7.答えを得られたからといって、それで物事が解決するかは別の問題だ。
「……神経接続。実行、”全体走査”」
走査とは、回復術士の称号を得る上で前提となる必須技能だ。身体内部の状況をこれで把握し、どこをどう癒やせば良いのか? それを見極める為のもので、今俺が使った全体走査は、その派生技能にあたるものだ。
徒党内においての回復術士の役割は、僧侶と多少被ってしまうのだが、回復術士は厭くまでも回復”だけ”に特化した下級称号職にしか過ぎない。
僧侶も回復術を扱えはするが、回復力は回復術士のそれより幾分かは劣る。その代わり、邪な不死性魔物を払い、時に”呪い”を解き、光属性の付与術を操り、信仰する神によって様々な効果を発揮する”祝福”と、多数の前提技能を必要とした、徒党には欠かす事のできない特殊称号職だ。
そんな僧侶のクラウディアの寝顔は穏やかで、一見何処にも異常は感じられない。そして、隣のレジーナも。
……ただ、寝ているだけ。
……その筈、なのに。
念の為にもう一度行った全体走査でも、彼女達の身体の何処にも異常は見当たらなかった。やはり完全に肉体は復元できているのだと結論付けるしか他はない。
強制的に覚醒させる魔術でもあれば、この状況を変えられるのだろうか?
睡眠術の対抗に、破眠術という魔術があるが、いくら何でもそんな単純な話でもないだろうし。
……いかん。何だか思い詰めすぎて、自分の意識がどんどん訳の分からん方向に進んでいる気がしてきた。
「レグナード?」
「……君か」
声に振り返ってみれば、アストリッドが扉の向こうからこちらを伺う様に、顔だけを覗かせていた。
ヴィオーラの”特訓”に付き合って(正確にはサボらない様監視してもらって)いる筈の彼女が、どうして此処に顔を出しに来たのか?
「一体どうした? 君がこんな所に来る用事なんて、全然無いだろうに」
「そんな事はありません。彼女達は、貴方の”家族”なのでしょう?」
「……はぁ?」
彼女の言葉の意味、それを理解する為に、俺は数秒の刻を要した。
「ですから、彼女達は貴方の”家族”、なのでしょう?」
アストリッドが小首を傾げると、まるで熟練のドワーフ工芸士が魂を込めて手掛けた銀糸の如く細く煌めく髪が、さらりと鳴った。
「いやいやいやいや。何を言うんだ君は。確かにこいつらは”元”仲間だ。だけれど、今の俺にとっちゃ、ただの裏切り者さ……」
彼女達は馬鹿野郎のとりまきで、最初から仲間なんかではなかった。なのに、何故俺は”元”と、殊更強調したのだろう? 解らない。
「……嘘。レグナード、貴方はご自分の心を瞞しています」
「何の事だ、アストリッド? 俺が言ったのは、そのままの事実だよ。いくら君でも、いきなり嘘吐き呼ばわりは酷いな」
「いいえ。貴方様は、ご自分の心を瞞して、偽っております。そうでしょう、レグナード? でなければ、苦しそうな、今にも泣き出しそうな……そんなお顔になる訳がありませんもの……」
「……え?」
そんな彼女の言葉につられたかの様に、慌てて俺は頬に手を当てた。
指に付着いた薄く湿った跡は、うん。涙……なのかも知れない。
「貴方様は、人間ですらない、ダークエルフという”種族”すらをも違う私の事を、”家族”だと……そう仰って下さいました」
「あ、ああ。確かに俺は君にそう言った。俺は君の事を”家族”だと思っている。もし、それが不快だったというのなら謝ろう」
「不快だなんて、とんでもございませんっ! 私は、貴方様のそのお言葉が、とても、とても嬉しかったのです」
こんな時、俺は、彼女に向けてどんな顔をすれば良いのか全然解らなかった。
そもそも、依頼の事以外で、家政婦以外の女性とこんなに長い時間の会話した事なんぞ、両手の指で足りる程度の経験しか無いのだ。ああ、そうだよ、笑えよ。こんな歳で童貞だよ、畜生。
「貴方様は、私と同じ様に彼女達の事も”家族”だと。そう思っていらっしゃるのでしょう? この数日間の貴方様の行いを端から見ていれば、誰でも気付きましょうに」
「……」
俺は、何も言い返せなかった。
アストリッドがそう言うのであれば、きっとその通りなのだろう。何せ、俺はずっと自分自身を瞞し続けて生きてきたせいで、もう自分の本心が何処にあるのか、正直もう解らないのだ。
