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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第7章 リリーがいない

 オデュッセウスはウェイトレスを捕まえて尋ねた。


「俺の連れの背の小さい女性を見なかったか?」


「ええ、その方ならおトイレにご案内しました」


「それが戻って来ていない。確認して欲しい」


「分かりました」


 オデュッセウスの後ろにはマヤーが居た。彼も心配そうな表情を浮かべている。


「申し訳ございません。トイレ内は無人でした。何か御用があっての事ではないのでしょうか?」


「無人だと?」


 言われてオデュッセウスは店内を見回す。リリーの姿はない。

 オデュッセウスたちの騒ぎに食事中の紳士淑女たちが煩わしいものでも見るかのような眼を向けている。


 とはいうもののオデュッセウスにはそんな男女の食事の楽しさよりも優先すべきはリリーの事だった。


「用があるとは聞いていない。それに黙って居なくなる事はあり得ない。リリーの性格上からも仕事中であるのを放棄していく事は考えられないからな」


「という事は………」


「なにかあったんだ」


 オデュッセウスは外に出た。


 彼はレストランの周囲を張っていたアルフリーダを見つけると手を挙げて緊急事態を報せた。


 彼女が走り寄って来る。


「どうした?」


「リリーがいなくなった」


「リリーが?」


「ああ。トイレに行くと言って席を立ってから戻って来ない」


「分かった」


 アルフリーダが反対側に居たベレットに合図する。


「私はリリーが出て来たところを見ていない」


「儂もじゃ。あれは小さいからの。持ち運ぶのは楽だろうて」


「馬鹿な事を言うな。それよりも店内の様子はどうだったんだ?」


「不審なものは何もなかった。それらしい様子もリリーにもない」


 ヴィド、ダグナ、ディドゥリカもやって来た。


 事情を説明すると彼らは言葉少なに状況を察するとアルフリーダの指示を待った。


 彼女は迷っていた。依頼はマヤーの護衛だ。これは継続するべきだ。ひとり欠ける事は他の仕事でもある。護衛となれば標的を消すために周囲の警戒に当たる者をひとりひとり消していく事だって有り得る事だ。


「最も警戒すべきは護衛を緩める事だ。こればっかりは出来ない。オデュッセウスはマヤーさんの傍にいて周囲の警戒に当たって欲しい。私とベレットが外を固める。3人は脅威の有無を調べてくれ。そうすればリリーの状況もおのずと分かって来るかもしれない」


