65.ここがあの男のハウスね?
「……見張りがいるな」
「しかも普通に野郎だなぁ……雇ったのか?」
俺達は、あの馬鹿が潜伏しているであろう場所を、情報屋達が特定するまで5日も待たされた。
その間、奴の<魅了>によって唆された冒険者達による襲撃が3回、裏ギルドの構成員共による襲撃が2回あった。
<聖剣>のブリギッテ他4名の襲撃で、奴の”手駒”は、あの時点でほぼ尽きたと思って良いのだろうか? 裏ギルドの方は数は多かったが、明らかに”質”の低い奴らだけで構成されていたので資金面の方でもそろそろ怪しいと見て間違い無いだろう。
冒険者ギルド内では、奴はもう手駒を自由に増やす事はできない。おやっさんの指示により、受け付け孃及び職員全員にあの馬鹿本人と、”離党”した冒険者連中の出入りを全て記録、警戒されているからだ。
街中の酒場やら食堂ではまだその限りでは無いだろうが、奴の”噂”はとうに冒険者連中の間でも広がりつつある。奴の直接の接触は、当然避けられている筈だ。
漸く、奴の尻に火が付いたのだ。
……というか奴の場合は、勝手に踊って勝手に自滅しかけているだけなのだが……
「ちょっと様子を見てみるね……<使い魔創成術>」
<使い魔創成術>によって生み出した二匹の黒猫を、アンは建物の方へと差し向けた。あの使い魔達とアンの感覚は常に”同調”している。対象に怪しまれず全てを視る事ができるのは、とても大きなアドバンテージだろう。
「……ていうかさ、わんこがいないんだけれど……ってツッコミは、無粋なのかな?」
「今更ではありませんか? アンですし……」
そだね。クラウディアの言う通りだと思うんだ。
『だって、アンだし……』
我が徒党内で、この合い言葉は最強。うん。本当にさ。
「わんわんはモフる時間が惜しいので、今回出さなかっただけだよー」
「後で絶対モフらせてよ。あたし大きい犬を希望するわっ!」
あ、ヴィオーラがちょっと壊れた。まぁ、今から緊張し過ぎるのもどうかと思うし、大目に見ておいてやるとしよう。
「<使い魔創成術>で作られた動物の中身が、ほぼほぼアン本人だという事を、彼女に黙っていてもよろしいのですか、レグナード?」
「……”知らない”という事は、とても幸せな事なんだよ。アストリッド」
全てが終わった後で、ヴィオーラがモフるのは犬の形をしたアン。でも、それを本人が一切知る事が無ければ、大型犬を思うがまま存分にモフる満足感に彼女は浸っていられるのだ。無理に彼女に教えてやったところで誰も幸せにはなれないのだから、その必要は無いんじゃないかなって話だよ。
「……見張りは3人。中は、結構いる臭い……多分、20……くらい、かな?」
”使い魔”を斥候に出すメリットというのは、魔導士系職業の者以外には絶対怪しまれないだけでなく、使役者本人の”魔術の眼”がそのまま使用できる点だ。今は<熱感知視>辺りを使ったのだろうか?
「何処かに侵入できる口はあるかい?」
「ちょっと待ってね……小窓があった。一匹入れる。もう一匹は、裏口があるかどうか調べるね」
俺の<影従者>にも当て嵌まる事なのだけれど、使い魔を同時に複数”同調”させるのは至難の業だ。日常的に思考を分ける事に慣れていないと、維持するだけでも困難な程に。その点、アンは複数の魔術を同時に多重展開できる程のハイレベルな”分割思考”が可能だ。この程度は訳も無い。
「てーか、オレの”仕事”、完全にアンの奴に持ってかれちまってンなぁ……」
「「「「……だって、アンだし……?」」」」
同時に吹く4人と、苦笑いのシルヴィア。
……うん。こういう雰囲気、何か良いな。
一応、これから斬った張ったの大立ち回りをやらなきゃならないのだけれど、この際眼を瞑るとしよう。
「ダメ野郎、もしかしてボク、皆から馬鹿にされてたり……する?」
「違う違う。君はちゃんと皆から頼りにされているよ。当然、俺にもね」
アンの頭をグシグシと荒っぽく撫でながら、俺は何とか誤魔化した。ヤっべ。もうちょっとで『諦めろ』って言いそうになったのは、本人には内緒にしておこう。
「……裏口みっけ。人が通れるサイズの出入り口は、此処と表の二つだけくさい。それと中の人数だけど、18人。”標的”もいるよー」
「うん。ここまではメリッサからの情報通りだね。地下とかの仕掛けがあったりしたらアウトだけれど、そこはもう突入してみないと解らない……か」
この倉庫街は、”城塞都市”の中でも、かなり古くから在る場所だ。今は失伝してしまった下水道に建物の入り口が繋がっていたのだとしても、何の不思議も無い。現に、あの奴隷商人達が居たアジトには、しっかりとその道があったのだから。
◇◆◇
突入する前に、俺は徒党戦力を二つに分けた。
表からはアストリッド、アン、ヴィオーラ、クラウディア、シルヴィア、レジーナの6人。裏口側が俺だ。
突入の合図は、アンが使い魔を通して行う。こういう時、本当に便利だなこれ。俺も後で覚えようかな……
奴の<魅了>対策は、”魅了の精霊”が関与するならと、アストリッドにお願いする事にした。<対魔結界>と同様、精神汚染を一度だけ確実に防ぐ加護が、精霊魔術には在るのだそうだ。
使い魔を使った<拡大睡眠術>で一斉にふん縛ろうぜという作戦を、俺はアンに提案してみたのだが……
『クソ外道の言う通りできない事はないけれど、にゃんこ達の元の能力が猫に毛が生えた程度(?)だから、たぶんそれ効かない』
との事なので、やはり楽なんか出来ず斬った張ったの殺陣をやらねばならないらしい。ああ糞、本当に面倒臭い。
でも、冷静になって考えてみたら、一見普通の猫が魔法を使ってくるってだけでも使い魔ってのは充分破格な性能なのだろうけれど。
肩に乗った黒猫が、俺の頬を舐めてくる。ザリザリと猫特有の舌の感触が少しこそばゆい。
「……おいコラやめろ」
こんな局面でふざけてもらっちゃ困るのだが。
俺は黒猫のヒゲを軽く引っ張った。本当は力一杯引っこ抜いてやりたい気分だったけれど、ここでアンに大声を挙げられて失敗してもつまらない。教育的指導だけに留めた。
……本当に、アンはもう……
彼女には、もう少しだけ……本当にもう少しだけ、緊張感が欲しい。
長い事やってきた俺だって、未だに敵地へ突入する時には、どうしても”覚悟”を決める時間が要るというのに。
大物なのか、愚鈍なのか……
彼女のことを、俺は未だに測りきれてはいないのだ。
というか……それはきっと、徒党の面子全員にも言える事なのかも知れないのだけれど。
……面倒だから、考えるのは後にしてしまおう。
どうせ、今からもっと色々と考えなきゃならない事態になるのは、もうすでに確定しているのだから……さ?
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