67.さよならだ。
誤字報告ありがとうございます。
ホント助かってます……
「へぇ。あの馬鹿でも裏口からの侵入者に備える程度のおつむはあったんだなっ!」
「ギリアム様を愚弄するかっ! この下郎めがっ!!」
恐らくはアンの仕業だろう轟音と共に裏口から入ってみれば、かなり上質な鎧を身に纏った三人の戦士達に、俺は盛大な歓迎を受ける事となった。
カマかけを兼ねた西風王国語の悪口に即時の反応。どうやら三人は”西風王国”の人間らしい。
扉を開ける直前まで俺に気配を一切悟らせなかったこの三人は、それなりの経験を積んできたであろう手練れだ。
鋭い横薙ぎの一閃を屈んで避けると、俺の髪が幾筋か飛んだ。もう少し反応が遅れていれば、今頃俺の頭部は胴体から離れ宙を舞っていた事だろう。
直ぐ様胴と喉への二連続の突き、脚を殺すつもりだろう下段の薙ぎからの袈裟斬りが左右からほぼ同時に来る。思わずどれかに反応して剣を出してでもいたら、確実に致命の一撃を食らっていた筈だ。連携して獲物を仕留める事に慣れていなければ、ここまで動ける訳は無い。
俺は咄嗟に後ろに飛び退きながら、無詠唱で<突風>を放ち奴らの追撃を避けた。
「ふーっ。散髪するにゃあ、まだ早いんだがね。俺はついこないだ切ってきたばかりなんだよ」
「安心するが良いっ! 貴様はもうすぐ首から上が無くなるのだ。今更髪型を気にする必要なんか無いっ!」
……中には、思ったより冗談の通じる気の良い奴もいるみたいだ。
だが、敵と冗談を言い合って楽しんでいる時間なんか無いのも、また事実。さっさと勝負を決めてしまわなければなるまい。
「すまないが、俺は君達と遊んでばかりもいられないんだ。勝負を急がせて貰うとしよう<影従者>」
俺と寸分変わらぬ影を3つ喚び、それぞれを戦士達にぶつける。最初の攻撃を受け、恐らくこの中で一番強いだろうと思われる奴に向け、俺も影と連携する様に剣を走らせた。
「ぬうっ! 二対一とは卑怯なっ!!」
「阿呆。さっき俺に三対一で向かってきた奴が何をぬかしやがる」
瞬時に俺と影の同時攻撃に対応できるとは、見立通りこいつらはそれなりにやる様だ。剣筋があまりにも素直過ぎる所から、恐らくは……
「それよりその技量、どこぞの騎士様方とお見受けした。御身を名乗られては如何かな? 私は帝国が第四位男爵ドゥーム家が当主、レグナードと申す。生憎、領地の号は持っていないがね」
「くっ。まさか帝国貴族と相対する事になろうとはっ……」
ふむ? まさかこの”騎士様”達はあの馬鹿から、仮想敵の事を教えてもらっていないのか? だとしたら、これは少し不味いかも知れない。
「卿らは”西風王国”のどこの騎士か? と、私はそう問うている。御身の正義を信ずるのであれば、正々堂々お答えを」
如何に奴が侯爵家の三男坊とはいえ、他国の都市で犯罪を犯しているのだ。それを王国直系の騎士達が護衛をしているとなれば、明確な”敵対行為”だ。戦争に発展しても何らおかしくはない。
……まぁ、突き詰めて言ってしまえばあの馬鹿と奴隷商人の関係を立証できれば、それだけで戦争の口実には充分過ぎるものになる訳なのだけれど。あの時押収した書類、全部に眼を通しておけば良かったかな?
