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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第83章 名付けの輝き

 

 黒い玉から抜け出した時、オデュッセウスは宙に浮いていた。

 水野涼音の魂は掻き消えてどこかへと行ってしまった。だが、驚く事にオデュッセウスの中に満足して旅立つ魂がなかった。誰も彼もがそれを待っているはずなのに。


 思えばオデュッセウスの中に水竜の魂はなかった。

 それでも間違いなく水野涼音は転生者だ。そして入るはずだった魂からその肉体を奪ってこの世を生きていた。

 ならどこかに魂があるはず。そしてその魂の群れこそが我々だと思うと彼らはこぞって水竜の魂を探すのだがそれはなかった。

 いくらかしてオデュッセウスは考えるのを止めた。栓のない事だった。


 闘いを終えて気の抜けたオデュッセウスは完全に脱力して地上へとゆっくりと降りて行った。そこには水の支配から解放された群衆がいた。彼らはゆっくりと降りて来るオデュッセウスを畏怖するか、もしくは畏敬の念を持って凝視していた。


『レーアはどこだ?』


『分からない。見つからない』


『空から見た方が探すのは容易だったかもしれない』


『確かにな』


 闘いを終えて協力してくれたレーアに礼とは言わないまでも声ぐらいはかけようかという気になっている。


 ちょうど人の視線の高さにまで足先が降りて来た時に声が聞こえた。


≪オデュッセウス、ここから離れた方が良い。この街はもうお終いだから≫


 レーアの声だった。


≪レーアか、お前たちには世話になったな≫


≪世話なんてわたしはこれっぽっちも焼いた覚えなんてないよ。わたしの方が助けてもらったくらいなんだから。ね、だからわたしは平気だから。あなたはこれ以上、ここに留まるべきじゃない≫


≪そのようだな。クレイとコードにもよろしく伝えておいてくれ≫


≪うん、ありがとう。また会いましょう。その時にはセシルの事を教えてね、きっと会えると思うから≫


≪ああ≫


 オデュッセウスはある高さで停止した。


≪レーアさん、クレイさんに元気でねって伝えてね≫


 オデュッセウスの中にいるあの少女が割って入ってレーアに言った。声に変わりはなく、ただ喋り方だけでレーアはそれが少女のものだと分かった。


≪うん、伝えておくね。しっかりと伝えるから≫


≪さらばだ≫


 そしてオデュッセウスは翼を大きく広げると全身に力を込めてぐんと宙を踏みながら膝を折った。隆々とした筋肉は凄まじい力を湛えて上を見上げる瞳は何かに燃えている。


 強い風圧を起こしながらオデュッセウスは遥か上空へと舞い上がり、彼方へ向かって飛び始めた。


 内にある違和感はセシルの遺体がそこにある事を告げている。


『どこへ埋めようか?』


 オデュッセウスは内の同胞たちに尋ねた。


『彼女の故郷の村が見えるところに埋めよう』


『ここではない方が良いはずだ』


 反論は出なかった。

 オデュッセウスはセシルと初めて出会ったあの村へ向かって空を飛び始めた。


 村の付近にはオデュッセウスが生まれた森がある。その光景を懐かしく想いながら見ているとその森の稜線の向こう側に小高い丘が見えた。


 オデュッセウスはそこへ向かった。

 丘の上にある大きな岩の傍らに穴を掘った。

 墓標とする木を森の方から拾って来る。


 丘の草原の上にセシルの体を横たえるとその傍にオデュッセウスは座った。


「セシル」


 呼んでみたのは返事を期待したからではない。何かしらの心の動きがオデュッセウスの中に生じての事だった。


 手で彼女の頬や手に触れてみるが驚くほど冷たかった。

 白かった肌が生前よりもいっそう白くなっている。


 安らかな表情を浮かべたセシルを墓穴に置いた。ゆっくりと土をかけていく。セシルの身体が徐々に覆われていく。衣装は刑場へ連行されて行った時のままで腹部は血で濡れていた。最後まで残った彼女の顔の上にオデュッセウスは土をかけられないまま見下ろしている。


『行こう』


『長くは留まれない』


『セシルからは名を貰った』


『ああ』


『我々はなにを与える事が出来ただろう?』


『分からない。が、彼女の表情が安らかである事が唯一の救いだ。その表情を我々は忘れてはならない』


『この先にも続くのだろうか、転生者たちを殺す旅路は?』


 同胞たちは沈黙している。


『愚かな問いだった。忘れてくれ。今はこのセシルの顔をよく見ておかねば』


『いや、その問いに今ここで答えるべきだ。セシルのいる前で。彼女は我々のこの旅路の犠牲となった人だ。その前で我々は決して止まらない事を誓うために答えなければならない』


『この先にも我々は転生者を探すのか?』


『探す。世界の隅々まで探しつくす。天を、地を、海を、さらには地下にまで』


『探してどうする?』


『殺すのだ。殺して奪われた肉体を解放するのだ。我々が行くのは正しい肉体とそれに入るべきだった魂とが共鳴し、助けを乞う叫びを聞くからだ。ゆえに我々は行かねばならない。魂と肉体の解放のために!』


『誰が、誰を殺す?』


『我々が、我々の力によってのみ、転生者を殺すのだ!!』


『行きつく先はどうする、殺しつくした先で我々はどうなる?』


『全ての魂が解放されるか、もしくはその先に神などというこの誕生の歪な構造を許した者がいるのならそれをも葬らねばならない!!!』


『燃やせ、輝かせるのだ!!!!』


『行くぞ、全ての同胞たちよ。新たな名を冠し、我らは行く!!!!』


 オデュッセウスは土を持ち上げた。

【岩の王】を使い、セシルの名を刻んだ墓石も準備している。


「ここで村を見ながら安らかに眠れ、セシルよ。もし、全てを終えたなら我もこの森へ帰って来よう。死したセシルに誓う。オデュッセウスは決して止まらない。全ての転生者たちを殺すまでは!!!」


 セシルの顔に土が被せられ、墓石と墓標の木が地面に突き刺さった。


「無辜なる修道女の墓標」


 名づけを終えると祝福が与えられる。名付けの輝きを負って墓標が柔らかく輝き始めた。


 村の方で夕闇に輝くその閃きを見た者がいる頃にはオデュッセウスは当にいない。

 彼方の方で一匹の黒狼が走っていた。


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