58.卑怯者。それが褒め言葉になる奴を相手にするのって、本当に面倒臭いんだ。
「で。どーすンだよ、おやっさん?」
「どーするもこーするもねぇだろうがよぉ、レグ」
あの夜捕らえた”侵入者”達をアストリッドが調べた結果、全員が”魅了の精霊”の影響下にあった事が判明した。
それが”魔眼”によるものなのか、魔導具によるものなのか……そこまでは解らなかったが、あの馬鹿がその手の”精神支配”の能力を利用している事だけは確定した訳だ。
幸い、アストリッド曰く『そこまで強度は高くない』との事で、その場で全員を解呪する事はできたのだが、問題は未だ残ったままだったりもする。
「あの四人、どうするんだ? 彼女達を護る”法”は無いんだぞ?」
まず挙げられる問題がこれだ。彼女達を守る法の一切が無い点である。
「ウチは不問にするつもりだ。後はもうお前さんの”配慮”に任せるしかねぇな、レグ。彼女達は被害者でしかないんだぜ?」
そう。彼女達は”貴族の屋敷に不法侵入した”のだ。目的が盗みであれ、誰かの殺人であれ、当然罪に問われなければならない訳なのだが、ここで法の問題が横たわる。他人の精神支配した者をどう罪に問うか? だ。
<魅了>によって、その意思をねじ曲げられてしまっていたとはいえ、彼女達には”実行犯”としての罪がある訳だが、これはおやっさんの言う”配慮”で、帳消しにする事は勿論可能だ。
ここで奴の”嫌がらせ”の意味が出て来る。
まず、もし仮に彼女達を罰しても、その累が奴に絶対に行く事はない点。奴の<魅了>を立証する術が無い以上、これはもうどう為様も無い。彼女達の”証言”だけでは、奴を裁く一切の法が無いのだ。これが”法の”問題。奴をこの一件では絶対に裁けない以上、当然、被害者たる彼女達を罪に問う訳にはいかない。
まぁ、今回はウチの不寝番家政婦達が優秀過ぎたお陰で何の実害も無かったし”配慮”をするのも俺は全然構わない訳だが。
もしあの夜”家族”の誰かが傷付けられでもしたら、俺はあの四人を殺していたかも知れないし、半殺しにして官憲に突き出したかも知れない。
そうなったら、銀級で二つ名を得る程の技量を持つ二人を擁していた徒党【昴】にも、支援職で黒鉄鋼級なんて高い評価を持つ”水先案内人”を喪う【木星】にも、弓系職にとって最高の栄誉とも言える称号”狙撃手”を得た党主が復帰しない【銀河】にも、俺は恨まれる結果になる。
それこそが奴の狙いなのだと思う。人の心を折る一番の手は、その人にとって大事な人、もしくは大事にしている持ち物を攻撃する事だ。それが成れば万々歳。仮に実行犯が捕縛されたとしても、自身が傷付く事は一切無く、また実行犯の処遇を誤れば、冒険者ギルドでの俺の立場は完全に失墜する。馬鹿の癖にこういう悪知恵だけは働きやがる所が、腹が立つくらいにとことん”貴族様”だよ、本当に。
次に、もし何らかの事情により魅了が解け”作戦”に失敗したとしても、彼女達の記憶は残っている点だ。罪の意識に囚われたまま今後を生きるという罪悪感。これはよりまともな神経を持つ者ほど堪えるだろう。そして全ての事情を知る俺にも、これは精神的に重くのし掛かってくる。これは奴の性格の悪さが露骨に滲み出ている結果だとも言えようか。
そして、奴が”引き抜いた”冒険者はまだ沢山いるという点。今後も同じ様な”嫌がらせ”が続くのかと思うと、心底うんざりしてくる。しつこいくらいに繰り返すってのも、人の心を折るにはとても有効な手段だ。
「……ああ、本当に嫌ンなってくるなぁ……」
「またえらく面倒臭い奴に怨まれちまったよなぁ、レグ。同情するわ」
クソ。ハゲ親父の同情なんか要らねーよ。
「ってーか、今回はおやっさん達のせいでもあるんだかんな? どうすんだよ、城塞都市の上位徒党の殆どで欠員出しちまってんじゃねーか」
