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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第13章 猛襲、豚男

 鉄製の扉が開かれた。

 階段をゆっくりと上って来るスキンヘッドの男が見えた。


【水の王】のスキルを使用して水で男を捕えた。


「動くな」


 男は身体を硬直させて水の拘束に抵抗するが少しも緩まなかった。


「誰だ、お前は!?」


「質問に答えろ。ここの地下で何をしている?」


「家畜だ。豚を育ててるんだ」


「豚?」


「そうだよ。豚だ、この商館の主・ザロモ様の命令で豚を育ててるんだよ」


「何のために?」


「知らねえ。あの人は豚が好きなんだ。とびっきりにな」


 男を気絶させて水で捕えたままで放置した。


「アリーシャ」


 オデュッセウスが呼ぶとアリーシャは隠れていたところから出て来た。


「下へ行くぞ」


「はい」


 オデュッセウスとアリーシャは地下へ続く階段を下った。下ると獣臭は酷くなった。糞尿と垢じみた臭いだった。


 下りた途端に奥の方から豚の鳴き声がよく聞こえるようになった。

 オデュッセウスは臭いは平気だったがアリーシャは堪えるので精いっぱいらしく巻いた布だけでなく手でしっかりと抑えるようになっていた。


「上に残っていても構わないぞ。あの男が起きて声をあげないようにする事と人が入って来ないようにしてくれればそれでいい」


 泣きそうになりながらアリーシャは首を振って言った。


「付いて行きます」


 追い返してもけっきょくは無理にでもやって来る目をしていた。


 糞尿だけの臭いとは思えなかった。地下畜産場は長い期間をそうして運営されているに違いなかった。


 ぬるりと床が濡れている。その水っぽい感触がいったい何によってそうなっているのかオデュッセウスたちは調べようとしなかった。


「アリーシャ、下がれ」


 オデュッセウスが言った。

 人の声が聞こえて来たからだった。


 下がれとは言うが道は短い一本道でところどころにブラシやバケツが置かれている。バケツの中には汚れがこびりついていてそこは固くなった何かで覆われていた。


 のっしのっしと鈍重な何かが動く音とぶつくさ言う声が聞こえる。


 オデュッセウスは壁際に身を付けて音の主を窺った。アリーシャの方を見ると彼女はしゃがみ込んで角の方で吐いていた。


 何かが居た。

 でっぷりと肥えた腹と胸、盛り上がった肩、耳は人の位置になく丸い禿頭の端にある。


「壺に入れて運ぶ、壺に入れて運ぶ、壺に入れて運ぶ」


 こんな文句を繰り返している。黄色だったり、緑色だったり、黒色だったりする液体を口や尻からぼたりぼたりと垂らしながら小さな人ならすっぽりと収まりそうな壺を抱えて歩いていく。


