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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第12章 商館へ

 

 オデュッセウスの気に怯えた男は一気に酔いをさまして狼狽えながら答えた。


「いや、見なかった。子供なんて見なかったぞ」


 まだ少しのプライドを保てていた男は「子供なんぞ知った事か!」と言い放って去って行った。騎士団の最も背の高い銀白の甲冑に身を包んだ騎士がオデュッセウスを見ていた。兜の中の表情は見えないが明らかに警戒心を持っていると分かった。


「オデュッセウス?」


 リリーが尋ねる。


「いや、ここが少し気になってな」


「ここですか?」


 首がきゅっと絞められた形になったアリーシャの顔が少し赤くなっている。


「この商館、さっき大きな建物と話をしていただろう。その大きな建物に当てはまるからな」


 こう答えるが本心は異なる。彼の有するいくつものスキルのひとつ【風を読む者】が獣の臭いを報せていた。その臭いは僅かなもので確信とはならなかったが調査する対象と定めるには十分だった。


「調べよう」


 オデュッセウスが提案した。アリーシャは張り切ってこくこくと頷くがリリーは少しも乗り気でない。


「マヤー、リリーと一緒に正面からこの館を訪ねてくれ」


「わ、分かりました」


 彼は例の男の様子を思い出しつつ戸惑ってリリーを見た。リリーも困っているようだ。ハイディに至ってはあらぬ方を見ている。


「え、わたしも行かなきゃダメなの?」


「護衛が離れるわけにはいかないだろう」


「あ、そっか」


「俺とアリーシャは後ろから回る」


 アリーシャはこくこくと頷いている。


「任せたぞ」


 オデュッセウスは正面から入る仲間に言うと商館の裏へと回った。


 商館の裏は人気がなく静かだった。ごみの入った麻袋が山のように積まれている。その傍には割れた陶器の破片が大小さまざまに捨てられていた。


「音を立てるなよ」


 声を潜めてアリーシャに言うと彼女はこくこくと頷いた。ゆっくりと扉を開けて中へと入る。オデュッセウスが感じた獣の臭いは微かに強くなっている。


 オデュッセウスはこれまでの経験を存分に活かすつもりだった。ロンドリアンの事、宗教国の事を活かす。


 人は何か隠す物事があると地下へ向かう。


「もしも本当になんらかの秘密があるのなら地下のような人目を避けるところがあるはずだ。それを探すぞ。それらしい物を見つけたら報せるんだ」


「はい」


 オデュッセウスは少しも怖気づいていなかったがアリーシャは緊張しているようだ。


 アリーシャは意気込みが強かった。凄味があるほどだった。もしもここでそれらしい手掛かりのようなものが見つかればすぐにもここを破壊しかねなかった。


「地下となると下へ向かう階段のようなものですよね?」


「まあ、地下ときまったわけじゃないが。そうなるな」


「はい。地下と地下じゃない場所ですよね」


 来客があったようだ。商館内は騒がしくなっている。人々が立ち働いていた。

 給仕がなにやら運んでいくし、大柄な男が樽を引いていく。


 商館はかなり広かった。適当に見てみると接待する大部屋と提供する食べ物や飲み物を調理する調理場、長い廊下、物置、在庫を保管する倉庫がある。商館は3階建てで2階が給仕たちの部屋、3階が主人の居室となっているらしい。


 1階の間取りをほとんど把握したオデュッセウスは建物の異常に気が付いた。商館は広く1階のほとんどが商館にやって来た客のための場所だったがその半分ほどが使用用途の分からない場所だった。


 というのも給仕などのこの商館内で働く者たちがそこを訪れないからだった。ほとんどが倉庫へ行くか調理場へ行くかでその長い廊下を通るのだった。


 その長い廊下の突き当りの右にある扉がどんな用途で使われるのか分かっていない。


「ここを調べよう」


 オデュッセウスがアリーシャに言う。

 アリーシャは警戒のために周囲を窺っている。


「はい」


 取っ手を掴むと当然ながら鍵がかかっていた。


 オデュッセウスは力を込めるとべぎっと鍵が壊れる音が響いた。静かな廊下で響いたその音は人を呼ばなかったらしい。


 少しだけ警戒を強めたが杞憂だった。


「入るぞ」


 オデュッセウスがゆっくりと扉を開けるとそこは途端に薄汚れた部屋に変わった。どうやら少しも掃除などしていないらしい。窓のない部屋の天井から笠を被った灯りが揺れていた。


 獣の臭いはここで強くなっている。


「うっ」


 アリーシャが鼻をつまんだ。


 オデュッセウスは構わずに中へ入った。


 アリーシャがシャツの端を破いて口元と鼻を覆った。


「酷い臭いですね」


「獣臭だな」


「こんなところに仲間が囚われてるのでしょうか?」


「分からん。が、お前たちでも、俺たちでも知らない場所に踏み込もうとしているんだ。誰かの企みを感じるだろう?」


「はい」


 奥へ進むと地下へと繋がる鉄製の扉があった。触れてみると重厚で硬い。開けるのは簡単そうだが重いだろう。少なからず音はするはずだ。


 オデュッセウスはその扉へ耳を付けて扉の先の様子を窺った。


 空気の流れのような、誰かが喋っているような声とも音とも取れないものが届いた。


 そして誰かがこの部屋に近づいて来る足音が聞こえた。それはこの鉄製の扉の先からの音だった。


 アリーシャを見るとこの部屋の様子を調べているようだ。


「アリーシャ、誰か近づいて来る」


「何人ですか?」


 アリーシャは冷静だった。


 音からは1人と思われる。


「おそらくは1人だな」


「分かりました。闘いますか?」


 アリーシャは闘いの準備を始めたようで周囲の空気が冷えていく。


「いや、必要ない。隠れていろ」


 オデュッセウスの命にアリーシャは従った。


 部屋の隅の方へアリーシャは隠れた。


 オデュッセウスは扉を真下に壁際に背中を付けて待ち構えた。


 今、足音が聞こえなくなり、扉に手をかけて押し開こうとする軋む音が聞こえて来た。

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