予兆はあった筈なのだ。上位徒党の”主力”が抜けるなんて”事件”は、早々起こり得ないのだから。これはギルドの管理の在り方に問題があったと言わざるを得ない。
「……お前ぇさんは相変わらず痛い所を突きやがるなぁ。それに関しては、俺も反省せにゃならん」
皮脂でテカる頭頂部をぺちぺちと掌で叩きながら、おやっさんは力無く笑った。
「そういや、おやっさん。少し痩せたか?」
「そりゃあな。今、ウチのギルドはまともに機能してねぇんだ。食い詰めた馬鹿共が変な事しない内に…な?」
あの馬鹿が馬鹿をやらかしたせいで、ギルドは多くの冒険者達からの信用を失った。
その結果、多くの”その日暮らし”の冒険者達は、その日の収入を失う事になってしまったのだ。
失った信用を取り戻すのには、並大抵の努力では難しいだろう。ましてや、徒党運営にとって一番大事な”人材確保”の管理において、ギルドはその信用を失ってしまったのだから。
「……ドゥーム男爵家の見解はこうだ。昨晩、我がドゥーム家において、4人の優秀な冒険者達を招き歓待した……これで良いかい、おやっさん?」
「すまねぇな、レグ……」
縦にも横にも無駄に圧力があったあの”筋肉ダルマ”が、一回り小さく見えてしまった事に、俺は言い様の無い寂しさを感じた。
◇◆◇
「あるj……いえ、ぼっt……いえいえ、おっ、お館様」
「ヘキサ、君もか。敬称は統一してくれ、ホント頼むから……」
金髪の元暗殺者、現家政婦のヘキサが例によって音も無く俺の後ろに立っていた。
いくら気配で分かるとはいえ、正直これは気分の良いものではない。思わず『俺の後ろに立つな』って斬り捨てそうになってしまうよ、マジで。いや、俺だって、そんな殺伐とした家にしたくはないのだけれどさぁ。
「邸内に侵入者4名あり。テトラ筆頭、不寝番家政婦達の手でこれら全て捕縛したしました。ご指示を」
……ああ、また来た……
どうやらあの馬鹿は、弾が尽きるまでこの”嫌がらせ”をやってくるつもりらしい。
「はぁ、了解。で、それで全部なのかい?」
「昨晩と同様、監視の眼は現在も尚続いておりマス。ですが……」
……今回も嫌がらせだけで、本命は、まだ……かな?
本当に”嫌がらせ”目的だけなのか、正直奴の意図が解らない。何度かこれを繰り返し慣れた頃に別の”攻撃”だって充分に考えられるのだ。というか、俺が奴の立場だったら、絶対にそれだけで済ましはしないし。
「じゃあ昨日と同じ様に、そいつらは玄関ホールかな?」
「はい。ですが、一つ。ノナが不覚を取りました」
「……なんだと?」
考えるまでもなく、人が得物を持って争うのだから、傷付く事もあれば、当然、死ぬ事だって起こり得るのは道理だ。なのに、何故俺はここまで動揺しているのか……一瞬、彼女の言っている意味が全然理解できなかったのだ。
「現在、その治療を行える”家人”は邸内におりません。それも含めましてお館様、ご指示を」
”同僚”がやられたというのに、この娘はそれがどうしたと言わんばかりに、鉄面皮のままただ淡々と事実だけを俺に報告してきた。
「……解った。まずはノナだ。クラウディアをそこに連れてこさせろ、侵入者の件は後回しだっ!」
「畏まりました、お館様」
そこでも表情も声色も一切変わらないヘキサに対し、俺は腹が立ってしまった。
……今まで彼女達は、そう生きる様に、あの奴隷商人の手によって育てられてきただけだというのに。それを俺は知っていた筈だというのに。
この奇妙で理不尽なだけの苛立ちを、ヘキサにぶつけずに済んで良かった。
……そう思い込む事で、この沸き上がり続け燃え盛る様な怒りを無理矢理にでも腹の底へと鎮めてしまおう。俺はそう努める事にしたのだった。
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