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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第11章 出目の獣

 

 朝だった。

 夜の番についていたアルフリーダとベレットと交代したオデュッセウスとリリーはマヤーとハイディが眠る部屋の傍に控えていた。

 曙の光が眩しく輝いている。


「朝だねー」


「朝だな」


 こんなやり取りばかりを繰り返していた。夜だから「夜だねー」とリリーが言うのでオデュッセウスは「夜だな」と返したし、「暗いねー」と言うので「暗いな」と返した。


「もう明るいや」


「朝だからな」


 7時ごろにマヤーが起きて来た。


「おはようございます」


 マヤーが言う。その後ろには支度を整えたハイディもいた。


「おはようございますー。眠れましたか?」


「ええ、眠れましたよ。朝食にする予定です。お2人もどうですか?」


「お腹ペコペコです」


 宿についているレストランは朝食にトーストとベーコンエッグを出した。


「美味しいですね」


「はい!」


 トーストも卵もベーコンもこんがりとほどよく焼かれている。


 食べ終えると宿を出た。オデュッセウスたちはてっきりマヤーが図書館へ向かうものと思ってそちらを向くのだが彼は歩き出さないで言うのだった。


「街を見て回りたいのです」


 リリーはオデュッセウスを見た。


「何か用でも?」


「いえ、今回の事を聞いて少しだけこの街を見て回りたいと思ったものですから。いけませんか?」


 オデュッセウスとリリーはダメだとは言わなかった。


「お2人の指示に従います。ダメなようでしたら図書館へと向かうので」


「じゃあ、比較的に安全なところをご案内しますね」


 リリーが言った。彼女はこの街に長く住んでいる。街の歴史的な名所を知っている。


 リリーの案内する場所は人が多く、それぞれが何らかの目的をもってそこにいるとほとんど一目で分かるぐらいにははっきりとしているところだった。賑わい、語り、食い、飲み、買い、売り、見て、どこかへ向かって歩いている連中ばかりだった。その中の数人に紛れ込むだけで良かった。


