第14章 ミラドリアン公国の船
道は暗かった。
壁伝いにオデュッセウスたちは歩いた。
水を浴びたアリーシャはシャツを脱いで水を絞っていたので滴りはすれども音はほとんどしなかった。
どしんどしんと音が聞こえる。
豚男たちが歩いているのだ。
金属的なじゃらじゃらという音は聞こえて来ないが子豚が鳴く声は無数に聞こえて来る。
豚の飼料が積まれた部屋を通り過ぎた。
豚の出した悪臭に混じった別の臭いが漂って来る。
海の潮の臭いだった。
波の音も微かに聞こえる。
「海へ繋がっているのか」
豚男たちが壺を港に停泊していた船へ運び込んでいく。
そしてその入れ替わりに大きな木箱が降ろされている。
「船ですね」
ミラドリアン公国の船だった。
マヤーに事情を聞いてみるべきだろうとオデュッセウスは思った。
豚男たちが木箱を通路脇に積んでいく。それは無数に積まれていた。どんどんと船から降ろされて行き、どんどんと運び込まれて行く。
オデュッセウスは木箱に近づいて箱を叩いてみる。かちゃかちゃと音がした。金属的な音だがずいぶん軽い。宝石の類だろうと思われた。
「宝石だな。豚を売っているのか」
「はい」
アリーシャの顔は蒼褪めていた。水を被って体温が冷えていくためだったかもしれないが彼女は深刻な表情を浮かべている。
これ以上、情報は必要ないように思われた。子供たちはいない。豚男たちの死体を発見されて騒がれる前にここから出るべきだとオデュッセウスは思った。
「ここから出るぞ」
「はい」
オデュッセウスとアリーシャが商館に戻る扉を通って元の部屋に戻った。オデュッセウスは水で捕えたままの男を貴重な情報源として持ち帰ろうと思った。
その男を見ると頭部に鋭い釘が突き刺さっていてオデュッセウスが捕えていた水の拘束を血で汚していた。
「誰が?」
「足跡はない。貴重な情報源だったんだがな」
オデュッセウスが水の拘束を解くと男はだらりと脱力して床の上に横たわった。
「地下畜産場側は俺たちが居た。これをした奴は商館側から来たんだろう」
アリーシャは扉の方を見てこくこくと頷いた。
「ここを通って行く事は出来ないな」
「はい」
アリーシャはきょとんとしている。
「豚どもと闘いますか?」
「いや、もう闘わない。これをした奴の正体も分かっていないからな。こっちから出る」
すると、オデュッセウスは商館の壁をすっぱりと切って人が通れるぐらいの穴を開けてしまった。
外には人はいない。
「よし、出るぞ」
「はい」
アリーシャを先に出すとオデュッセウスも外へ出た。
「この後はどうしますか?」
「マヤーたちと合流する。俺たちは中で活動をし過ぎた。子供をひとり連れて来れるか?」
「はい。近くにいると思います」
「子供に中を訪ねさせるんだ。マヤーたちに急用があると言ってな」
「分かりました」
オデュッセウスとアリーシャはそのまま街の路地の方へ身を隠した。
オデュッセウスが商館の上の方の階を眺めているとアリーシャが少年を連れて戻って来た。
オデュッセウスが出した指示を繰り返して少年に言うと彼はこっくりと厳しい表情で頷いて商館の方へと駆けていく。なにやら大層な役を任じられたような面持ちだった。
それからすぐにマヤーたちが出て来た。
路地で落ち合うと彼らはオデュッセウスたちの様子を見て驚いた。とりわけアリーシャの方が酷い格好をしていた。
「大丈夫?」
「はい。大丈夫です。中で少しだけ戦闘があったんですがオデュッセウスさんが助けてくれました」
リリーは狼狽えていた。
「リリー、アリーシャを連れて行け。休ませる」
オデュッセウスが言うとリリーは「分かった」とすぐに答えたがアリーシャの方が頑なに動こうとしなかった。
「わたしは大丈夫です。まだ動けます」
「いや、居ても困る。その状態じゃあ目立つからな。俺も臭いと糞尿を落とさなくちゃならん。行け」
アリーシャはリリーに腕を引かれて行った。
「さて、マヤーに聞きたい事がある」
オデュッセウスはマヤーを見た。
「はい。何でしょうか?」
「商館の中では何を?」
「簡単な食事と果物のジュースを頂きました。わたしは酒を好んで飲まないのでそうした者向けの飲食物を提供して頂きました」
「中で変わった様子は?」
「特に通常の商館通りの対応だったと思います。戦闘があったのですか?」
「ああ。巨体な豚男が2人と通常の男が1人だった。この男を情報源としようと思って別室に残しておいたんだが殺されていた」
「まったくそのような音は聞こえませんでした」
「あの商館の地下には畜産場があった。豚を飼育していたんだ。その豚は港に停泊しているお前たちの国の船に運び込まれていた。豚について知っている事を話せ」
オデュッセウスはマヤーとハイディを見た。
2人とも知る由もない事のようで驚いて眼を開いている。
「全く心当たりはありません」
恍けているようにも見えない。オデュッセウスは2人の言う事を信じた。
「3日と言っていたな?」
「ええ、わたしたちは3日の間、ここに滞在します」
「その後はどうするんだ?」
「と、言いますと?」
「国へ真っすぐに帰るのか?」
「いえ、途中にある小国に寄る予定です。そこには食料を積んで1日だけ停泊したのちに帰路につく予定となっています。来る時にも我々は別の小国に寄って必要な物資を買い取ってから来ています」
「直通には無理という事か」
「距離的には不可能ではありませんが大洋を、つまりはヘルッシャーミンメルの縄張りを通りますから」
「ヘルッシャーミンメル?」
「はい。ご存じないのですか?」
「知らなかった。名前は聞いた事があるがそこを縄張りとしているとは」
マヤーとハイディは顔を見合わせた。
「とても有名な話です。海岸部の国はこの大洋の沖にはほとんど出ません」
それからマヤーは言葉の限りを尽くしてこの海の覇者の影響を語った。
『我らの内にもいる』
『ああ』
するとオデュッセウスの身体の内から沸々と燃える力の滾りを感じるのだった。
『転生者だ!』




