63.我を通したいなら、力を持て。俺が言えるのはそれだけだ。
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”争い”とは、互いに”殺す”、”殺される”。その覚悟があって初めて成立する”行い”……”業”なのだと、俺は個人的に思っている。
……で、あるならば。
今まで俺が取ってきた行動は、他人に指摘されるまでもなく矛盾だらけだろう。
不寝番の家政婦達を、散々死地に追いやっておきながら。
結果、その中の一人が少し死にかけただけだというのに、一人勝手に激しく動揺し。
侵入者の言動が許せなかったからと、抵抗できない状態にした上で、その心が折れるまで何度も危害を加えた。
……うん。どう考えても外道の所行だ。
ブリギッテの言う通り、俺は復讐をされても文句なんか言えやしない。きっとそんな立派な立場なのだろう。
「……セバス。彼女の拘束、解いてやってくれ」
「はっ。畏まりてございます」
「ちょっ……レグ、あんた何考えてんのよ?」
ならば、俺は彼女の”復讐”を受け入れよう。
「アストリッド。<魅了>は、解除できているんだよね?」
「……はい。すでに」
だけれど、俺はただやられてなんかやんない。
「ブリギッテ。俺が憎いというのなら、君の”復讐”とやらを受け入れてやるさ。今から”勝負”をしよう。俺を殺すつもりで来るが良い」
だから、ここからはお互い対等の”勝負”だ。
「ノナ。彼女に武器を返してあげて」
流石黄金目前とまで目された冒険者の装備だ。聖属性の剣とは……ね。この魔力の輝きならば、確かに彼女の二つ名の由来になってもおかしくはない。それほどの”加護”を秘めているのが一目で分かる強力な”神造武具”だ。
「……礼は、言わないからね」
「そんな必要なんか無いさ。これからどちらかが”死ぬ”。ただそれだけなのだから」
考えてみたら、カサンドラとは何度も模擬戦を繰り返してきた仲だが、彼女と戦るのは、これが初めてなんだよな……それが互いの生死を賭けた戦いになるとは。何とも皮肉な話でしかないのだけれど。
「皆、これから一切の手出しは無用。もし万が一、俺がこの戦いによって死んだとしても、彼女へ危害を加える事は、これを固く禁ずる。破るとしたら、それはドゥーム男爵家当主たる俺の誇りを穢す行為だと知れ。良いな?」
俺の言葉に、家宰と家政婦達は一礼し、徒党の皆は、一様に不満げに首を横に振った。何でだよ、納得しろよ。
「さ、ブリギッテ。始めようか」
俺は腰に佩いた魔剣を抜く事なく彼女と向き合った。俺の見立では、魔剣の”加護”無しで漸く彼女と”戦力的”に何とか勝負になる位だろうか? ならば丁度良いハンデと言えるだろう。
「……抜かないのか? その”暗黒剣”を」
「俺はドケチなのさ。”聖剣”相手に、もし刃毀れでもしたら嫌だから、ね?」
聖属性と闇属性は相剋の関係に在る。
当然、”属性剣”もその関係に当て嵌まる訳なのだけれど、その優劣は、武器の持つ”格”が全てになる。俺の”魔剣”の格は上から二番目の神話級。早々負ける事は無いだろうが、抜かない口実にするのには、これが丁度良いのだ。まぁ、俺がケチなのは本当なのだけれど。
◇◆◇
聖剣の輝きが、夜の闇を照らす。
目映き聖なる光は、俺の暗黒闘気を文字通り斬り裂いた。
「流石。噂通りの性能だ。俺の暗黒闘気をものともしないか」
彼女の持つ聖剣の光に触れるだけで、俺の闘気剣はまるで薄紙の如く千々に霧散してしまい、形を保つ事ができない。ここまで来ると、ただの相性の問題ではないな。聖剣の凄まじい”性能”のお陰だろう。
「抜け、暗黒剣をっ! 今のお前に勝っても、私は嬉しくなんかない」
「やなこった。だったら、実力で抜かせてみなっ!」
そして、これは<呪歌>の影響のせいだろうか、異様に身体が重く、頭で描いた通りに動いてくれない。
耳を持つ者全ては抵抗不可で、効果は必中。噂通りの”性能”に、歌手の技能が心底欲しくなってくる。何故これ程の技術が失伝しかかっているのか、本当に不思議でならない。
「ふっ……がっ」
大振りの横薙ぎに合わせ、彼女の足下を蹴り払って転ばせる。
「ひゅっ……あっ。うぐっ」
突きを避け、引き腕を取って逆関節を極めつつ投げ落とす。
俺がちょっと視線で誘導してやるだけで、彼女は勝手に踊る。この態では、朝まで戦ったとしても俺に掠り傷一つも負わせる事なんかできない。
カサンドラと比べると、やはり彼女の剣技は拙い。呪歌の性能と、聖剣の加護に頼り切った戦い方では、これ以上の成長はもう見込めないだろう。
もし仮に、カサンドラが”剣舞踏士”の職と号を得たとしたら、後はもう差が開く一方だ。
「……まだやるかい? ここまでで、すでに君は軽く10回は死んでいる訳なのだが」
俺は彼女へ攻撃すると同時に回復術をかけている。手加減をした上で。だ。
これに全く気付けない様では、もう冒険者自体”引退”した方が良いだろう……
そう。俺はカサンドラ同様、ブリギッテの心も折るつもりでいるのだ。
「うっ、うっ……くそっ、くそっ、くそぉっ!」
半泣きになりながらも、ブリギッテは俺に向けて我武者羅に聖剣を振り回してくる。もうそこに”技”なんか無い。ただの駄々っ子のそれでしかなかった。
俺は呼吸を合わせて剣の持ち手を取り、聖剣を奪いつつそのまま彼女を投げ飛ばした。東の果てにある国の技で、確か”無刀取り”というもの……らしい。
背中から落ちた彼女は、泣きじゃくるだけでもう立ち上がる事は無かった。
「~~っ。殺せ……殺して、くれぇ……」
心が折れたのだろう。完全に。
俺が、折ったのだ。
「嫌だね。今度は二人がかりで来い。いつでも相手になってやる」
……そんな気力が二人に残っているのかは、俺には解らないけれど。
できれば、またギルドの鍛錬場で模擬戦を挑んでくれたらな、ってさ。
……ただの”偽善”と笑うが良いさ。俺にできる”贖罪”なんて、きっとこの程度でしかないのだから。
『どうして貴方は、彼女の願い通りに、殺して差し上げないのですか?』
テトラの冷たく鋭く刺さる瞳が、まるでそう言っている様に俺には思えた。
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