第2話 分け入っても
「これはなんというべきか…。」
川へと移動し、水面に映る自分の顔を見ていた。そこにいた男の容姿は、端的にいうと物語に出てくるような貴公子だ。髪は白銀で日を浴びると煌めいて目立ちそうだな。くっきりとした目鼻立ちに涼しげな目。顔はかなり整っていると思う。この美術品のような美しい顔が俺の顔なのか…。元の顔とのあまりの違いに違和感を覚える。これはあの光の好みでも反映しているのか?それとも俺の理想の顔なのか?考えてもわからないが、これで謎の光によって身体が作り替えられたことは確定したな。元の身体にスキルや魔力だけを無理矢理植え付けただけではないようだ。謎の光ならめんどくさがってやりかねないため、少し不安だった。
そんなことを考えていると、探索に出ている使い魔コウモリの内の1匹から大きな生き物を見つけたという思念が送られてきた。視覚を共有すると、そこには鋭く尖ったツノが特徴的な大きな鹿が2匹で寄り添って寝ていた。いい食糧になりそうだ。この身体での初の食事は鹿肉か。鹿肉は鮮度が大事らしいし、殺したらすぐに食べるか。
鹿達のいる場所まで吸血鬼の身体能力を試しながら向かう。化け物じみた跳躍力と柔軟性によって、木を用いた立体的な高速移動が可能になった。ほとんど音を立てずに森を進む。目的地までは少し距離があったはずだが、この様子だとすぐに着きそうだな。
お、いたいた。まだ30mほど距離はあるが、直で見ると思っていたより大きくて迫力があるな。全長は3mくらいか。立ち上がると1.5mを超えそうだな。俺の知っている鹿はもう2回りほど小さいんだがな。こいつが謎の光が言っていた魔物ってやつか?まぁいい、起きる前にやってしまうか。正直2匹もいらないから狙うのは1匹でいいか。片方がやられれば、もう片方は逃げ出すだろう。
俺は暗黒槍を5つ作り出し、回転を加える。そして右側の大鹿に向けて放つ。
「…………ッ!……ピィ。」
放たれた暗黒槍は狙い通りに4つの脚と首を貫通し、狙われた鹿は掠れたような声を上げ、そのまま絶命した。
「流石に魔物でも首をやられたら死ぬのか。」
乗っていた木から飛び降り、死体へと向かおうとした。すると、生き残った鹿は死んだ鹿が上げた小さな声に反応して起き上がる。すぐに足元に横たわる友の亡骸を見つけ、驚愕し、悲しみ、憤怒する。そして周囲を見渡し、この悲劇の元凶を見つける。そのまま怒りに身を任せ、ツノに電気を纏わせながら、元凶の元へと駆ける。
「まじか、向かってくるのか。魔物は闘争心が強いのかな。なんか電気も纏ってるし、怖いな。」
俺はそう呟きながらもボウリングボールサイズの暗黒球を作り出し、迎え撃つ準備を済ませる。そして鹿との距離が十分に縮まると、暗黒球を放つ。
対して鹿は謎の球に気付きながらも突進の勢いを落とすことなく、電気を纏ったツノから雷撃を放出して、暗黒球を打ち消そうとする。どうにかして暗黒球を消滅させるといつのまにか元凶がいなくなっていた。
空中にいる俺は目標を見失ったことで戸惑っている鹿の首めがけて、落下しながら血創剣を振り下ろす。鹿の首は重力に従い、ドスッと音を立て地面に落ちる。
「【飛行Lv 1】を使うのは初めてだったが、うまくいったな。まぁ、鹿が怒りで視野が狭くなっていたからどうにかなっただけだな。まさか向かって来るなんて予想外だ。野生の生き物なら逃げ出すと思っていたんだがなぁ。魔物には俺の常識が通用しないことが分かった。油断大敵だ。…っと、それより血が勿体無いな。」
俺は【血魔法Lv 1】を発動させ、鹿の死体から出ている血を集め、ゴクゴクと飲んでみる。
「不味くはないが、味が薄くて深みがないな。水代わりにはなるだろうが、好んで飲むことはないな。やはり人の生き血が一番なのか?」
鹿から流れ出る血を全て飲み終え、満足した俺は鹿の身体を漁る。