「賑わっていますねえ」


「はい。たぶんここの通りにいちばん人がいると思います。なにか興味があるものはありますか?」


「わたしは本の虫でしたからそれほど食事や酒にこだわりがあるわけではないので難しいですね。ですが、ここで興味を持つのもありでしょうね」


「そうですか、なら良い場所がありますよ。こっちです」


 リリーがマヤーを案内したのは古書店だった。その時のマヤーの喜びようは護衛につくようになって初めて見るぐらいの喜びようだった。


「最高の場所ですよ、ここは!」


 オデュッセウスは狭い店内に入る事は控えた。店内での事はリリーに任せて彼は店外で過ごしている。


 通りをよくよく観察した。石畳の街路は綺麗とは言えない。建物の端の辺りにはゴミ袋やがらくたが転がっている。


 鼠がそこらの辺りを走っているのだった。


 すると、オデュッセウスの眼にある鼠が見えた。


 右目が出目の鼠だった。ぼこりと黒い眼球が飛び出ている。それは明らかに様子が異常に見えるのに動きはとても鼠らしくて馴染んでいる。


 ちちっと鳴いたのが聞こえて路地裏へと入って行った。


 オデュッセウスは古書店の中を覗いてリリーたちに異変がないのを確認すると鼠を追って路地裏に入った。


 数匹の鼠が角の方で集まっている。ちちちっと鳴いて会話をしている。


 オデュッセウスはその出目の鼠だけでも観察したかった。その標的は他の鼠に周りを取り囲まれていて完全に身を守っていた。


『あれはどういう生き物だろう?』


『鼠と虎、猿がかかる病気などあるのだろうか?』


『分からない。眼というところが気になるな』


『ああ、見ているのかもしれない』


『見ていると言うのはいいが誰がどうして見ているんだ?』


『それは分からない。コトブスの谷とこの王都の内部と外部にある。繋がりは何だろう?』


『いや、分からない。だからこそ調べる必要がある』


『どこへ行くか見よう』


 ちちっと鳴く。

 すると、周りの鼠が大合唱するように鳴き始めた。ちちちちっとリズミカルに聞こえると出目の鼠は空を仰いで長い間、鳴くのだった。

 そしてパンと何かが弾ける音が聞こえるとぴくぴくと身体を震わせてビクンと震えた後にぱたりと倒れてしまった。


 それから鼠たちは雲の子を散らすように逃げていく。そこには出目が弾けたグロテスクな鼠の死体が残されていた。完全に絶命している。


 オデュッセウスは用心しながらその鼠の死体に近づいた。


 鼠は完全に絶命していた。出目の目玉が弾けたのが死因と思われた。


『病というよりもスキルの効果だろうな』


『そうとみて間違いない。誰かが獣を操って何かを調べているんだ』


『何かとは?』


『それは分からないさ』


『次は捕えてみよう。その場で弾けてしまうなら任意にそれが出来るという事だ』


『そうしてみよう』


 子供たちに出目の獣を知っているか聞いてみても良いだろうとオデュッセウスは思った。


 路地裏を適当に点検しているとリリーの声が聞こえて来た。


「オデュッセウス!」


 路地裏を出て店の前へ戻った。


「ここだ」


「もー、勝手に行っちゃうのはダメでしょー!」


「すまんな」


 オデュッセウスの様子を見たマヤーが尋ねた。


「何か気になる事でもあったのですか?」


「出目の鼠がいた。この王都内にもどうやらいるらしい」


「出目の鼠ですか。いつか話をしていた病の獣の事ですね?」


 オデュッセウスは頷いた。


「それでどうしたんですか?」


「様子を見ていたらその鼠が死んでしまった。死因は出目の目玉が弾けたショックだろう」


「なるほど。わたしもそれを見てみたいですね。見ればどのようなものか分かるかもしれません」


「ああ、知らせようかと思ったんだがな。だが、俺たちの見解からするとあれは病というよりもスキルと言えるかもしれない」


「スキル、ですか」


「子供たちなら知っている事があるかもしれない。尋ねてみたい」


「そうですね。鼠にそれが出ているとするなら子供たちも知っているかもしれません」


 近くの食堂での昼食後にオデュッセウスはペピンたちを探した。


 ペピンとアリーシャはヒリーヌとディドゥリカの教えを[四季折々]のギルド本部の一室で受けているところだった。


 オデュッセウスたちがやって来るのを見るとヒリーヌたちは手を止めて用を尋ねた。


「2人に聞きたい事がある」


 オデュッセウスは無遠慮にペピンとアリーシャを指さした。ペピンは反抗的な目つきでその無遠慮に怒りを露にしたがアリーシャは特に気にした様子もなく従順で質問を待っていた。


「出目の獣を見た事があるか?」


「出目?」


「右目が多いんだが目玉が身体の外にぼこりと出ている獣だ。今日の昼前にその出目の鼠を見たんだがこの王都の外でも出目の獣を見た。お前たちが知らないかと思って聞いてんだが」


 アリーシャは小首をかしげている。それだけで知らないと分かった。アリーシャが隣にいるペピンを見ると彼は反抗的な態度を少しも軟化させておらず答える気はないようだった。


「ちょっと」


 アリーシャが注意した。


「俺も知りませんね」


 そっぽを向いたペピンの様子にヒリーヌやディドゥリカさえも戸惑った。その隣にいるアリーシャは怒りさえしている。


 どうやらそれまでは愛想も良いままに接していたらしい。

 とはいうもののオデュッセウスは少しも気にした様子がない。現に全く気にしていなかった。

 その感じもペピンの気に入らない要素であっただろう。無理やりに入れられたと思っている事は間違いなく彼が仲間と作ったという裏ギルド[子供達会議]を大切にしたかったのだろう。だが、それらは力の前に屈服するしかなかった。


「子供たちの中でそれを見かける者がいたら教えてくれ」


「分かりました」


 返事をしたのはディドゥリカでペピンはそっぽを向いたままで次の教えを待っている。アリーシャはそんなペピンを見て怒っていた。


 オデュッセウスはそのまま出て行った。特に何も言う事もない。


 バンと大きな音が鳴ったかと思うとアリーシャが勢いよく駆けて来る。


「わたしも連れて行ってください!!」


 アリーシャが駆けて来た勢いのままで言った。

 オデュッセウスはリリーを見た。リリーは困ったように眉根を寄せてオデュッセウスを見る。


「どうしよう?」


「お願いします!」


「だが、ヒリーヌたちから教えてもらえと言っておいたはずだが」


 楔の役割もあるはずだ。


「凡その事は習いました。あとの細かいところはペピンに任せます。お願いします!」


「今は子供たちの調査というよりも護衛が中心だから居てもお前たちの期待通りにはいかないぞ」


「大丈夫です!」


 アリーシャはあくまでも食らいついて来るつもりらしい。


「追い払っても付いてきそうだね」


 リリーが言った。


「確かにな。良いだろう。今はこのヤマーを護衛中だ。それが本分である事を忘れるな」


「はい!」


 それからマヤーの願いを聞きながら街を歩いた。歩くとリリーよりもアリーシャの方がこの街の事を細部まで知っていた。あれこれの店を行くのに近い道を知っていたし、どこそこの店と誰々の店は争っているなど色々な事情に精通していた。


