第9章 裏ギルド[子供達会議]
裏ギルド[子供達会議]は全て子供たちで作られているギルドだった。
最近のこの王都内での行方不明者の8割は子供であり、とりわけ少女が多かった。大人たちはこれを重要視するが本格的な調査として乗り出さずに行方不明者は増えるばかりだった。
子供たちが訳もなく子供を拉致するはずはない。理由は何であれ大人たちの仕業なのだ。これに決起した5人の少年と少女が結成したのが[子供達会議]なのである。今では計り知れない数になっていて当の子供たちですらギルド内のメンバーがどれだけいるのか知らない始末だった。
この王都のこの街の区画に住む子供であればほとんど全ての者が[子供達会議]のギルドメンバーのはずだというのが彼らの信ずる根拠となっている。
「ボスが謝る事ないよ!」
痩せぎすの少年がヒリーヌに言う。
「ボスって呼ぶなあ!」
ヒリーヌはボスと呼ばれるたびにそうして返していた。
オデュッセウスの知る限りはヒリーヌは未成年ではない。
一同はあの安食堂の端に陣取って話をしていた。アルフリーダが訳を知らなければならないと言ったからだった。幸いな事に保護の目的での拉致であったためかリリーにケガはなかった。
「本当にごめんなさい。でも、心配だったんです、この子たちなりに」
「心配?」
「はい。最近の拉致の事は知っていますか?」
「ああ。最近の王都内で行方不明者がとても多くなっている」
「はい。その被害者がほとんど子供であり、女の子である事が分かっています。その標的が小柄で大人しそうで髪の長い女の子と言われています。この子たちは自分たちで非営利目的のギルドを作って自衛しようとしているのです。子供たちを守るのは子供たちだと主張するつもりで」
「なるほどな」
こくこくと頷いてアルフリーダはリリーを見た。
リリーはというと恥ずかしくなって俯いている。
「うちのリリーは成人済みの女性だ。少し小柄で幼いように見えるがな」
すると食堂の外から窓にかじりつくようにして中を覗いていた子供たちが騒ぎ始める。
「ボスと同じって事か?」「第2のボスってわけか?」「そうなるとどうなるんだ?」「ボスと同じくらい強ければなあ!」
などと言う声が食堂内にまで聞こえるのだった。
「それできみがこのギルドのギルドマスターというわけなのか?」
アルフリーダが尋ねるとヒリーヌは首を振って否定した。
「いいえ、違います。わたしはある用事からここに数か月前から滞在している者なのですがこの子供たちにリリーさんのように勘違いされてしまったんです。わたしの場合はスキルがそれなりに抵抗できる類のものだったので撃退できたのですがそれ以来、ボスだと騒がれてしまって」
するとばたばたと食堂内に3人の男女が入って来てヒリーヌを庇った。その中にはアリーシャがいた。
「ボスは悪くない。ボスは俺たちの事を良く考えてくれているんだ。ボスがいなかったら俺たちはただの不良だったんだ。ボスがいるから俺たちは本当に拉致されそうな子供たちを救う事が出来るんだ!」
子供たちの訴えはまさしく大人たちの不手際を糾弾するものであり、ここぞとばかりにそれをぶつけるのだった。
「いや、別にヒリーヌさんを責めようと言う気はない。リリーもこうして戻って来た事だしな。な、リリー?」
アルフリーダが俯く彼女の肩に手を置いた。
「わたしってそんなに子供っぽいですか?」
どうやらそれなりにショックらしい。
「いやあ、私ではどうにも、それにこれからじゃないか、なあ、オデュッセウス?」
アルフリーダは返答に困ってオデュッセウスに尋ねた。
「そうだな、これからだな」
彼はそう答えた。それでもリリーは納得した様子でないのでオデュッセウスはまた補足するしかなかった。
「まあ、身体の成長はダメでも精神的な成長はいくらでも見込める。雰囲気さえ大人びた様子になれば勘違いされる事もないだろう。本当にこれからだよ」
「うん、頑張る」
そうしたやり取りをしてオデュッセウスがヒリーヌたちの方を見るとこのやり取りを見たヒリーヌはなにやら懐かしむような表情を浮かべて悲しげだった。
その隣に立つアリーシャはオデュッセウスをじっと見ている。
「でも、行方不明者がこれほど多いのは見過ごせませんね」
マヤーが言った。
「マヤー様、他国の事に干渉しすぎるのは良くありません」
マヤーの従者がいつの間にか戻って来ていてマヤーの傍で忠告する。
「わたしは人道的にそう言っただけです。国だとかそうした事ではありませんよ。ハイディ、予定は済んだのですか?」
