第6話 ダンジョンと漂う緊張感
「ダンジョン、正式名称は環境適応型特異的亜空間という。まぁこの名前を使うやつはほぼいないが覚えておいて損はない。で、このダンジョンではモンスターが無尽蔵に出現するんだ。ただのモンスターなら世界中のどこにでもいるが、ダンジョンのモンスターは一味違う。というのもやつらは死ぬと身体が無くなっちまうんだ。」
モンスターねぇ…。魔物とは言わないのか。謎の光は魔物と呼んでいたが、こっちではモンスターと言うのか。まぁこっちの呼び方に合わせるか。そんなのはどうでもいいとして。ダンジョンでは死体が消えるのか。ゲームみたいだな。それならお金でもドロップするのか?
「無くなるってどういうことですか?なぜそんなことが起こるんですか?」
「さぁな、俺も理由までは知らん。いろんな説があるが、どれも眉唾な話ばかりだ。だが、死体がない代わりにやつらは魔石を普通のモンスターより多く落とすんだ。それに加えて魔石自体の純度も高い。ダンジョンに潜る冒険者は高純度の魔石を売ってガッポリ稼ぐんだよ。」
ほぉ、ダンジョンは大量の魔石を必要とする【同調】と相性がいいな。魔石の純度とやらが同調率に関係するかは不明だが、これは要検証だな。アルセルに着いたら、ダンジョンに籠るのは決定だな。これまで通りちまちまと普通のモンスターを狩るのもいいが、【同調】の仕様を知るために最低でもモンスター1種類の同調率を早めに100%にしたい。不老不死だからと言って、わざとゆっくり進める必要はない。効率的な方法があるなら、それをしない選択肢はあり得ない。
「ダンジョン…いいですね。行ってみたいです。」
「そう言うと思ったぜ!ジュークは話がわかるヤツだな!だが、ダンジョンに潜るには一つ難点がある。ジュークは冒険者のランクについて知っているか?」
「はい、ナオンさんとニックさんに教えてもらいました。」
「そーだよ。暇だったから教えてあげたの!あー、カンがこれから言うのってランク制限のこと?」
「おいナオン、先に言うなよ。今は俺が教えてるんだ。いいか、ジューク。ダンジョンに潜れるのは鉄級以上の冒険者って決められてるんだ。さらにいえば鉄級以上の冒険者がパーティーを組んで潜るのが推奨されている。鉄級になるためには最短でも3年くらい掛かるから、アルセルで冒険者になってすぐにダンジョンに潜るなんてことはできないんだ。経験を積んで対応力を磨いてからじゃないとダンジョンは危険だからな。」
「はぁ…、そうなんですか。それは残念ですね。まぁとりあえずコツコツと冒険者ランクを上げたいと思います。」
「おいおい、そんな悲しい顔するなって。そもそもアルセルは金を稼ぎたいベテラン冒険者がダンジョン目当てで来るような都市だからな。都市の周囲に出るモンスターもかなり強いし、時には変異体なんかも出るからなぁ。駆け出し冒険者にはなかなか厳しい場所だ。アルセルは新人冒険者の死亡率が異常な都市とよく言われる。命あっての物種だからな。きつそうだったら他の都市に移るのも悪くはないと思うぞ。これまでそういうやつはよく見てきた。」
そう語るカンさんは少し寂しそうな顔をしていた。金級冒険者になるまでに色んな経験をしてきたんだろうな。触れにくくてめんどくさいな。
「心配ありませんよ、カンさん。俺は死にませんよ。しぶとさだけが取り柄ですから。」
「そうかそうか!それはいいな。まぁ頑張ってくれよ、相談があればいつでも乗ってやるから。」
「ありがとうござます、頼りにしてます。」
カンさんとの話がひと段落した頃に、奥で丸まって寝ていたライさんが急にモゾモゾとしながら起き上がった。そして俺と目が合い、こちらを凝視してくる。
「………。貴方は誰?」
「初めまして、私はジュークと言います。ルオッカさんのご好意で同乗させて頂いています。」
「あら、そうなの。よろしく。私はライ。」
