第24章 ザロモの館へ
オデュッセウスはアダルとヒリーヌを注視していた。
なぜ、2人が一緒にいるのか分からなかった。なにかがあったに違いない。
すると、アリーシャがそんなオデュッセウスに気が付いて隣までやって来て言うのだった。
「リリーお姉さまがいないと分かって探していた時に会った方です。ヒリーヌさんと知り合いだそうですよ。リリーお姉さまが商館に残っているのかもと思って戻ろうとした時にばったり会ったんです。ヒリーヌさんはとってもびっくりしていました」
「そうか」
アリーシャはオデュッセウスの隣に立っていた。何でも尋ねてくださいと言わんばかりに胸を張っていた。
そんな自信に溢れていたのはペピンと彼が2人で行動していた詳細をペピンの口から聞くと大して役に立っていないと判断して自分を売り込むチャンスと思ったに違いなかった。
実際にアリーシャは事件が終わりを迎えてもこの[四季折々]に残るつもりが芽生えていた。それもこれもオデュッセウスやリリーと接した事が大きかった。
一同はひとまずマヤーとアルフリーダがやって来るのを待っていた。
報告はリリーとディドゥリカがする事にまとまってとりあえず報告する内容を考えているところだった。
オデュッセウスの視線に気が付いたアダルが近寄って来た。
「はじめまして、わたしはアダル。思いがけずこんな形になってしまったがよろしく頼む」
言いながらアダルは右手を差し出した。
その右手は傷つき、汚れ、くすんでいた。
かつての美しさは消え去っていた。彼女に付いた汚れや傷はミケルことオデュッセウスが付けた物のように思われる。
オデュッセウスは頭の先から爪先までを順に見ながら彼女の右手を握った。
強く、硬い手だった。
「ここにも風呂がある。入ったらどうだ?」
アダルは自分の身なりをざっと見てから「そうしよう」と答えた。
握られた手と手が離れるとディドゥリカに近づいて「風呂を借りても良いかな?」とアダルが尋ねていた。
ヒリーヌはそんな様子を悲し気に見つめていて何か口にしたそうにもごもごさせながらけっきょくは眼を逸らして俯くのだった。
「あの人もとても強かったです。雷を使うスキルを有しているようで豚男たちを次々と屠ってしまいました」
アリーシャが報告してくれた。
「そうか」
アダルが強い事は知っている。だが、今やそれは未知数でオデュッセウスはどこかでその強さの程度を知る必要があるなと思うのだった。
『やるべき事が多すぎるな』
『構わんさ。その方が楽しくなるだろう?』
『楽しみ、か。まずは何からするべきだろう?』
『ザロモを追う事だ。そうした方が後々に良い方向に向かうと思う』
『そうしよう』
『リリーと話せ。彼女にザロモについて尋ねるんだ』
オデュッセウスはリリーとディドゥリカが話し合うところへと近づいた。
「薬を飲まされたのね?」
「うん、たぶんだけど。果物のジュースを飲んだら眠くなっちゃったの」
彼女たちは報告すべき事を紙に書きつけていた。
「順調か?」
オデュッセウスが2人に尋ねた。
「ええ、はい。だいぶまとまってきたと思います」
「オデュッセウスは何してたの?」
「俺は地下の方にいたんだ。海岸沿いに洞穴があったからそこをペピンと共に進んでいたら商館の地下と繋がっていた。どうやらザロモ商会が豚を飼育しているらしい。豚男と豚女がいたよ。食堂のような餌を食べて保管する場所もあった」
「じゃあ、もう決定だね」
「そうだと思うよ。リリー、ザロモについて教えてくれ」
「うん。見た目は小太りのおじさんって感じで上品な服装をしてた。髪は長くもなく短くもないって感じかな。あとは手を何回も叩いてたの。パンパンパンって」
「手を叩いていた?」
「うん。隣の部屋からも手を叩く音が聞こえてね、それでわたしたちの部屋に来た時にもパンパンパンって3回叩いたの。でも、ザロモの後ろの方に豚男が見えて怖かったから【花弁の上の雫】を発動させてたんだ。きっとそれで守られたんだろうけれど何も起きなかった。多分ザロモのスキルだったんだと思う」
「そうとみて良いだろうな。何にしても助かったな」
「うん。絶対に捕まえなくっちゃ。子供たちの行方不明の事件はザロモの仕業だったんだよ」
「はい。リリーお姉さま、本当にありがとうございます。助かった子供たちも感謝しています、きっと!」
アリーシャが言うのを聞いてリリーはにっこりと笑った。
リリーは胸の前で拳を握り込んで「がんばろうね!」と勢い込んだ。
「オデュッセウスさんはこれからどうなさるんですか?」
ディドゥリカが彼に尋ねた。
「ザロモを探す」
まだ確定ではないがこうした暗躍には転生者が関わっているか本人である可能性が十分にある。
ザロモを探す事は転生者を探す事になり得た。だが、今まで以上に慎重にならなければならない。転生者だけでなく今では第3勢力のアダルとヒリーヌがいるのだ。敵の敵は友になり得る。アダルたちと転生者たちが手を組まれると厄介だった。
「わたしもお手伝いします!」
アリーシャが身を付けんばかりにオデュッセウスに近づいて言った。
「街で捜索活動をするのなら子供たちと連絡が取り合えた方が早いと思います。わたしならその役目を十分に果たせます!」
彼女はやる気に溢れていた。
「アリーシャ、ちょっと落ち着きなよ。ぼくたちも今の状況をまとめる必要がある。助けた子供たちを安全に帰さなくちゃ」
