表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第4話 作為的第1村人

「やあ、こんにちは。」


「っ!」


 青年は驚きのあまり声を上げることすら出来なかったようだが、身体を素早くこちらに向け、自然と腰を深く落とし、腰に携えた剣を躊躇なく抜き、剣先をこちらに向ける。その一連の動作をスムーズに行っていた。


 いきなり声をかけてしまったせいでカイル君を驚かしてしまったようだ。カイルというのはこの青年の名前で、彼は俺が数日前に接触しようとした青年である。俺はその時から彼を第1村人にすると決めていたため、彼が1人で村の外に出る機会を窺っていた。そしてそれが今であった。


「すまない!驚かせてしまったか、君は開拓村の人かな?」


「……こちらこそ、剣を向けてすみません。そうです、僕は開拓村のカイルと言います。あなたは冒険者ですか?村に何か用事でも?」


「いやー、用事ってほどじゃないだけど…。旅路の途中に開拓村があるって聞いたからどうせなら寄ってみようかなーって思って。村にお邪魔してもいいかな?」


「そうなんですね。もちろんいいですよ。今は村がある程度安定してきたので、お客さんを迎え入れることもできます。僕が案内するのでついてきてください。」


「客だなんて申し訳ない。そこまでして頂かなくても。」


「いえいえ、これは村長の意向なので。旅の方は丁重に扱って、開拓村のいい噂を流してもらおうという下心もあるので。」


「ははっ、そうなのか。ではお言葉に甘えて。」


「はい。では行きましょうか。」


 村長の意向とやらも既に知っていたが、不自然にならないように一応形式的な遠慮はしておく。そのまま俺はカイル君に連れられ、村に向かって森を進む。彼の背中を眺めながらあることを考える。というのも、理由は前世での名前はなぜか思い出せないし、だからといって下手な名前にして目立つのは避けなければならない。村人の名前をサンプルにすると、横文字的な名前が無難そうであった。深く考えてもしょうがないので、適当に前世での趣味であった音楽鑑賞でよく使ったジュークボックスから名前をもらった。あの古臭い感じがいいんだよな。あぁ、もちろんボックスではなく、ジュークの方だ。さっきのカイル君との会話でも名乗ろうとしたが、ジュークという名前に慣れておらず、言いそびれてしまった。少しずつでもこの名前に慣れていかないとなぁ。


 そんなことを考えながら無言で歩いていると、カイル君はこちらに背を向けたまま、いきなり話し掛けてくる。


「そういえば、お名前を聞くのを忘れてましたね。」


「あぁ、私はジュークです。紹介が遅れて申し訳ない。」


 早速言えたよ。だが、実際にジュークと口に出してみると響きが悪い気がする。まぁ、慣れてないうちはどんな名前でもそう思ってしまうだろうから、あまり気にせずにいよう。


「いえいえ、聞きそびれてしまったので…。ジュークさんですね、わかりました。」


 会話を終え、再び沈黙のまま進むと、徐々に木が減っていき、ついには森を抜けた。その先には開拓感むき出しの村が広がっていた。そしてカイル君はこちらへ振り向く。


「改めまして北東75-4村へようこそ、ジュークさん。」


「これは、手厚い歓迎どうもありがとう。」


「ふぅ…、これも村長の意向ですので気にしないでください。」


 彼ははにかみように笑いながらそう答える。そのまま村の入り口まで進むとカイル君は見張り役に声をかけられ、対応している。その間に村の中から農民らしい人が出てきて、俺に話しかけてきた。


「おお!こんにちは。冒険者さんかなんかですけぇ?」


「初めまして、まぁそんなところです。」


「そうですかい!まだこの村には薬草くらいしかいいものはありませんが、どうぞ楽しんでいってくだせぇ!」


「はい、ありがとうございます。」


 そう、この村の特産品とも言える質の高い薬草は俺が出てきた森に群生している。カイル君が森に入る理由はその薬草の採取だ。彼以外にも、多少の武装をした村人が森で採取しているところは何度か見た。森ではゴブリンのようなモンスターが出るため、採取はガタイのいい男ばかりが行っていた。


 少しすると、カイル君は見張りの人との会話を終え、俺に声を掛ける。


「ジュークさん、このまま村長のところまで案内してもいいですか?」


「もちろん、案内よろしく。」


 カイル君は頷くと、俺を先導しながら村の中を進んでいく。村では子供たちがかけっこや砂遊びをして遊んでいる。大人の村人たちは、見かけない顔だねぇと言わんばかりにこちらを見てくる。特に女性から熱い視線が飛んできてる気がするが、多分勘違いではないだろう。この顔は得することが多そうだな。


 そうこうしていると、一際大きな家屋に到着する。造りもしっかりしていて、なんとなく田舎の親戚の家を思い出す。


「こちらが村長の家です。村長は中で作業しているようなので、入っちゃいましょうか。」


「わかった。」


 カイル君は勝手知ったる様子で家の中をずんずんと進んでいく。そして家の奥ではふっくらとした体型で薄毛気味な頭をした男性が帳簿のようなものをつけていた。


「村長、こんにちは。」


「ん?あぁ、カイルか。どうしたん…、そちらの方は?」


「お客様です。旅の途中にこの村に寄られたようです。森でお会いしたのでこちらへお連れしました。」


「おお!そうか、よくやったカイル。初めまして旅のお方!どうぞこちらへお座りください。カイルもそこらに座りなさい。」


「初めまして、村長。私はジュークと申します。それでは失礼して。」


 村長に促されるまま、藁のようなものを編み込んで作られた座布団のようなものに座る。


「よくぞ北東75-4村へいらっしゃいました、ジューク殿。まだ何もない村ですが、歓迎いたします。して、何ようでこの村にいらっしゃったのですか?」


「ご丁寧にどうも。目的があったわけではないのですが、旅の途中で開拓村があると聞きまして。魔物を狩るついでにお邪魔しようかなと思いまして。」


 俺はあくまで冒険者を装う。こんな手ぶらで旅をするやつなんで普通いないからな。村長には無計画に旅をする阿呆とでも捉えてくれればありがたいが。


「そうですか!魔物を狩っていただけるのは非常にありがたい。ここの森はいい薬草が取れる代わりに少し魔物の活動が活発でして、時々村の男たちで間引かねばならないのですよ。」


