61.引かないでくれよ。これ必要な事なんだからさぁ。うん。嘘じゃないから(早口で)
人気の少ない路地へと素早く入る。
誘導するコツは”直前まで振りを見せない”事。
相手の呼吸を外し、不意を付いていくのは、対人戦において重要な”攻撃”なのである。
「皆、合図があるまで絶対に動いちゃダメだよ。いいね?」
全員が頷いたのを確認して、俺は<幻影術>をかける。これで俺達の姿は街の風景に埋没し、誰にも認識できないだろう。最初から”魔術の眼”でもって、疑ってかからない限りは。
ほら。おいでなすった。
俺達を見失わない様にと慌てて路地に飛び込んできたのは、身形からして如何にもその手の人間らしい男達だ。数は3……ちっ、一人足りないな。どうやら少しはまともな頭をした”頭”が背景にはいるらしい。
この際もう仕方が無い。残りの一人には、俺達の事をしっかりと報告させてやるか。”尾行している事がバレバレでした”……と。
「今だっ!」
背後からの不意討ちが綺麗に決まり、相手に一切の抵抗をさせない内に”制圧”が完了した。
ヴィオーラ、クラウディア、レジーナの各々が一人ずつ取り押さえる事に成功し、俺が影の鎖で男達を拘束した。
「くそっ。テメーら何処から……」
仮にも本職なら、尾行する相手の情報はちゃんと頭の片隅にでも入れておけ。俺は魔法の大半が使えるんだよ。
残りの一人は……うん、気配が消えたし逃げた様だな。増援が来ない内に、さっさと用事を済ませて帰るとしようか。
「さて。まず君達には黙秘権なんか無いよ。ずっと黙っているなら痛い目をみて貰うし、嘘を言ってもすぐバレるので当然痛い目をみる事になるだろう。それと……うん、君達みたいな人間なら恐らくやらないとは思うけれど、舌を噛むのも毒を飲むのも、俺は元回復術士だし、絶対に治すから無駄に痛くて苦しい思いをするだけになるので、そこは諦めてくれ」
尋問するに当たって、優しい俺は男達に”前口上”をしてあげた。無駄に痛い思いをするだけ可哀想だからさっさと吐いて楽になっちまえ、と。正直、拷問ってのは気が進まないのだけれど、必要であれば俺はやる。ホントもうさ、全部が面倒臭いんだ。
「「「……は?」」」」
ああ。あまりに面倒臭過ぎて、ちょっと早口で捲し立ててしまった感じになっちゃったけれど、まぁいいや。どうせこいつらすぐには喋らないだろうし……ってーか、後ろの三人がドン引きしているのが、背中越しに感じる視線からも痛い程に解るんだよね……おおう。俺は全然悪く無いんだからね、ホントだよ?
<嘘吐き遊戯>という魔術を男達にかける。
これは【暁】が誇る天才魔導士のアンが独自に”開発”した魔術だ。対象が術者の質問に対し嘘を吐いたり一定時間黙っていたりすると、術者が満足する回答を得るその時まで鋭い痛みが全身を走り続け苦しむという極悪非道なるものだ。
ちなみにどういう理屈によってこの”術式”が成立しているのかまでは、一切知りたいと思わないし理解しようとも思っていない。天才の頭の中なんて、理解できる訳も無いのだから、それで良いんじゃないかな? あるなら”使う”ってだけでさ。
「……それじゃあ、まず君達の”雇い主”のお名前から、教えてくれないかなぁ?」
できるものならば”家族”には嫌われたくはないんだけれどなぁ……
その一心だけで、俺は無理矢理に笑顔を貼り付け男達の”尋問”を開始した。
◇◆◇
「……てな訳で、あの馬鹿の情報とかくれないかな? メリッサ」
「うへぇ。”裏ギルド”相手に、あんた何やらかしてくれてンだよ。あちしだって、命が惜しいんだけどさぁ?」
俺達を尾行していた奴は、予想していた通りあの馬鹿の依頼で動いていたらしい”裏ギルド”の構成員だった。
ただ、あいつらはあまりに下っ端過ぎて、”依頼主”の名まで知らされていなかった訳だけれど。まぁ、徒党【暁】と、ドゥーム男爵の動向を見張る意味のある奴なんかはあの馬鹿しか居ないのも周知の事実だろう。
