギルドに入る直前にデッカーと合流した。



『昨夜のソフィアとの戦闘で都市の中が酷い騒ぎになっている』『だろうな。噂はすぐに広まるだろう』『だから呼び出されたのか』『残りの転生者たちも防備を固めるかもしれない』『その可能性は大いにある。少し暴れすぎたな』



 ギルドに入ると受付嬢のヘルマが「来た!」と大きな声で叫んだ。


 すると奥の部屋からギルマスであるリオニーが顔を出して言った。



「二人とも、すぐにこっちへ」



 呼ばれたアダルとデッカーはリオニーが招き入れた大部屋の中へと入った。すでにそこには幾人かのギルドメンバーが集まっている。



「落ち着いて聞いてくれ。昨晩、何者かによって【魔女の小指】が襲撃されて壊滅した。被害はギルマスであるソフィアの死亡とギルド本部の壊滅らしい。報告によると襲撃者は青年の姿だったらしいが様々な獣の姿に変えていて、その中に黒狼の姿もあったという事だ。貴族はこの報告を受けて都市の内部に森を荒らした獣がいると考えて再調査よりもその黒狼の捕縛あるいは討伐をギルドに緊急依頼してこれをギルドが受けた。都市にある全ギルドに出された依頼だ。だから、みんなまずはこの都市の中を見回りしよう。アダル、お前は貴族から護衛の依頼が指名で来ている。お前はすぐにそちらの方へ向かえ。後の者は他のギルドの者たちと連携してこの都市の中を見回るんだ」



 リオニーの言葉を聞いた面々はこっくりと頷いた。


 アダルは貴族の要請に心底から嫌そうな顔をした。



「行かなくちゃダメか?」


「ダメに決まってる。これ以上に立場が悪くなると今後の活動が出来なくなるぞ。すぐに迎え」



 リオニーに背中を押されながらギルドを出て行くアダルは外へ出る直前に他のメンバーに言った。



「みんなも気を付けてな」



 アダルが出て行くのを見送ると残された者たちは状況の把握に努めだした。



「ソフィアがやられるってヤバくない?」


「ヤバいって、そんなのが都市の中にいるって思うと気が気じゃないよ。私たちの見回りも危険だよ」


「だが、やらなくてはならん」


「うん、都市の中には戦闘なんて出来ない市民もいるんだ」


「リオニー、貴族の護衛と言うがアダルの他にも要請はあったのか?」



 デッカーがリオニーに尋ねた。



「ああ、オスカーにも要請が出されている」


「なるほどな」



 貴族にも転生者が一人いると調べはついている。前回、ソフィアを見つけたあの招聘の際に見た四人の貴族の中にはいなかった。するともう一人が転生者に違いない。その貴族の近い場所にオスカーまでいると考えると一網打尽の機会のようにも思われる。ミケルは知らずと笑みに顔が歪んでいた。



「だが、あの貴族連中の事だからな。どうなるかは分からんさ。でも、四人の貴族は集まって当面の対策を練る会議をしているらしい。アダルはそちらの護衛に回されているだろうな。問題はアルドスだ。こういう運営に関しては全く無関心であるらしいから自宅に引き籠っている。その護衛にオスカーが回されている。アルドスとオスカーは昔から親交があるからな」



 ますます好機に思われてくるが一度に二人も転生者を相手にするとなるとミケルもただでは済むまい。ただ彼らの使命はそれであるからどのような局面でもやる事に変わりは無かった。ミケルは夜になるのを待つ事にしてそれまでは見回りでもなんでもやってみようという気になった。当然ながらそれはデッカーとしてである。


 べルティーナやハリソンなどの調査隊のメンバーとデッカーは都市内の巡回を始めた。


 彼らが見回っているのは都市の中でもいわゆる下級層の街だった。普段ならそれなりに活気のある街のはずだが今日はひっそりと静まりかえっている。市民もソフィアが殺されてしまった事を聞いて外出を控えているのだろう。