「お役に立てたのであれば幸いです。あぁ、お邪魔する代わりにと言ってはなんですが、こちらをお納めください。」


「っ!こちらは雷鹿の毛皮ですか?こんな貴重なものは頂けません。ジューク殿に大損させるわけにはいきません!」


 村長の慌てっぷりが少し面白いが、確かに彼の言う通り、雷鹿の毛皮は多少は貴重なものだろう。森の深くまで行ってもそこまで多くの雷鹿に遭遇しなかったからな。間違いなく希少性は高いだろう。ただ、今出せるものがこれしかないんだよな。少し不自然になるが、ゴリ押すか。


「いえいえ、是非お受け取りください。今手持ちにあるものがそれくらいしかないのです。」


「はぁ、そうは言われましても……。本当によろしいのですか?」


 あと一押しだな。村長も貴重な毛皮が欲しくないわけではないだろうし。


「もし受け取りづらいなら、代わりに清潔な下着と服、それに多少のお金を頂けませんか?」


「それはもちろんです!少しお待ちください、この村で一番上等な服を用意いたしますので。」


 村長はそう言い立ち上がると、小走りで部屋から出る。残された俺とカイル君の間に少し気まずい沈黙が流れる。


「ジュークさん、雷鹿を倒せるほどお強いんですね。どうりで森で出会った時に気配に気づけなかったわけですか。」


「ははっ、そんなことないよ。偶然だよ偶然。雷鹿も怪我をして深い眠りについていたやつを不意打ちでやっただけだよ。」


「それでもですよ。もしかしてそのマントも何かの魔道具ですか?手荷物が何もない理由はそれですか?」


「まぁ、そうだね。なかなか便利だよ。」


 カイル君はこのマントが魔道具とやらであると勝手に勘違いしてくれたようだ。ただこのマントにはそんな便利な収納機能なんてないよ、俺の裸体を収納しているだけだよなんて言う必要もないので、適当に話を合わせておく。


「お待たせしました!こちら草原羊の羊毛の下着と、森蜘蛛の糸を使ったシャツとズボンでございます。」


 少し汗ばんだ村長は下着と上下の服を差し出してくる。下着とズボンはいいが、シャツは襟のついた少し派手なシャツだな。細かい装飾を見るにかなり上等な服を用意してくれたようだな。ありがたい。


「こんな上等なものを…。ありがたい、今後の旅の着替えとして使わせてもらいます。」


「いえいえ。お金の方は少ないですがこちらをお納めください。」


 村長は腰につけていた巾着袋を外し、俺の前にそっと置く。


「申し訳ない、これで明日以降の飯の心配がなくなりました。」


 中身の確認は今しなくてもいいだろう。袋の膨らみを見るにかなりの量を入れてくれたようだ。少し魔力を使いマントの内側の一部の物質化を解き、服とお金を取り込む。まぁ取り込むといっても暗黒魔法で無理矢理持ち上げているだけだが、側から見たらマントの中に吸い込まれ、消えていったように見えるだろう。


「それにしても、明日…ですか…。もう行かれるのですか?」


「はい、余所者があまり長い間村にいるのは良くないでしょう。それに先を急ぐ予定もありますので。」


 長い間ここにいてもボロが出るだけだと言うのが正直なところではあるが、余所者云々の話も半分は本心だ。かなり目立つ顔の俺がいても村人(特に男の)にとっていいことは少ないだろう。


「そうですか…。わかりました。本来はおもてなしをしたいところですが、予定があるのでしたら引き止めるわけにはいきません。」


「ではそろそろ行かせていただきます。」


「わかりました。村の入り口へは私が案内致します。カイル、お前もついてきなさい。」


「はい、もちろんです。」


 3人は立ち上がり、村長を先頭に俺が入ってきたのとは反対の出入り口に向かう。その途中で念の為、『反響定位』に反応がある村人の数を数えておく。ふむ、62人か…。一応聞いとくか。


「村長、この村には何人住人がいらっしゃるのですか?」


「はぁ、……私含めて62人ですね。なぜそんなことが気になるのですか?」


「いえ、なんとなく気になっただけですよ。」


「そうですか…。」


 会話が途切れると、ちょうど村の出入り口にたどり着いた。見張り役の村人は驚いているが村長はそれを無視して言う。


「ジューク殿、この先の道では魔物は滅多に出ませんので安心してお進みください。」


「見送りまでしていただき、ありがとうございます。また機会があれば、寄らせていただきます。では。」


 俺は村を出て、森の中の少し開けた道を進んでいく。この先の道をずっと進んでいけば辺境都市アルセルに行けることは村人の会話から調査済みだ。少しすると森の木々によって村が完全に見えなくなる。俺は立ち止まり、マントから取り出した下着と服を着る。少しゴワゴワするが、そのうち慣れるだろう。それよりも変態から抜け出せたことの方が嬉しい―そしてその嬉しい気持ちを打ち消すような残念な情報が村のムカデから伝わってくる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