第16章 お姉さまと呼ばせてください!!
オデュッセウスが分岐を左に進んでいる頃、リリーは困惑していた。
(どういう事だろう?)
リリーはアリーシャが脱いだ服についた糞尿を洗い流しながら考えた。
(なにがあったんだろう?)
アリーシャが着ていたシャツはもう使い物にならない代物だった。破れている箇所まであるし、こびり付いた糞尿は落とし切れないものまであった。
「これ、捨てた方がいいよ。もう着れないだろうから」
アリーシャに言うのだが彼女はシャワーを浴びて濡れた髪をタオルで拭きながら下を見ていて返事をしなかった。放心して何か考えているようだ。
「これ、アルフリーダのだけど昔のやつでほとんど着ないものだからこれを着てなよ」
麻のシャツを渡されてアリーシャは受け取った。ズボンも借りると彼女は若かりし頃のアルフリーダのような格好になった。
「豚がいたの?」
「はい」
「闘ったんだ?」
「わたしは闘いにもなりませんでした。オデュッセウスさんが助けてくださったんです。それだけでした。力にもなれなくって」
「そう。豚ってどんなやつだったの?」
「二本足で立っていて武器を持って使っていました。何か喋っていたんですけどパニックになってて何を言っているのかわたしには分かりませんでした」
「強かったって事ね?」
「はい。とても力が強かったです。わたしは氷を使うスキルを持っているんですがそれが通用しませんでした。人なら容易に動きを止められるレベルに力を振るったんですが少しも効いていない感じでした」
「オデュッセウスはその豚を相手にしていたんだ?」
「はい、それがもう凄くて!」
アリーシャは眼を輝かせた。
「2頭いたんですがあっという間にやっつけてしまいました。本当に一瞬で終わってしまったんです」
「そっか。オデュッセウスはやっぱり強いんだ。他にも豚男はたくさんいたの?」
「たくさんいました。でも、オデュッセウスさんがいたら大丈夫だと思います。本当にあっという間にやっつけてしまったんですよ」
「へー」
リリーはアリーシャが着ていた服を始末するために捨ててしまうとその後はオデュッセウスの事を語り合った、
アリーシャは良くオデュッセウスの昔の事、リリーが知る限りの昔の事を良く尋ねるのだった。リリーはそれに丁寧に答えると話は自ずと弾んでいった。
すると話が弾むうちにヒリーヌとディドゥリカが部屋に入って来た。
「そろそろいいかしら?」
ディドゥリカが言った。
「あ、うん。大丈夫!」
ディドゥリカは教鞭のような物を持っていた。
ぐいっと指先で教鞭の先を曲げるとその柔軟さを生徒に求める教師さながらの目つきでアリーシャを見る。
「さ、お勉強の時間ですよ」
「え?」
アリーシャの顔は蒼褪めた。
「じゃ、頑張ってね!」
リリーは着替えたアリーシャを送り出した。
「リリーも受けて良いのよ」
「げ」
「ううん、むしろ受けさせろと言われているのよ。アルフリーダにね」
「嘘だあ、そんなのないよ。だって、ギルドの基本的な事を教えるんでしょ?」
「まあ、そうした内容ね」
「必要ないよ。わたしって今の[四季折々]の前にも他のギルドにいたんだからね」
「でも、必要だと思いますけど。ね?」
「わたしは今からやらなきゃいけない事があるの!」
「やらなきゃいけない事?」
「そうよ。うん、やらなきゃならないの。大役を任されたのよ」
「どんな?」
「あの商館を調べる事よ!」
「商館ってザロモ商会の?」
「そう、オデュッセウスに任されたの。だからこれからとても忙しくなるのよ!」
「わたしもです!」
アリーシャが便乗した。「え?」とリリーがアリーシャを見ると光明を得た少女の顔をしていた。
リリーはオデュッセウスにまるで本当にそうと言われたような気がしていてあやふやな記憶の隙間に彼が頼んだ言葉を作り上げていたがアリーシャが便乗してくると「あれ、そうだったっけ?」などと自信が揺らぐのだった。
ディドゥリカとヒリーヌは顔を見合した。
「ねえ、どんなところだったの?」
ヒリーヌが尋ねるとアリーシャはそれはとても恐ろしい陰謀が秘密裏に蠢いているというような神妙な様子で商館の中の出来事を語るのだった。
「確かにそれは調べた方が良さそうね」
「オデュッセウスさんってそんなに強かったのですか?」
「とっても強いのよ、オデュッセウスは!」
「そうです、とても強かったです。豚どもを一瞬で仕留めてしまいましたから!」
「こうしちゃ居られないわ。すぐにも調査に向かわなきゃ!」
リリーが勢いよく立った。
「さっそく行きましょう、お姉さま!」
アリーシャがリリーの傍に駆け寄った。
「お姉さま!?」
リリーが反応した。
「はい、お姉さまと呼ばせてください!」
リリーはそんな事でずいぶん気を良くしたらしい。
「よし、付いて来なさい。妹よ!」
「はい!!」
2人は元気に部屋を出て行った。
「良いの?」
「良くはないでしょうねえ。どうしましょうか?」
「良くないなら付いて行った方がいいんじゃないの?」
「そうですねえ」
ディドゥリカとヒリーヌも部屋を出て2人を追いかけるのだった。