「あった。おー、これが魔石か。こんなに小さいものなのか。」
俺は鹿の心臓部から取り出した爪サイズの魔石を眺めながら取り込む方法を考える。そして意を決して魔石を飲み込んでみる。すると、
[固有スキル]
同調
・雷鹿(ランクD) 同調率 0.001%
と表示された。
雷鹿か。そのままの名前だな。モンスターの名前がわかるのは便利だか、この名前はこの世界で一般的に使われている名前なのか?雷鹿はこのスキルの表示でのみ使われる名前で一般的には違う名前を使われている可能性もある。そこら辺を調べるのは今後の課題だな。しかし、魔石1つで0.001%ってことは100%でスキルを入手できるとすると、ランクDの魔石は全部で10万個必要なのか。もう1つの魔石を取り込んで残り99998。必要数は多いが集めるのが不可能な数ではないな。
気を取り直して、お次は食事だ。鹿肉なんて久しぶりだ。正しい捌き方なんて知らないから、とりあえず内臓を全て取り除いて血創剣で皮を剥ぐ。出来上がった剥き出しの肉を食べやすいサイズに切り分ける。そして木の枝に肉を刺しているときにあることに気づいた。
「火がないな。このまま生で食べれないこともないだろうけど、どうせなら焼いた方が美味しいだろ。摩擦で火を起こすのもいいが、これを使ってみるか…。」
【聖火魔法Lv 1】
白く輝く火が揺らめいている。どうやら普通の火と違って燃料は魔力のようだ。勝手に燃え広がることもなさそうだ。この火を取り囲むように木の枝を地面に刺す。よし!ここを一時拠点とする!
肉を眺めて焼けるのを待っていると、『反響定位』に反応があった。何者かが範囲内に入ってきたようだ。細かい様子まではわからないが二足歩行であまり大きくないことはわかる。多分煙のせいだな。1km先からでも煙なら見えるからな。しょうがない。食事の邪魔をされる前に殺しておくか。
反応がある場所に向かうと、そこには身長120cm程の緑色の醜い化け物がいた。いわゆるゴブリンだ。全部で5匹。集団行動は森や山では鉄則だからな。1人でぶらぶらさせながら、ぶらぶらしている俺の行動の方が間違えだよな。なんにせよ、煙を見てこちらに来るということはある程度の知能はあるようだが、まぁいい。やるか。
【暗黒魔法Lv 1】
ゴブリンたちは皆一様に喉を暗黒槍に貫かれ、絶命する。俺は血は不味そうだし飲まないで、かけらほどの魔石のみを取り出す。時短のために5個一気に飲み込むか。
[固有スキル]
同調
・緑鬼:下級(ランクF) 同調率 0.00005%
と表示される。
Eランクの魔石1つで0.00001%か。必要数は1000万個か。ランクが1つ下がるごとに魔石の必要数が10倍になるようだ。予想でしかないが多分あっているだろう。謎の光が言っていた「時間がかかる」とはこういうことか、途方もないな。わーい、不死身でよかったー。
◆
一時拠点に戻り、肉が少し焦げているのを見て急いで聖火を消す。そして口を大きく開け、目の前に広がる肉塊たちにかぶりつく。
「なかなか美味いな。前世で食べた鹿肉とは比べ物にならないほどだ。肉自体にそこまでの違いはないはずなのに旨味だけが何倍も押し寄せて来る。まさかこれも魔物パワーってやつ?魔物ってのはつくづく不思議な生き物だな。」
肉を次々と口に運びながら今後の予定を立てる。目標としてはまず服を着たい、それに美味しい料理を食べたい。さらに言えば衛生的な場所で生活を送りたい。元文明人としての本能がそう叫んでいる……気がする。また、この世界の知識も不足している。この世界では俺は生後数時間の新生児だ。手始めに町や都市を見つけたいところだが、生憎と使い魔コウモリ達は未だ人工物らしきものを発見していない。やつらの視界に映るのは延々と続く森のみ。ここはかなり深い森のようだ。まぁ、焦ってもしょうがないし魔物でも狩って魔石集めで時間潰すか。待てば甘露の日和ありだな。