 その壺の中からぴぎぃぴぎぃと小さく鳴く豚の鼻の先が見えていた。


 ここは地下畜産場だった。


 のっしのっしと豚男が子豚の入った壺を抱えて遠ざかってゆく。

 豚男の向かう方はさらに煩い。


 豚男が小部屋の角を曲がって姿が見えなくなるまでオデュッセウスは息を殺していた。

 後方でアリーシャが壁に手を付いてオデュッセウスの後ろまでやって来た。


 繰り返した嘔吐のために彼女は泣いていた。それでもまだ帰るつもりはないらしい。オデュッセウスが足手まといだとはっきり言うまで帰らないだろう。


「大丈夫か?」


 オデュッセウスは「帰れ」と言うつもりで尋ねた。明らかに大丈夫そうには見えないからだった。


「だ、だいじょうぶです。へいきです………!」


 最初はか細く、あとにその弱さに気が付いて語尾だけが強かった。


 身を隠すのを止めて部屋の中の壺を検めた。そこには壺がいくつも置かれていた。

 全ての壺に子豚が入っていた。木の蓋のしてある壺がほとんどだが閉ざされていない壺もある。


 子豚たちは寝ていたり、ぶいぶいと鳴くのがいたり、壺から出ようと跳ねているのまで様々だった。


「豚?」


 アリーシャが言った。


 豚だった。なんならそこを歩いていた男も豚に見えた。オデュッセウスはそこまでは教えなかった。


「どういうことでしょう?」


「分からない。ここで育てているのだろうか?」


「はあ、そうかもしれませんね」


「豚はこのように育てるのが一般的なのか?」


「わたしは家畜を育てるのに詳しくなくて。その、ごめんなさい」


「いや、謝る必要はない。奥へ進むぞ」


「はい」


 悪臭は壺の中の子豚たちの糞尿がそのままだったからだ。


 豚男が曲がった角まで来るとじゃらじゃらと金属的なものを引きずる音が聞こえて来た。それもひとつではない。ふたつは聞こえている。


「どうしましょうか?」


 アリーシャが尋ねるがオデュッセウスはまだ考えていた。距離は十分ある。音の出所は確かに近づいているが姿は見えないし、その金属的な何かが分からなかった。


 オデュッセウスは振り返って小部屋の中を見た。隠れる場所はない。

 壺の中で子豚たちはぶいぶいと鳴いたり、跳ねたり、すーすー寝息を立てている。


「オデュッセウスさん!」


 アリーシャが叫んだ。大声を出すなと言っておいたはずだがなと思った瞬間に壁を砕きながら豚男たちが襲い掛かって来た。


 初めの1頭は大きな斧を両手に持っていた。力強く太い腕は剛力のままその斧を振るって壁を砕きながらアリーシャの首を両断しようと迫っていた。


 アリーシャは小部屋の中を覗いていたオデュッセウスをどんと突き飛ばしてから斧の一撃を避けた。


 狭いところでも広いところでも闘いは変わらない。斧は壁を容易に砕いて迫って来る。


 どしんどしんと4つ脚で迫る音が聞こえて来る。突き飛ばされたオデュッセウスが体勢を立て直すと斧を両手に構えた豚男が大斧を振りかぶってオデュッセウスへ向けて振り下ろそうとしているところだった。


 振り上げられた腕の先に突進して来たもう1頭の豚男に応戦しているアリーシャが見えた。彼女は【氷の王】で氷の棘や角を作っているが豚男の厚い皮膚を貫く事は出来ないようだった。


 闘いを長引かせるべきではないと判断した。

 振り下ろされる2つの大斧をするりと避けて懐へ入り込む。

【水の王】と【神域の一撃】を使って豚男の胸を鋭く貫いた。


 がくがくっと豚男の巨体が揺れる。


「壺の中に入れて運ぶ、壺の中に入れて運ぶ」


 胸を貫かれて口から赤黒い血を吐き出しながらぼそりぼそりと呟くのだった。

 絶命していない。心臓を貫いたはずなのに。


 オデュッセウスはひらりと距離を取った。

【水の王】で鎧を模っていく。


「頭を潰す」


 水の鎧で全身を覆った。手の先を鋭い水の槍に、脚を閃く水の刃に作り変えた。


「水練宝槍」「水練宝刃」


【名付けの祝福】でさらに祝福を与える。するときらきらと祝福の光を帯びて美しい。


 豚男がぶるぶると顔を震わせてオデュッセウスに向かって来る。


「あっ!」


 アリーシャの声が聞こえた。小部屋の中はかなり冷え込んでいる。彼女は存分に力を振るっているようだが豚男には通じていない。オデュッセウスの一撃でさえも命を奪うまでは出来なかった。


 どしんと壁に叩きつけられる音が聞こえて床に落ちる音もすぐ後に聞こえて来た。


「あ、ぐ」


 その様子を見る前に斧を持った豚男が突進してくる。


 どしんどしんと駆けて来るところをとんと飛び上がった回転蹴りで肩の脂肪で埋まった首を斬り離す。すぱりと簡単に切り取られた肩の脂肪と首は宙に浮いていた。沈む身体に付いて行けないで浮く頭部に槍の一撃を見舞うと豚の頭部は両断された。


 この一瞬の後に着地したオデュッセウスがアリーシャの方を見ると蒼髪を掴まれて子豚の居る壺の中へと押し込まれているところだった。


「壺の中に入れて運ぶ、壺の中に入れて運ぶ」


「離せえ!!!」


 ばたばたとアリーシャが暴れている。もうすでに上半身は壺の中に押し込められていてアリーシャを受け入れまいとする子豚がアリーシャに負けないほど事態に困惑して泣き叫ぶのだった。


「水錬宝刃」


 脚で横薙ぎに蹴ると水しぶきが飛ぶように刃が前方に飛んでいく。


 その刃にすっぱりと真っ二つに斬られると豚男は壺を取り落として藻掻くのだった。


 落ちると壺が割れた。アリーシャがその破片の中から這い出して来る。子豚はとととっと走り去っていく。オデュッセウスは真っ二つにした豚男の頭を潰した後にその子豚も殺してしまった。


 へたりと座り込んで被った糞尿を拭うアリーシャはまだ挫けていなかった。


 子豚の始末を終えて戻って来たオデュッセウスは豚男たちを調べた。間違いなく絶命している。


 糞尿で汚れた手でそれを浴びた髪や顔を拭っている。辛い臭いに涙ぐんでいる。


 ばしゃりと水を浴びせかけた。オデュッセウスが上から水を操って降りかけたのだ。


 一応は髪や顔にかかった糞尿を洗い落とす事が出来た。その後も1度だけ浴びせるとアリーシャは気を取り直して立ち上がった。どうやらダメージもそこそこにあるが闘えないほどではないらしい。


「ありがとうございます」


 礼よりも確認する事があった。


「まだ行けるか?」


「行けます。大丈夫です!」


「なら、この先だ」


 豚男たちがやって来た方をオデュッセウスは指さした。そこは灯りひとつない暗がりだった。

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