第27章 いつの間にかその手には…
オデュッセウスはザロモが答えるのを待っていた。
ザロモはふんぞり返ったように頭を上に持ち上げてそれ以上ないと言うぐらいにオデュッセウスを見下していた。
「答える義理はないよね~。何てったってきみたちは侵入者。ぼくはここに入る事を許可さえしてないんだよ~。それでいて質問に答えろなんて盗人猛々しいにもほどがあるな~」
オデュッセウスはだらしのない喋り方をするザロモを嫌悪した。
『転生者だろうか?』
『豚のスキルを有しているのは分かる。ここを見ればな』
『そうだ、軍団を指揮するスキル、自らを豚に変えるスキル。あるいはこの部屋のような空間を作るスキルを有していると考えても良いだろう』
『いや、部屋の空間を作るスキルは分からない。ここのような部屋を他に見なかった。もし本当にザロモが有しているのならもっとあってもいいはずだ』
『制限のあるスキルなのかもしれない』
『だが、3つあると考えていいはずだ』
『転生者か………』
また別れがやって来る。オデュッセウスはそれが今、少しだけ恐ろしい。
恐ろしいのは身内から去っていく者がいる事とこれまでに転生者を始末するたびに人間と培った関係を切り崩していく感覚に襲われているからだった。
転生者を殺すたびに孤独になっていく。
オデュッセウスは傍にいるアリーシャを見た。
彼女は巨人のように聳える巨大な豚のザロモを見て懸命に負けないように我を張って睨んでいるところだった。
がくがくと震えている。
「隣の娘は今にも事切れそうだよ~。気遣ってあげな~。さ~て、これからどうしようかな~。勝手に館に入って来た侵入者を撃退と行きますかな~」
ぎらりと豚軍団の眼が閃いた。
燃えている。何かがぐつぐつと燃えていた。
それは目の前の燃える炎を映した反射かもしれなかった。
のそりとザロモの身体が動いた。前かがみになって背中が丸まった。怒らせた肩がさらに力を込められてぐぐぐっと盛り上がる。隆起が山のように出来上がり、深い谷が作られると突進するための4つの脚が床を噛んで地鳴りのように震わせる。
オデュッセウスは闘いを覚悟した。【水の王】を使って鎧を作り上げる。全身を軽装甲で覆う。最硬度にまでそれを高める。
アリーシャはオデュッセウスを見ていた。怯えた眼が泳いでいる。
「オデュッセウスさん………」
「アリーシャ、離れるな」
離れるなとは言うものの多勢に無勢でしかない。
「はい………!」
ここでの最善は無事に逃げ切る事。
ここにザロモが転生者である可能性を見出した以上は被害を最小限に留めて事を終える必要がある。
ザロモの巨体が沈んだ。脚を曲げて力を込めたのだ。来るとオデュッセウスは思った。すると、豚男たちも一斉に突進の構えを取った。丸まった背中、盛り上がる肩、反り立つ耳が見える。
ザロモが力を解放した。爆発的な突進でオデュッセウスへと迫って来る。
凄まじい衝撃が館を震わせた。扉を開けたすぐのところに立っていた2人はこの突進を受け切った。
受け切ったと言ってもほとんどオデュッセウスのみで突進を防いでいた。
並んで立っていたオデュッセウスとアリーシャだったのが彼がゆっくりと落ち着き払ってアリーシャの前に出るとこれまた静かにザロモを待ち構えた。
そして衝突が起きたのである。
巨大な豚が熱く大きく燃える炎に飛び込んだかのような衝突だった。
ザロモは炎を掻き散らすように走り、炎はその豚の厚い皮膚を焦がし、肉を焼こうと大きく燃える。
拮抗はいつ崩れるかも分からなかった。ぎしぎしとせめぎ合っている。
水柱を作ってザロモの身体を下から突き上げる。どんと上に持ち上げようとするのだがかなり重かった。
すると、豚男たちがその隙にオデュッセウスとアリーシャに向かってやって来た。
ザロモの身体は彼が作った水柱とアリーシャの援護を得た氷柱で部屋の天井へと叩きつけられていた。
豚男が2人に襲い掛かって来る。
「水練宝鎌」
右脚を覆う装甲を鋭い大きな刃を付加させて跳ぶと左手ではアリーシャをしゃがませてぶんと振るった。
どしんと落ちていく。
ザロモも落ちて来た。
その時にオデュッセウスは見た。
部屋の奥がどこかに続いている。そしてその開かれたまた別の通路から更なる豚男の一団がやって来るのだった。
すると、床に落ちたザロモの巨体がますます巨大化して力が増していく。
「オデュッセウスさん、豚が増えています!」
「そのようだな。逃げるぞ」
「はい!」
オデュッセウスとアリーシャは逃走を始めた。
大きな広間から出て通路を走る。
ザロモが追って来る。彼の身体は通路を行くには狭すぎた。館の部屋を破壊しながら2人を追いかけた。
豚男たちも走ってやって来る。
豚が通った場所は一目で分かるほどだった。瓦礫が山となって積まれている。がらがらと崩れ去り、ごあごあと叫ぶ声が轟き渡っている。その狭間に誰かの悲鳴まで聞こえて来るのだった。
角を曲がった。
曲がったのだがザロモは角まで行く事なくオデュッセウスたちが曲がった先を行こうと横の部屋を突き破ってやって来る。
全てを薙ぎ倒し、破壊の限りを尽くしながらやって来るのだった。
どしんどしんという音、追っていたはずが追われている。関係が逆転したのはオデュッセウスが守らなければならないものがあると思ったからだった。大切にしなければならないモノ、これまでに持った事のない考え。
リリーを、アリーシャを、アルフリーダを、ベレットを、ペピンを、相棒と言ったヴィドを、いや存外、彼は相棒と呼ばれる事が少しだけ嬉しかったのかもしれない。
そして街を歩いて何度か顔を見た知った顔という者たちでさえも彼の中に確かにあるのだった。
ひとりであれば立ち向かえていた。もっと数がいてオデュッセウスの手に余る者がアリーシャに迫る事も無ければ闘っていたであろうがそうとは出来なかった。
オデュッセウスは知らずと玄関の方へ向かっていた。ヴィドとダグナを敵中に置いて去るわけにはいかない。仲間と思われないうちに去るのも手だったが安全を期すならば共に去るのが一番だろう。
ザロモが迫って来る。その距離は少しずつ縮まっていた。