「その子供たちを全員助けるには一刻も早くザロモを追わなくちゃいけないのよ。ペピン、助けた子供たちの事はあなたに任せるわ」
「でも………」
ペピンはアリーシャを心配しているようだ。
「分かった。でも、無茶だけはしないように」
そう言いながらもペピンは心配そうな表情を直さなかった。
「うん。大丈夫よ、だって………」
アリーシャは最後まで言わなかった。彼女はオデュッセウスを見ていた。彼はもう部屋を出て行こうとしているところだった。
「アルフリーダたちが来たらよろしく頼む」
「うん」
誰かが返事をした。
オデュッセウスが街へ出るとアリーシャもその後に続いた。
すると、前の方からアルフリーダたちがやって来るのが見えた。
「オデュッセウス!」
「アルフリーダ、ザロモ商会のザロモを追う。恐らく奴だ」
「分かった。気を付けてな。マヤーさんの護衛についてはこちらでどうにかする」
オデュッセウスはこくんと頷いた。
「行くぞ、アリーシャ」
「はい!」
するとアルフリーダの影から飛び出して来た男がいた。
ヴィドだった。
「待て、俺も行く!!」
ヴィドは胸に親指を突き立てて自己主張を限りなく強くしていた。
「子供の誘拐を繰り返す悪漢など許しておけん。相棒、俺が必要だと言ってくれ!!」
「あ、相棒?」
ダグナが戸惑って言った。
「そうだな。探す人は多い方が良いだろう。よろしく頼む」
「よし、行くぞ!!!」
「ダグナ、きみも行け」
「え、わたしもですか?」
「ああ、ヴィドが行くならきみも行った方が連携が取りやすいだろう」
「分かりました」
4人はいよいよ街へと繰り出した。
繰り出したのは良かったがザロモの行方ははっきりとしなかった。
ヴィドはザロモの噂や姿を知っていたので問題はなかった。
子供たちに尋ねてみるのだが役に立とうとするばかりに少し似ているような小太りの男を見かけたと報告して右往左往させるのだった。
「見かけないな」
「姿を隠しているに違いないさ。後ろめたい事があるからそうなるんだ」
「ザロモの館、住まいに向かいましょう」
ダグナが提案すると反対する者はおらずそちらの方へと向かう事になった。
ザロモの館は商館の5倍はあるだろうという敷地の広さだった。
塀に囲まれていて入るのは容易とは言えなかった。
「どうする?」
「正面から行くのは避けるべきだろうな」
「はい」
「いや、正面から行くべきだ」
「どうしてですか?」
「正面から行った方がザロモに会える可能性は高いと思う。要するに取り次いでもらうと言うわけだが」
「よし、そうしよう。ヴィドとダグナが正面から行け。俺とアリーシャは塀を越えていく」
「え?」
「オデュッセウス、きみは悪に染まる気か?」
「忍び込むだけさ。巨悪を討つためにな」
「巨悪だからと言って何から何までが許されるとは限らん。きみとはとことん語り合う必要があるな」
「いずれな。行くぞ」
2手に別れる。
ヴィドはダグナに引っ張られて正面玄関の方へと向かった。
「どうやって忍び込みますか?」
「飛び越える」
「え?」
オデュッセウスはアリーシャを抱えるとひょいと飛び上がった。次いでとんとんとんと壁伝いに跳ねて難なく塀を飛び越えてしまった。
「す、すごい」
敷地内に着地してアリーシャを下す。彼らが降り立った場所は木の植えられている林だった。
だが、ただの林ではない。僅かに糞尿の臭いがする。
「豚がいると思って間違いないだろう。警戒を怠るな」
「はい」
アリーシャに忠告するとヴィドたちに豚男たちを警戒する様に忠告しなかった事に気が付いた。
林の木々の隙間から館の屋根が見えていた。
オデュッセウスとアリーシャは館の方へ向かって歩き始めた。
ところどころに豚男の足跡があった。おびただしい数だった。この辺りを長い時間、歩き回ったか数体でいるのか判断は付かなかった。
「豚男がいる。警戒を怠るな」
「はい」
そのまま2人は館の方へと歩き始めた。
すると、少し離れたところからがさがさと音がした。
口の前に指を立ててオデュッセウスは沈黙を示唆した。
彼女は頷いて沈黙を守るとゆっくりと音のする方へと進んだ。
茂みを抜けた時、その向こう側に居たのは1頭の子豚だった。
だが、ただの子豚じゃない。右目が出目の子豚だった。
「アリーシャ、あれを捕える」
「分かりました」
オデュッセウスが【水の王】を使って捕えるための水の網を作るとその向こう側からまた音がする。今度はもっと大きな音で聞き覚えのある音だった。
2体の豚男だった。どうやら出目の子豚を探しているらしい。
「アリーシャ、あれを逃がすな」
「分かりました」
彼は軽装甲を身にまとうと「水練宝刃」と唱えて鋭い祝福を与えた水の刃を作り上げた。
茂みからとんと出ると瞬時に2体の豚男の間を駆けて胴を真っ二つに斬り裂いた。
ずしんと沈む2体の豚男が後に残った。
この音は出目の子豚にも聞こえていただろう。
「アリーシャ?」
彼が声をかけながら辺りを確認すると彼女は【氷の王】を使って子豚を拘束していた。
「良くやった」
オデュッセウスが出目の子豚に近づいた。
子豚は確かに出目になっている。ぎょろりと向いた眼は辺りを窺うためにぎょろぎょろと動いていた。
「水練宝鎖」
水の鎖を作って子豚を締め上げる。
そして観察を続けた。
「気味が悪いですね、その子豚」
「そうだな」
ぴぎいぴぎいと鳴きながら眼はぎょろぎょろと動くのだった。