 街の文化を知るのにリリーとアリーシャほど適した者はいなかったかもしれない。


 歩く間にもアリーシャは子供たちと連絡を取り合っていた。彼女はオデュッセウスが言った出目の獣について尋ねるのを欠かさなかった。


「情報は集まりましたか?」


 マヤーが尋ねる。オデュッセウスは答えなかった。


「いえ、それがあまり集まっていません」


 アリーシャが答えた。その遺憾とした様子のままリリーを見てオデュッセウスを見るのだった。


 なるほどとオデュッセウスは納得した。彼女は大人たちからヒントを得ようとしているのだ。大人のする事は大人なら理解できるだろうといういくらか的を射ている考えだった。


「思うに………」


 アリーシャの思惑を確かめるのも兼ねてオデュッセウスは最初に区切って話し始めた。

 すると、アリーシャは食い入るように彼の言葉に耳を傾ける。オデュッセウスはアリーシャの思惑を完全に理解した。


「行方不明者が多数となるとそれをどこかに収めるところが必要だ。建物か、あるいは地下か。いずれにせよ行方不明者の数だけを収める場所が必要だ。囚われた者たちも完全に無抵抗という事もないだろう」


 こくこくとアリーシャは頷いている。


「そうですね。わたしもそう思います。そうした大きな施設も調べたのですか?」


「いえ、わたしたちが調べられるような場所は限られていますから。でも、行けるところは調べたと思います。だから、もしかしたら行けない場所にあるのかもしれません」


「行けない場所かー」


 角を曲がるとそこには王国の騎士団が居た。どうやら使節団の別の者の護衛中らしい。


 酔っぱらった男が店から出て来た。

 その男は赤い顔でじろじろと通りを眺めると次はどこに行こうかと探していた。


 すると男は目ざとくマヤーに気が付いたらしい。


「おやおや」


 と言いながら近づいて来た。


「おやおや」


「どうも、お加減はどうですか?」


 マヤーが挨拶をして尋ねる。


「お加減ですか。それはまあ、よろしいでしょうな。今はそこの店を視察して来たところですよ。全くけしからんですな。こんなところばかりでは国力も低下してしまうでしょう。ふむ、それにしても羨ましいですなあ、マヤー殿?」


「羨ましい?」


「ええ。こんな騎士どものむさ苦しい護衛よりもそちらの方が華があるではないですか。本当に羨ましい」


 男はべろりと舌で唇を舐めた。リリーはオデュッセウスの影に隠れてアリーシャはぎろりと男を睨んでいる。


 オデュッセウスはそんなやり取りに無頓着で男が出て来た館がいくらか大きい事に注目していた。


 男は酒の臭いをまき散らしながらアリーシャの方へと近づいて彼女の周りをぐるりと回った。


「ほうほう、蒼髪か」


「その娘はまだ年端もいかない娘です。あまり酒の臭いを漂わせて近づくのはいかがなものかと」


「なんだ、わたしが悪影響だとても言うのか!」


「いえ、そう言うつもりはありません。ですが」


 場の空気が冷えていくのをオデュッセウスは感じた。顔の赤い男は少しも察した様子ではない。


 護衛の騎士団はオデュッセウスたちの方を見るばかりだ。兜の中の眼ではどのような表情をしているのか読み取る事は出来ない。


 無駄な争いを避けるためにオデュッセウスはアリーシャの襟首を掴んで引き寄せる。


「あ」


 などという声が聞こえて傍に置くと男に尋ねた。


「中で子供を見たか?」


「その娘に酒を注いでもらえればなあ。もっと気分よく酔える気がするんだがなあ!」


 男は更に近づいて来る。リリーとアリーシャは嫌悪の表情をもはや隠さなかった。


 マヤーは「いけません。やめてください」などと言って止めようとしている。


 オデュッセウスはびしりとヒビを入れるように力を入れると空気が激しく震えた。

 騎士団が一斉に武器を構える。警戒を最大限に高めたようだ。


「答えろ、中で子供を見たか?」

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