この一件が片付いたら必ずやっておこう……保身も兼ねて。太守府に目を付けられでもしたら、その時点で最下層の騎士爵から数えて4番目に位置する第四位男爵なんて木っ端貴族は、簡単に吹っ飛んでしまうのだからね。
「っぐ。っく……」
……答えられない、か。
確かあの馬鹿の家名は……アルバートだっけか? だとすると、メッサーナ平原の魔物掃討で名を挙げた……
「……薔薇騎士団」
「「「っ?!」」」
図星を突かれたのか、全員が一瞬息を止めた。どうやら三人とも嘘を吐くのが苦手な様だ。その態では、屁理屈我が儘放題のあの馬鹿の手綱なんぞ握れる訳も無い。きっと今まで振り回され続けていたのだろうなと、少しだけ憐れんでしまう。
「なるほど。なれば、御身方が斯様な場所で存在なさるのも頷けますな。ですが、よろしいので? このままでは、卿らの主家に泥を塗る結果となりましょうに。あの馬鹿は、この帝国の地で明確な罪を犯している。帝国貴族として私はそれを、断罪せねばならぬのです」
俺は、この場で奴を断罪するつもりで此処に来ている。卿らには申し訳無いが、ここで生き残ってもきっと死よりも辛い結果となるだろう。だからこその忠告。
なのに、彼らからの返答は無い。
「……奴を連れて今すぐ国外へ出ると誓うのなら、追わないでやっても良いぞ」
「ぬっ?! それはっ……」
激しい剣戟は続く。
だが戦いは影に任せ、すでに俺は暗黒剣を腰に佩き戦列から退いている。先程までの三対四ではなく、三対三の状況にして。
うん。良く練られてはいるが、一人を除き彼らの剣の技量は、あの<聖剣>のブリギッテより幾分か劣る様だ。<魔剣二刀>のカサンドラと彼女の二人が本気を出せば、充分に制圧が可能だろう、その程度。
つまりは、彼らなぞ俺の敵ではない。そういうことだ。
ここで斬り捨ててしまうのは簡単。だが、その後を考えると、少しだけ躊躇いがあるのも本音。だから俺は、判断を彼らに委ねてみたのだ。
……まぁ、ここで無駄に時間をかけている様では、ウチの優秀な娘達が先に奴を狩ってしまう可能性もあるのだけれど。さっきの轟音と建物の揺れから察するに、アンの奴相当にヤバい魔法使ってそうだし……
まさか死人なんか出しちゃいねぇよな、うん?
……あ、黒猫の奴そっぽ向きやがった。テメー後で教育的指導だかんな。
「で、どうなさるので? あまり時間は差し上げられませぬが」
彼らの抵抗の意思が揺らいでいるのだろう。それはそうだ。まさか自身の主君の子息が他国で罪を犯し、その国の貴族と事を構える事態になっているなどとは、思ってもみなかったのだから。
そして、己が”戦力差”を理解したのだろう。抵抗した所で勝てる訳も無いと。
「……きっ、貴様の……”賊”如きの言葉なぞ、何も、信用できぬわ、たわけめがっ……! 栄光の”薔薇”の名を冠する我らが騎士団を愚弄するのも、大概に、せよっ」
その力強き言動のわりには、彼の瞳に光は残っていなかった。自らに”正義”は無い。それを悟ったのだろう。
「……そうか。解った」
俺は”影”に命じた。今すぐ彼らの”意識”を、刈り取れ……と。
◇◆◇
「待ったっ! まだ殺すの、無しっ!」
俺が止めなかったらあの馬鹿の命は、今あの場でとうに尽きていただろう。
俺の静止の声が届いたのか、金剛鋼製の突撃槍が、奴の喉元に突き刺さる寸前で止まってくれて、俺は心底ホッとした。
「ちっ。遅かったか……もう少しで女の敵を殺れたっていうのに」
「相変わらずオメーの言動こえーよ!」
てか、ヴィオーラ。てめぇ今舌打ちしやがったな? 後でちょっと俺とOHANASHIしようか。