「はい。わたしの用事はそれですから」
ハイディと女性はヒリーヌを指さす。
「それって言い方はないでしょお?」
「それで十分よ。こんな事になってるなんてあなた言わなかったじゃない」
「だって、言えなかったんだもん」
「まったくしょうがない子だわ。あなたって昔からそう。本当に必要な事を隠してるんだから」
「うるさーい、いいの!」
「いいのって事がありますか。困ってるって言うから助けに来たのに!」
ハイディを見るとヒリーヌとよく似ていた。
「はじめまして、ヒリーヌさん。お話はかねがね聞いていますよ」
「え、お話って。お姉、どんな話をしたの?」
「そんなに詳しい話はしてないよ。碌な妹じゃないって言いはしたけれどね」
「あーら、自慢の妹の間違いじゃない?」
「自慢ですってどこが!」
2人は言い争いを始めそうだった。
ヒリーヌは思いのほか明るかった。アダルのあの暗さを見てからだとより強くそう思える。
「ボス、どこかへ行っちゃうんですか?」
詰めかけて来ていた少年が尋ねた。
ヒリーヌは申し訳なさそうに目を伏せた。
「わたしはやらなくちゃいけない事があるの」
消え入りそうな声でヒリーヌが言うと少年はわなわなと震えて怒った。
「俺たちを助けてくれるんじゃなかったのかよ。どこへでも行っちまえ!!」
そう言い残して走り去っていく。食堂の外に出ると窓の傍にたむろしていた子供たちを率いて立ち去った。「行くぞ、こんな事をしている場合じゃない。ひとりでも多くの仲間を救うんだ!」などという声が聞こえるのだった。
残った少年とアリーシャは冷静だった。
「ボス、今まで良くしてくれてありがとうございました。ボスに習った事を活かして僕たちは活動を続けます」
「ペピン、わたしはね………」
「いえ、ボスにはボスのやる事があると思います。僕たちにも僕たちのやるべき事があるように」
ペピンと呼ばれた少年が言った。どうやらこの少年が裏ギルド[子供達会議]のギルドマスターのようだ。
「はっきりとお別れしてからにしてよね。マヤーさん、まだ3日あります。その間は構いませんか?」
「ええ、わたしの事はお気になさらずするべき事をしてください」
ヒリーヌは姉ハイディに睨まれるより前に考え込んで下を向くのだった。
そんなヒリーヌを見てオデュッセウスは彼女はアダルがこの王都にいる事を知らないのだろうと直感的に思った。
「あの、アルフリーダ」
リリーが俯くのを止めて口を開いた。
「どうした?」
「わたしたちで仕事として引き受けられないかな?」
「今は無理だ。護衛の依頼を遂行中だからな。人員を割く事は出来ない。まあ、1人や2人ならどうにかなるかもしれんがそれでは焼け石に水だ」
「うん」
アルフリーダの答えを聞いたリリーは悲しそうだ。
「わたしの護衛は3日です。その後にはぜひ、この依頼を受けてください。わたしからもお願いします。出来る限りの事はわたしもさせていただきますから」
マヤーが言う。
「お金はなんとか工面します。いざとなればどうとでもできますから」
アリーシャが言った。
年端のいかない少女がある頼みを申請するのに大人に支払う金をなんとか用意するという様子は歪に思えた。ハイディとマヤーはこの王都キュケロティアの実情を見るように思ってこの後の展開を見守るために一歩引きさがったように口をつぐんだ。
アリーシャはこの土地を去ると言うヒリーヌから眼を逸らし、アルフリーダを見てからオデュッセウスへと視線を向けた。
「この後の依頼は………」
アルフリーダは苦々しい顔をして口を開いた。どうやらこの依頼の後にも彼女なりの計画があったらしい。
途切れた言葉に繋ぐ文句を言えないようでアルフリーダは短い髪の毛をがしがしと掻いてベレットとオデュッセウスを見た。
ベレットは腕組みをしてアルフリーダに向けてこくりと厳かに頷くだけだった。
オデュッセウスはペピンとアリーシャを見た。
アルフリーダはため息をついた。
「オデュッセウス?」
促されてオデュッセウスは初めて状況を知った。決を採っているのだ。どうやらベレットはこの少年たちの依頼を受けるべきだと思ったらしい。
『さて、どうする?』
『良い案がある。採用するか?』
『構わん。我らに利があるのなら』
そしてオデュッセウスが口を開いた。
「引き受けてやろう」
その場にいる者たちの全てがオデュッセウスを見た。決を採る時だと言うのに彼はすでに「引き受ける」と言ったのだ。
「ただし条件がある」