あの奴隷商人が持っていた帳簿とかも全部押さえているので、城塞都市のお偉いさん方の中で特に後ろ暗い人達は、きっと今頃戦々恐々としているだろうけれど、そこの”犯人”までは、流石に彼らもまだ知り得てはいないだろうから除外する……大丈夫、だよね? うん、多分大丈夫な筈。恐らく、まだ……
「何言ってんだ。君達は元々”裏ギルド”とは仲が悪いんだから、最初から問題なんて無いだろうに」
「大アリだってば。こっちは”零細”、向こうは”大手”。本気でやり合ったら、簡単に磨り潰されちまうよ」
まぁ、確かに彼女達の”組織”は地域密着型に対して、向こうは国家間を股に掛け手広くやっているのだから、その通りなのかも知れない。だが、”地域密着型”だからこその強みが、今の俺には必要なのだ。
「……まぁ、あんたにゃいつもお世話になってっから、良いけど、さぁ……?」
「解ってる、報酬は弾むから」
奴が裏ギルドへ”依頼”した内容はこうだ。
『誰でも良いから、ドゥーム男爵邸から出てきた人間を攫ってこい』
……なんと言うか、非常に”解り易い”。涙が出る程に。
自身が<魅了>した冒険者達を嗾けているのも、まさかこれのためだったりするのか? もしそうだとするのなら、努力する方向を完全に間違っているとしか……
まぁ、馬鹿の心理なんか、これっぽっちも解らないし、最初から解りたくもない。ただただ”面倒臭い”。もうホントそれだけ。
手っ取り早くあの馬鹿の潜伏先を割り出しぶちのめす。そのつもりで、俺は情報屋へ相談しに来たのだ。
「職人街の倉庫に空き家が何軒かあるんだけれど、頻繁にそいつと冒険者達が出入りしてるって話はある……ってーか、そいつって一応は結構なお貴族様なんだろ? ちゃんと金出して借りりゃ良いじゃんって、あちしは思うんだけどなぁ……?」
「無駄遣いでもし過ぎたんじゃないかな?」
奴の収入源は、基本馬鹿親のくれるお小遣いだけだ。ギルドで仕事を得て働くなんて殊勝な心掛けは、奴の精神世界において端から持ち合わせてなんかはいないだろう。もし仮にそれが少しでも奴の中にあれば、俺に”寄生”なんかしなかっただろうし、そもそも今の状態になんてなっていないだろう。
クラウディア達が奴の<魅了>に侵されていた間、俺がきちんと”分配”していた報酬の大半を、奴に吸われていたらしい。自身の装備の更新ができないレベルで。
今思えば、壁役である筈のレジーナがずっと青銅製のハーププレートなんかを使用していた時点でおかしい事に気付けって話だったのだが……党主として、ここは素直に反省せねばなるまい。
「もしかして、なんだけどさ、有力な冒険者を引き抜いたのも、それ目的の意味が多少なりとも含まれていたりして?」
「うわぁ、それってただのヒモじゃないの。サイテー」
「ですです。あの人は、本当に”サイテー”なんです」
きっと他人の悪口程、盛り上がる話題は他に無いのかも知れない。先程まで大人しくしていたウチの三人娘共が、共通の話題を得て急に盛り上がり出した。臭い。キモい。死ねば良いのに。etc.……男にとって胸にぐさりと突き刺さる様々なNGワードが飛び交い、その流れ弾によって俺は徹底的に打ちのめされた。
「……旦那。あんたン徒党ってさ、何かスッゲ楽しそうだね……」
「……何なら入るかい、メリッサ? 今なら無料体験コースがあるぜ」
彼女にからかわれているのは、俺だってとうに承知している。こちらもちゃんと軽口で応じてやらなければ、瀕死のダメージを受けている事がバレてしまうので内心必死だ。
「ていうかさ、レグ。あなたもしかしてまた女を徒党に入れるつもりなの?」
どうやら、ヴィオーラの言葉が完全にトドメになった様だ。心がぽっきりと折れる音を、俺は今、生まれて初めて聞いたかも知れない。
がっくりと膝から崩れ落ちる。泣きたい。ってーか、泣かせて。本当に……さぁ……
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