第28章 反英雄と英雄の激突
オデュッセウスとアリーシャは走っていた。
ザロモ率いる豚軍団も走っていた。
驚く事にこの豚どもはオデュッセウスたちよりも僅かに早かった。というのもアリーシャよりもと言った方が正しいかもしれない。
オデュッセウスは水を薄く前方へと忍ばせてヴィドたちの反応を探っていた。彼らがこの騒ぎに気が付いて対処している事を願っていた。
そしていくらか離れたところにヴィドとダグナがいるのを見つけた。彼らの特徴的な鼓動や動作が振動として水を介して伝わって来る。
『アリーシャをヴィドたちに任せてザロモの対処に切り替えよう』
『同意する』
『そうするべきだ。いずれ追いつかれる』
いや、もう追いつかれそうだった。メイド服姿になっているアリーシャはずいぶん走りにくそうだ。
オデュッセウスは館の廊下を薄い水で満たした。走りながら彼は唱えた。
「水錬宝廊」
水が祝福を与えられて輝く。それはオデュッセウスのために輝いている。
【名付けの祝福】と【水の王】を上手く組み合わせた案が浮かんでいた。
「水錬宝舟」
足元に小さな舟のような板が作られた。水錬宝廊が前方へ向かって流れて行く。
彼はその水錬宝舟に乗ると右手を伸ばして今にも豚男たちにスカートの裾を掴まれそうになっていたアリーシャの腰を持って抱き寄せた。
そして超速度で奔り出す。
輝く水の回廊の上を煌めく舟が走っていく。
彼に抱えられたアリーシャは余裕が生まれていた。
【氷の王】を使って氷壁を作っていくが豚男たちはそれを難なく突き破って来る。だが、少しばかりの障害とはなるようで僅かに彼らの走る速さを落としていた。
「いいぞ」
「はい!」
「この先の事を説明しておく。恐らくこの先にヴィドたちがいる。アリーシャはヴィドたちと合流しろ。俺が奴の気を引くからその間にな」
「それでその後は?」
「そうだな。まずは離れて状況を確かめる事だ。奴が何を企んでいるのか館の中を再探索しても良いだろう。あの大広間には何かがあると見て間違いない」
「でも、それだとオデュッセウスさんはどうするんですか?」
「俺はザロモを対処する」
「ひ、ひとりでですか?」
「そうだ」
「ダメです。絶対にダメです!」
アリーシャはオデュッセウスにしがみつく様にして訴えた。
だが、今はそれしか選択肢はない。速度を落とさずに角を曲がるとヴィドたちがいる客間に程なくしてたどり着く。
後ろを振り向くとザロモからは少しだけ距離があった。ここまで距離が開けていたらそれなりに時間は取れるだろう。
オデュッセウスはもうひとつ舟を作り出して客間へと分岐する宝廊を敷いた。その舟にアリーシャを乗せるとそれを放った。
「オデュッセウスさん!!」
アリーシャを乗せた舟がオデュッセウスの先へ行く。一直線に客間へと突っ込んでいった。
オデュッセウスは自分の乗っていた舟を停めて廊下に立った。
ザロモが走って来る。音を鳴らして館の壁を破壊しながらやって来る。今、見るとこの男の巨大さは当初と比べて倍近く巨大化していた。
後ろの方では更なる豚の軍団が所狭しとやって来ていた。
「なるほどな。豚の数だけ巨大化していくんだな」
舟と廊下に流れる水を自身に集めた。凝縮させて力とさせる。
「水錬宝鎧」
祝福を帯びて輝く。
どしんどしんとザロモが迫る。
今や肉の波のように熱気を帯びた怒涛が湯気を立ち上らせながらやって来ていた。その先頭には巨大化したザロモがいる。
「こんな時こそが我々の運命なのだろうな。これまでがぬる過ぎた。行くぞ!」
ザロモとの距離はもう2メートルもない。
「我が名はオデュッセウス!」
祝福の輝きを帯びた。
ザロモは迫り、全てを薙ぎ倒そうとする力の奔流となってやって来た。
「憤怒の炎よ、燃え盛れ!!」
英雄と反英雄が激突した。
凄まじい衝撃が波状的に辺りに響くと館の全体が震えて瓦解した。この衝突によるエネルギーは強大で半壊状態だったザロモの館は半分以上の屋根が吹き飛び、壁は崩落していく。
オデュッセウスは全力で迎え撃ってザロモを抑えたが押されていた。
ザロモの鼻先を両腕で抑えている彼には次の一手を行う余裕さえなくてじりじりと押されている。
オデュッセウスはにやりと笑っていた。笑いが込み上げてくる。どうしようもないほど楽しいのだ。
力を振るう時が、その相手がいる事が、目的を見つけられた事が、身体の全身の細胞が成すべき事を成せと叫ぶ。
ザロモを葬るのにもはや躊躇いは無くなった。
その躊躇はザロモがこの突進で捨てさせた。この豚王は間違いなくオデュッセウスをここで殺す気で全力でやって来た。限りなく殺意と力を溜め込んで。
それを感じるとまるで鏡が反射する様に殺意を跳ね返すのだった。
力は拮抗した。オデュッセウスは喜ぶと力を振るうに躊躇いは無くなって躊躇いを捨てて生まれた余地に更なる力が加わってより強くなっていく。
ザロモの全身から噴き出す熱気は宙を漂っていた。豚男たちはその熱気の混じった空気を吸い込んで激していく。よりいっそう強く唸り立てて迫るのだった。
『影響し合っている。ザロモが豚男を、豚男がザロモをという具合にな』
『どちらを先に始末するべきだろうか?』
『欲を言えばどちらともだが、豚男からにするべきだろうな』
『決まりだ。ここの豚男どもから始末する』
もう準備は出来ていた。
館のほぼ全域を水が覆っている。




