59.捕虜への拷問は国際条約で禁じられています。はい、これ試験に出ますよー?
突き詰めて言ってしまえば、影技なんてモノは”初見殺し”の技術だ。
闇に潜み、闇に生きる者達が今まで磨き上げて来た技術の粋なのだから、それも当然と言えるだろう。そもそもその初見で、終わるのだから。
ノナの傷は、右肩から横腹にかけ真っ直ぐに斬り降ろされたもので、完全に見切られていただろう事が窺える見事なものだった……今も辛うじて息がある事が不思議に思える程に。
対象が即死していなければ、俺は絶対に治す。
ましてや、ノナは”家族”として我が家に迎え入れた者の一人なのだから。
「……クラウディアはまだかっ?」
まずは太い血管から繋ぎ、同時に内腑を再生させる。如何に回復術に魔力を込めようが、所詮は下級職の術系統だ。失った血までは取り戻せないところが本当にもどかしい。
……このままでは、血が足りない。
今にも消えそうになっているノナの命の灯火が……生命力が消えかかっている。俺の回復術の効きが、目に見えて弱くなってきているからだ。
回復術は対象者の生命力を魔力により活性化させる事で、術者の望む状況へと導く”現象”にすぎない。元々の生命力が無ければ、そこにどれだけ魔力を込めようとも、意味はあまり無い。
……あの時と同じだ。
次兄アルベルトを失ったあの時と……
弱い毒をそれとは知らずに盛られ続け、最後は裏切り者達相手に、まともな抵抗もできず死にかけたあの時と……
俺は辛うじて命を繋ぎ止める事ができたけれど、アルベルトは間に合わなかった……二人で流した大量の血の海の中で冷たくなった次兄を抱え、ただ泣き叫んだあの時と。
「嫌だっ! 俺はもう誰も失いたくはないんだっ!」
一人焦って無駄に魔力を垂れ流す俺を哀れむかの様なテトラの冷たい視線が真っ直ぐに刺さる。
あの時、彼女達三人はアストリッドに向けてこう言った。
『ワタシ達は、ただの”人形”。主の命令に従うだけの、ただの人形にございます』
……そんな人形が壊れただけだ。何を焦る必要があるというのだ?
そう言われている様な、何とも不快な視線だった。
「お待たせしました、レグナードさんっ」
「遅いぞっ、<増血術>だ。急げっ!」
「はいっ!」
こんな真夜中に叩き起こし無理矢理呼びつけた癖に、遅いなどと叱りつけてしまって本当に申し訳無いね、クラウディア。後でこの埋め合わせをするから、どうか赦して欲しい。
クラウディアの祈りを”大地母神”が聞き入れて下さったのだろう。ノナの肌は彼女が手を翳した部分から徐々に赤味がさし、少しずつ呼吸が安定してきたのだ。
「……よし、よしっ。助かるぞ。良かったな、ノナっ」
俺の思い描いた通りに”縫合”されていく傷口を見て、俺はノナの快癒を確信すると同時に、何故か急に視界がボヤけていくのを自覚してしまった。
くそっ。”家族”の前で、また俺は……
「ふふっ。よろしいではないですか、レグナードさん。貴方のその涙こそが、わたくし達の力の源になっているのですから」
いや、そうは言うけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ、クラウディア。
「ぼっちゃ……いえいえ、お館様。このヘキサが汗を拭いて差し上げマスからね」
「……てめぇ、こらヘキサ。主人をからかうンじゃねーぞ」
やっぱりこいつらの坊ちゃん呼びは態とだったか。決めた。絶対後でシメる。
そんな俺達の事を、テトラはずっと人形の様に冷めた眼で見ていた。
◇◆◇
ノナの治療を済ませた後に知ったのだが、今回侵入者達の”対処”をした不寝番家政婦達は、皆傷を負っていた。
それだけ侵入者達の技量が良かったのだろうが、今後の事を考えると頭が痛くなってくる。最低元黒鉄鋼級以上で固めた筈の彼女達だけでは不足となると、何かしら別の備えも必要になる。
「……こうなったら、グスタフとエディタに頼るしかないかな……?」
それこそ家政婦の全員に聖銀以上の装備を配備してやろうか。少なくとも黒鉄鋼程度の装備なら彼女達の持つ魔力量で容易に弾く事ができるだろうし。
「どこの貴族様と喧嘩なさるんですか? ってお話になりそうなのですけれど……」
いや、だけどクラウディアさ? 現状もうそんな話を超えているレベルだよ。だって……
「まさか、全員が銀級とか。あの馬鹿は、どれだけの上位徒党に迷惑かけてんだ」
しかもその侵入者達の全員が、正に黄金級目前とまで評される猛者ばかりときた。奴の嫌がらせの本気度が窺える様でますます嫌ンなってくる。
今回は純粋にウチの”数の勝利”でしかなかった事が、本当に良く解る顔ぶれだった。
「ああ。確かに君の技量なら、ウチの家政婦達を傷付けたのも素直に納得できるよ、<魔剣二刀>のカサンドラ」
城塞都市に棲む冒険者達の中でも”剣舞踏士に最も近い者”と称される女傑こそが彼女だ。過去に何度か手合わせを請われ、更には手加減をしていたとはいえ”影技”を幾つか見せてやったのも、今思えば相当不味かったな。
そりゃあ、ノナが不覚を取る訳だ。彼女は”影技”を身体で覚えているのだから。
「くっ。あの人のために貴様を殺らねばならぬというのに、私は」
「は?」
彼女のその言葉を聞いて、何だか急に全てがアホらしくなってしまった。
はぁ……解っていた事だが、あの馬鹿の<魅了>はちょっと痛い目をみた程度じゃ全然解けない様だ……ああ、本当に面倒臭い。
”影技”にも満たない、ただの暗黒闘気で、カサンドラの右肩から腹までを一気に斬り裂く。ちゃんと技能で凝縮していない闘気剣ではほぼなまくらに等しい。業物による斬撃と比べ、受ける痛みは倍以上だろう。
「がっ……ふっ」
すぐさま回復術をかけ、彼女の傷が完治したのを確認した後、俺はもう一度同じ様に斬った。
「レグナードさんっ、そんな事をしてはダメですっ!」
「大丈夫だよ、クラウディア。すぐに治療してやってるんだから、死にはしないさ……というか、絶対に死なしてなんかやんない」
ノナが味わった痛みを、少しでも思い知れ。
お前に、死なんて”救い”を絶対に与えてやるものか。
仮にも黄金目前の技量を持った冒険者が、あんな馬鹿如きの精神支配なんかに屈するんじゃねーよ。クソが。
クラウディアに泣かれてしまうその瞬間まで、俺は命乞い始めた彼女を無視して何度も何度も斬り刻み続けた。
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