「だから、私にとってもそこのお二人は”家族”。そうでしょう、レグナード?」
「……そう、かな……?」
「そうなのです。お一人で抱え込まずに、私にも、”家族”を救う為のお手伝いをさせて下さい」
決意を滲ませた紅の瞳は、自身の覚悟を示すかの様に、真っ直ぐに俺の姿を映し出した。
◇◆◇
「……困った事に、二人とも身体に異常は見当たらないんだ。何で眼を覚まさないのか? その原因が分からない」
俺は、二人の現状をアストリッドに全て説明した。一応だが、と念を捺しての推論も含めてだ。
本来であれば、こういった確証の全く無い”仮説”を伝えては、相手に余計な先入観を与え、選択の可能性を狭めるだけになってしまうのだろう。だが、俺の”仮説”を検証するには、俺とは違う第三者の視点が、どうしても欲しかったのだ。
「……確かに貴方様の言う通り、一見、何処にも異常が無い様に見えます……」
クラウディアの様子を探る様に、彼女の額に手を翳しながら、アストリッドは俺の”看立て”を肯定する様に頷いた。
「ですが、私の、”エルフの眼”には、微かな違和感も同時に映っております。恐らくこれは他種族の方々では到底気付けない、極薄い断片が……申し訳ありません、特定まで少々お時間を下さい……」
古来より”森人の眼”は、他の種族にはない特別製で、意識する事無く周囲に満ちるマナを捉え、魔力の流れを全て読む事ができるのだと聞く。その為か、創世の頃の森人達は精霊に属する一種であって、何時しか肉体を得た事で枝分かれをして今日に至ったのだとする説もある程だ。
「レグナード。私は貴方様に初めてお会いした際に、精霊使いについて質問をしましたが、それは覚えていますでしょうか?」
「ああ、良く覚えているよ。それが何か?」
”無頼の荒くれ者”というマイナスのイメージが定着してしまっているせいで誤解されがちだが、冒険者にとっては”腕っ節”よりも”知識”の方が遙かに重要な”武器”であり生命線だ。
そんな”武器”を、初対面の美人さん相手に、自慢気にひけらかしたつもりなんかさらさら無いが、それでも今思えば、あれは少々嫌味だったかも知れないと汗顔の想いだ。
「いいえ。貴方様の知識量には感服いたしましたわ。私の知る人間の精霊使いは、片手の指で足りる程度でしたので」
「ああ、それはウチの書庫に精霊に関する本がいくつかあったから……で、それが何か関係あるのかい?」
どうもにウチのご先祖様の中に、知識欲の権化みたいな趣味人がいたらしい。蔵書を見る限り、それこそジャンル問わずで読み耽っていたのだろう。まだ見ぬドゥーム家の後継者に家督を譲った後に、俺も時間が許す限り書庫の整理をしたいものだ。
「ええ。実は、精霊の中には人の”感情”を司る種がおります。これら”人の内に籠もる精霊達”は、エルフ以外にはまず認知できませんので、あまり知られてはいないのですが」
この手の精霊と”契約”を結んでいる精霊使いは、相手の感情、精神をも操る事ができるのだという。精神力が強い相手には当然抵抗されるのだが、それをこちらが仕掛けた事が相手には解らないのだそうだ。
一方的に仕掛けた挙げ句、例え失敗しても相手に絶対にバレないなんて、何てズルくて厄介過ぎる能力なんだ!
「エルフの間で知られている主な種は、”怒りの精霊”、”混乱の精霊”、”恐怖の精霊”、”魅了の精霊”、”絶望の精霊”といった所でしょうか……これら精霊と契約し使役できるのであれば、確かに恐ろしい力となりましょう」
「できる限り、そんな奴はなるだけ敵になんか回したかぁないなぁ……って、まさか、もしかして?」
何故、アストリッドが態々精霊に関する説明を交えながらここまで話をしてきたのか。流石に、いくら鈍い俺でもこの結論に到達するのは当たり前の話だ。
「はい。彼女達には、その内の二種の精霊の力が関与した痕跡があります。”魅了”と、”絶望”です……」
「……そうか。そう、かぁ……」
事、この手の分野に関して言えば、俺は何の技能も持たない”素人”だ。結局、彼女達が目覚めぬ原因が分かっても、俺には手の出し様がないのだ。
さて、どうすれば良いのか?
無力感に苛まれるだけの今の俺は、ただ悔しさに親指の爪を噛む事しかできはしなかった。
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