「静かだね」


「そうなるさ、どこに化物が潜んでいるのか分からないからな」


「思ったんだけどそうした化物や獣が住みつくのに地下道って絶好の場所じゃないかな?」


「ふむ、一理あるが地下道には【シュヴァルツ・コリダー】がいるからな。もし獣が入り込んでいるとするなら【シュヴァルツ・コリダー】の者たちが気付くはずだ」


「確かに、ね」


「だが、一理ある。【シュヴァルツ・コリダー】の者たちはその地下道の全てを把握しているのか?」


「さあ、どうだかな。この都市は広いし、その全域に地下道はある。目の届いていない所もあるだろうが」


「ちょっとだけ覗いてみようよ」



 べルティーナの提案に賛同して皆が地下道の出入り口へと向かった。彼らが着いたその出入り口はまさしくミケルが通った場所だったが彼が出入りした時よりもいくらか様子が違っている。というのもその出入り口に数人の男がいたからである。



「【ステッキとルーペ】の連中だ」



 【ステッキとルーペ】の者たちは特徴的な装いをしていた。一目でそれと分かるだろう。誰もが眼鏡か片眼鏡をかけている。



「なにをしているんだろう?」


「きっと俺たちと同じ考えなんだよ」



 ハドマーが言うとハリソンが頷いた。



「地下道に獣が潜んでいると踏んでいるんだな?」


「恐らくは、ね」


「なーんだ、【ステッキとルーペ】のやつらが入るなら私たちが行くまでもないじゃんね」


「そうだな」


「これから調査がされるんだろう」


「うむ、だがこれでいくらかの判断もつくだろう。【ステッキとルーペ】はギルドメンバーの全員がスキル≪鑑定眼≫を持っているからな。ギルドに入る条件がそのスキルを持っている事だ、素晴らしい徹底ぶりだ」



 野次馬的に話し込んでいると地下道の出入り口から【シュヴァルツ・コリダー】のギルマスであるブロックが出てきた。まるで連行されるように連れられて行くのでブロックを見るとデッカーは小さく個体を分離させて後を付けさせた。



「ブロックだ。相変わらず小汚い毛皮外套を着こんでいる奴だ」


「ハリソン、知ってるのか?」


「ああ、以前に奴とつまらん事でぶつかったんだ。長い期間、争いを根に持つ奴でその後も困った事態になったものだよ」



 ハリソンとブロックの確執をハドマーやべルティーナは楽しそうに聞いた。


 その後も彼らは巡回を続けた。良心的な彼らは様々な事を市民に依頼された。例えば食材の買い出しのための護衛や届け物の配達などである。ただ巡回するだけでは退屈なので彼らはその市民の依頼に快く応じるのだった。


 礼を言われると彼らは皆一様に笑って「こんな日も偶には良いかもな」と言うのだった。


 そうしてその日をデッカーは過ごした。


 その頃、【ステッキとルーペ】のギルド本部に連行されたブロックはまるで犯罪者が取り調べを受けるような扱いをされていた。ブロックの後をつけていたミケルの分離した個体は小さな蜘蛛となってその部屋に忍び込むと面白い劇を見るような気分でそれを鑑賞していた。



「ブロック、知っている事を全て話すんだ」


「はあ?」



 非協力的な態度のブロックを見て【ステッキとルーペ】のギルマスであるヤネスが今の都市の状況の説明を事細かに始めた。



「ブロック、以上がこの都市の中で今、起っている事だ。これについて君の知っている事を洗いざらい話してほしい。忠告しておくが嘘はつくな、恍けるな。我々の簡易的な調査で君がギルド本部としている地下道のいくつかの場所から獣の痕跡が見つかっているんだ。君は獣と接触しているんじゃないか?」



 ヤネスが尋ねるとブロックはその返答代わりとしてくっくっと笑い出した。



「ブロック」



 ヤネスが名を呼ぶと彼は笑うのを止めて優しく諭すように見詰める眼を睨むように見た。



「なにも君たちがやったと言ってるんじゃない。調査と報告から魔獣の仕業と調べはついているんだ。君の知ってる事を話してくれ」



 するとブロックは懐から薄汚れたパイプを取り出して口にくわえた。中に敷き詰められているタバコを火で焙ると彼はぷかぷかとタバコを吸い始めた。


 ヤネスはそれをじっと見ている。



「そいつは、そいつはいきなりやって来た。俺たちの目の前にな」


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