ライさんはキリッとした目元で鼻筋が通っている。これだけならただの美形で小柄な少女なのだが、彼女にはそれだけでは片付けられない特徴があった。それは彼女の長い黒髪から主張するように飛び出ている耳だ。人間離れした尖った耳は嫌でも目につく。そんな俺の視線に気づいたのかライさんは少し嫌そうな顔をする。
「ジューク、エルフを見るのは初めてか?」
カンさんはニヤニヤしながら聞いてくる。
「はい、初めてです。ライさんはエルフなんですか?」
「そうよ、正確にいえば少し人間の血は混ざっているけど…。」
初めてエルフを見たな。純人族とは別の種族だろうから俺の転生の選択肢の一つにあったはずだ。まぁ長寿らしいけど寿命がある時点で無しだな。……ていうかさっきからライさんがこちらを見るのをやめてくれない。美人と目が合うのは嬉しいが、彼女は金級冒険者でさらにエルフだ。俺の正体に気づいたか?にしては攻撃もしてこないし焦ってもいない。マジでなんなんだ…。
「………ところでジューク、貴方魔法使えるでしょ。でも魔力を抑え込んで隠している。…それはなぜ?」
そっちかよ。エルフは魔力の感知が得意なのか?カンさんたちはかなり驚いた様子で俺を見てくる。やはり気づいてなかったようだ。でもなんだ?魔力を隠すのはいけないことなのか?というのも、こちらに転生したばかりの頃にモンスターを狩っている時に、なぜか近づく俺に気付く個体が時々いた。どうやらその原因は俺が自然に放っていた魔力のようで、それを抑え込むイメージを強めると、気付かれることがなくなった。そんなこんなで俺は自然と魔力を抑えるようになったが、そのせいで今馬車の中では微妙な雰囲気が流れている。どう答えるのが正解だろうか。
「ライ、それは本当か?」
カンさんが少し険しい顔を俺に向けている。少しやばそうだな。一応、『反響定位』で把握している周囲の地形から逃走経路を見つけておくか。
「本当よ。私が魔力感知が得意なのはカンも知ってるでしょ。彼はかなりの魔力を持っているわ。なんなら私よりも多そうよ。」
「マジかよ。ライほどとは言わなくとも、俺たちですら気付けないほど魔力を上手く隠しているのか。なぁ、ジューク。」
こわっ。カンさん、顔怖いよ。この身体になって感情が顔に出なくなったのが幸いして、俺は今も澄まし顔をしているが、内心は大焦りだ。まぁいいや。そこまで隠すことでもないし、適当に嘘でもつくか。
「別に隠してるつもりはなかったんですけど、わざわざ魔力を放つ理由もないですよね?安心してください、僕は普通の村人です。」
「まぁ、そりゃそうだが…。」
カンさんは困り顔になり、発する緊張感が少し緩んだ。よし、この路線で行こう。
「いやかなり変よ。普通の村人がそんな多くの魔力を持っているのはおかしいし、それを隠せるはずもないわ。」
「私の育った村に魔法を使える人がいたんです。その人に色々教えてもらいました。その人曰く私の魔力が多いのは生まれつきだそうです。それに自分で言うのもなんですが私には魔力操作の才能があったようで、彼にもよく褒められました。」
「あら、そう。人に魔力の扱いを教えるのは相当難しいはずよ。貴方の故郷には随分と魔の道に精通した方がいるようね。そんな人がこの辺境にいるなら是非とも会いたいわ。」
「彼は随分と前に村を出て行ってしまったので…。私は行き先も知らないです。お力になれず申し訳ないです。」
「ちょっと!ちょっと!なんでライもカンもなんでそんなにジューク君に当たりが強いの!別に魔力を隠すのは悪いことじゃないでしょ?ライも面倒ごとを避けるために魔力を隠してるじゃない。」
「そうですよ、落ち着いでください2人とも。ワルドでのことを思い出すのはわかりますが、なんでもなんでも疑えばいいってもんじゃないですよ。」
ありがたいことにこれまで静かだったナオンさんとニックさんが俺を庇ってくれる。ワルドでのことってなんだ?全く訳がわからんがとりあえずライさんよ、そろそろ俺を凝視するのをやめてくれないか?そんなに見つめられると興奮するじゃないか。