「了解」


 ヴィドたちがレストラン周囲に散ってゆく。

 その後ろ姿を見送ってアルフリーダはくるりとマヤーに向き直ると厳しい面持ちで尋ねた。


「脅威となる心当たりがありますか?」


「いえ、わたしには覚えがありません」


 マヤーの顔は真っ青になっている。


「王都内ではこうした事件があるのですか?」


「いや、拉致は………」


「ありますな。ギルドというものがある以上は特徴的なスキルを有する者は拉致の対象となる。ですが、最近はめっきり減っていました。ほとんどが子供の拉致だけです」


「まさか子供と誤解されたなんて事はあるまい?」


「まさか、いくらなんでも」


「いえ、わたしはリリーさんを初めて見た時は未成年だと思っていました」


「こんな状況で重なるか?」


「偶然というものはいつだって現れた後に分かるものですよ」


「わたしはギルド本部に報告する。外の警戒はベレットが行うように。出来る限りで良い」


「承知」


 アルフリーダが走り出した。


「探しましょう」


 マヤーが言う。


「探すと言ってもどこを?」


 手掛かりはない。オデュッセウスのいくらか冷たい様子をマヤーは信じられない想いで見るのだった。


『何か考えられるか?』


『さあな。あの身体の大きさだ。拉致も容易だろう。彼女は抵抗できるスキルを持っていない』


『同感だ。トイレは我々の位置とキッチンなどの働く者たちの位置から死角になっている。中でどのような事が行われていたとしても気付くのは難しい』


『馬鹿め、拉致となると如何に小さかろうが人を担いで出るのは不可能だ。なんらかのスキルを使っての事だろう。トイレ内を確認するんだ』


 オデュッセウスは再びレストラン内へ入って一直線にトイレへ向かった。


 ウェイトレスが「あの」と言って事情を知ろうとする。彼女なりに心配しているのだろうが話す事はない。


「何かありますか?」


 マヤーが尋ねる。


 何もない。が、それが手掛かりであったかもしれない。


「何もない。が、それが手掛かりとなり得る」


「と、言いますと?」


「いくらなんでもこのトイレの出入り口から人を担いで出て行けば誰かの眼に入るはずだ」


「なるほど。スキルですね」


 オデュッセウスはベレットにレストランのトイレの外の周囲を確認する様に頼んだ。

 こくりと頷いて彼は外へ向かう。


 その間にウェイトレスを捕まえて彼は尋ねた。


「俺たちが外に出ている間に会計を済ませて外に出た客はいるか?」


「いいえ、いません」


 店内を再びぐるりと見回す。歓談し、食事をし、待っている紳士淑女たちがいる。

 その者たちはいずれも誰かと来ている者たちだった。


「ここの客は全て揃っているのだろうか?」


「分かりかねます。お客様たちは後にもやって来る方はいらっしゃいますし、先に帰る方もいらっしゃいます」


「オデュッセウスさん?」


「いや、そうなると店内の者の犯行ではないだろう。仲間がいる中では早々に離脱したいはずだ」


 マヤーはオデュッセウスの導き出した心理に納得して頷いている。


「やはり外か」


「ええ、ですがいつ狙いを定めたのでしょう?」


「分からない。外を歩いている時に偶然、なんていう事もあるかもしれないし、もっと前から計画されていた事かもしれない。つまりは外せない依頼中を狙って捜索の手を少なくさせる狙いのために」


「考えられますね。ずいぶん卑劣な行いですよ」


「外に出よう」


 オデュッセウスとマヤーも外に出た。トイレの外へ行くとベレットがいる。


「これを見てくれ」


 足跡がいくつかある。複数人だが争った調子ではない。


「追えるか?」


「ほれ」


 ベレットが指さす先を見ると石畳の街路へと足跡は繋がっている。街路に足跡は残らない。

 痕跡は消えていた。


 アルフリーダが戻って来た。


「聞いてくれ、今日だけで拉致・誘拐された者が30名以上も報告されているらしい。リリーもそのうちにひとりだろうと言われた。本部はこの調査で手いっぱいで割けないらしい」


「30名?」


「ああ」


「組織的な犯行だな」


「そのようだ。なにか分かった事はあるか?」


「足跡が残っていた。これだ」


「大きさから子供らしい感じだ」


「任せろ」


 アルフリーダが言うとスキル【猟犬の影】を使って4頭の犬型の影を作り出した。4頭は形も大きさも全て同じだった。丸まった背中と細長い手足と顔を暗く見せつけている。


「リリーを探す、行け!」


 4頭の猟犬が一斉に走り出した。


「我々も探しましょう」


 マヤーが言う。アルフリーダは首を振った。


「ダメです。こうして危険があると分かった以上は外に長く留まるべきではありません。宿に戻ってください」


「ですが、わたしの従者も外に居るのです。帰るに帰れませんよ。彼女の事も心配です。そんな危険があるとは少しも思っていませんでした」


「従者とはいつ合流する予定なのですか?」


「日を跨ぐ前には宿で会う事になっています」


「他に連絡の手段は?」


「ありません」


 アルフリーダは困った表情を隠さなかった。


「アルフリーダ、このまま行くしかあるまいて。なに、儂も気張るぞ。それにオデュッセウスもおる。彼とこのまま行こう。腹を括るのだ」


 ベレットが言った。彼は年老いた手でオデュッセウスの背をばしんと叩いた。


「老人が無茶をするなよ」


「ほっほ、最も年若い者が拉致されたのじゃ、ここで気張らん者はすぐにでも引退するべきじゃよ」


 すると、アルフリーダがとつぜん反応した。


「向こうだ!」


 建物が複雑に建つ迷路のような区域をアルフリーダが示した。


「あの辺りは………」


 ベレットが何か言おうとする。


「とにかく向かいましょう」


 マヤーが言う前にアルフリーダは駆け出していた。


 オデュッセウスはマヤーの後ろを走っていた。

 迷路の入り口に入った時にそこには少年少女の幼い敵意で溢れた眼を感じた。背の高い建物のいくつもの窓から誰かが覗いている。


 汚れた薄暗い路地裏だった。建物の屋上の縁に切り取られて狭くなった空は夕陽に赤かった。


「夜になる前に少しでも手掛かりをつかみたいですね」


「そうだな。ここは子供たちが多すぎる」


「ええ。誘拐・拉致が30人以上と言っていましたが恐ろしいですね。ぞっとしますよ」


 建物の影で壁に背を持たせかけて立つ少年を捕まえてアルフリーダは尋ねた。


「少女を知らないか? リリーという名前でとても小柄で髪の長い女の子なんだが」


「さあね、髪が長くて小柄な女の子なんて山ほどいるよ」


 質問の仕方が悪かった。個人を特定できる事柄を名前しか言っていない。名前を知らなかったら少年は知らないと答えるだろう。それに隠そうと思ったらどんな風にでも隠す事が出来るのだ。


「確かに、そうだな」


 アルフリーダが少年の前から立ち去って猟犬の方へと向かう。少年はさっと立つと大きな声を張り上げて叫んだ。


「おい、タダで帰ろうってのかよ!」


 この少年のみすぼらしい有様を見てマヤーは悲し気な表情を浮かべた。


 裏路地の角、歪な十字路の真ん中に猟犬たちが南に続く道へ向かって吠えたてている。


 そこへ急いでいくと比較的に大きな身体をした男に無理やりに手を引かれていくリリーが居た。


「リリー!」


 アルフリーダが彼女を呼ぶとタオルを噛ませられたリリーが眼を大きく開いて「んー、んー!」などと声にならない叫びをあげている。

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