「うふん、良いわよ。何なら今夜、とっておきの下着を着けて貴方のベッドで待っててあげるわ♡」
「……よぉ、ギリアム。久しぶりだな」
何事か喚いていらっしゃるウチの戦乙女さんを殊更無視して、俺は”標的”と向かい合う。
「くっ。貴様、何故ここに。何故、貴様如き”雑種”が、高貴なる我を害しようとするのだ……?」
「そんなのも解らないっていうのか? お前は俺を怒らせた。充分過ぎる理由だろうが」
あのまま、この”城塞都市”から消えてくれれば……俺はそれで良かった。
クラウディアとレジーナの無残な姿を見せつけられて。
シルヴィアとアンに外道の技である”奴隷紋”を施し、更には”支配の首輪”を嵌めさせてまで俺の命を狙い……
ヴィオーラを”裏の手”の者達を使い命の危機に陥た。
街の冒険者達を<魅了>で支配し嗾け、そのせいでノナが死にかけた。
こいつは何度も何度もウチの”家族”を傷付けたのだ。充分過ぎる理由だろう。
「ふ、ふ、ふざっ、けるなっ! 我は栄光なるメルビル王家の血を賜りしアルバート家に連なる貴人ぞっ! 下賤の貴様の怒りなぞ知るかっ! 我は我故に、我の思うがまま世は動かねばならぬのだぞっ!」
高貴な血を受け継いでいる俺だから、俺の思う通りに世間は動け。それ以外は許さない(意訳)って所か。
……うん。ホント、馬鹿の理屈なんか聞いていられないね。思わず殺したくなっちゃうよ。
「阿呆。ここは”帝国”だ。西風王国での理屈なんか知ったこっちゃねぇんだよ。やはりお前は、ここで死ぬべきだな」
「待ってレグ。だったら、あたしに殺らせて頂戴」
「それならアタシだって殺りたい。クラウディアもそうだよね?」
「……お断りします。こんなのをもう視界に入れたくもありませんし、ましてや同じ空気を吸いたくもありませんわ。ああ、本当に気持ち悪い……」
「はっ、言うじゃねぇか。ま、オレもこいつにゃ色々とやってやりたい所だけれど、他に譲るさ。こんな奴の血を浴びたら、それこそ身体が腐っちまいそうだしな」
「死ぬ方がずっと楽だと思える魔法って、実はいっぱいあるんだ。ボクがフルコースでお見舞いしてあげるよ。このゴミクズに」
奴に対して、皆思う所がある。
当然だ。この馬鹿はウチの娘達に殺されても文句は言えない程の外道を働いたのだから。
「……くそっ。何故だ? 何故、此奴らに我の”技能”が通じないのだっ?!」
ここで一発逆転の芽を狙うならば、確かに彼女達全員を<魅了>せねばならない。だが、残念ながらその芽なんか、この世界の何処にも有りはしないよ。
「無駄です。貴方の<魅了>の魔眼は、私達に絶対通用しませんわ。そのために、私が此処に居るのですから……」
他の精霊を使役している間、”光の精霊”の<偽装>は使えない。今奴の瞳には、アストリッドの真の姿が映っているだろう。
「褐色の森の人、だとぉ……何故、何故この国に……?」
この帝国は、亜人種達が生きるには余りにも過酷な環境だと言える。悲しいかな西風王国と違ってね。
だけれど……
「うふふ。貴方には、私の事なぞ何一つ理解できはしないでしょう。如何にも傲慢な人間種らしい思想をお持ちでいらっしゃる貴方では、ね」
紅玉の瞳が怪しく揺らめき、我が徒党が誇る最強の”精霊使い《エレメンタラー》”は冷たく微笑む。
……良かったな。お前如き外道が最後に見る景色が、こんな美人さんなんてな。
「んじゃ、ここでさよならだ。安心しろ、後でお前の国に送ってやるからよ」
俺は腰に佩いた”暗黒剣”を抜き、奴に向け一閃した。
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