57.お金大事。貯金大事。収入と支出のバランスを考えて無理のない運用を。
「……ってな訳で、今後街にはなるだけ出ない様に。やむを得ず出なくてはならない用事が出来てしまったのなら、俺に必ず相談な? 特にヴィオーラ。次は無いから気を付けてくれよ?」
「うっ……分かってるわよ……」
あの馬鹿がしでかした”引き抜き”騒動による影響は、ギルド内で深刻な問題を引き起こしていた。
所属徒党からの自由意思による脱退は、冒険者の持つ基本的な”権利”だ。建前上、これを止める事は誰にもできない。例え所属する党主であっても、だ。
それを”処理”した筈の人間がその事を覚えていなくとも、書面で”離党”したという履歴が残ってしまっている以上、徒党からは離脱した”事実”が、すでに成立しているのだ。そして、離党してすぐ次の徒党に”移籍”したという事実も。
党主の預かり知らぬ所で全てが”処理”されてしまっている以上、異議・不服申し立てをする事は一応は可能なのだが、そこで”建前上の権利”が邪魔をしてくる。
ギルド員が”処理”した事を覚えていないというのもかなり問題ではあるが、例えその書類に不備が見つかったとしても、本人の”自由意思による離党の成立”までは、すでに確定しているからだ。
これによって、主力に抜けられた徒党は思う様に身動きが取れなくなり、党主への確認もせず、また”処理”した事実を認めないギルドへの不信感は、被害を受けなかった徒党にも及んだ。
そのため城塞都市の冒険者ギルドは、現在空転している状態に陥っているのだ。
「彼らは今、依頼を請けたくても受けられない状況だ。有力徒党の崩壊を引き起こしたギルドの対応、それへの不信があるからね。そうなると”野良”……怪しい直接依頼であっても簡単に請ける可能性は充分に考えられる。彼らだって、食っていかねばならないからね」
「”貯蓄”なんて文字、あの人達の辞書には絶対に無さそうだもんねぇ……」
「そもそも辞書自体、お持ちにならないのではないでしょうか?」
「はっ。二人とも酷ぇなぁ」
レジーナ、クラウディアが彼らの事を腐し、シルヴィアが笑う。まぁ、彼らに対しての世間一般の評価はその通りなのだろうけれど。
「つまりは、クソ野郎? ボクらの敵は、回りの冒険者全部ってこと?」
「それも”想定”しておかなきゃならないって事さ、アン。例え顔見知りであっても、信用はできないかもね」
まさか俺達を”売る”様な馬鹿は知り合いの中に居ない。そうは思いたいが、自身の生活が掛かっていたら、さてどうだろう? ……と、なりそうな面々も、正直言うと脳裏に過ぎったりもして……
ああ、未だ人間不信が続く自分が本当に嫌になってくる。
「ですが、レグナード。そろそろ”試し斬り”をする予定ではありませんでしたか?」
「そこなんだよなぁ……外に出て良いモノか、正直悩んでいる」
要らぬ災禍は負いたくない。
だけれど、このままずっと引き篭もっている訳にもいかない。何せ、徒党【暁】は現在俺の小遣いで運営していて、収入が一切無いからだ……というか、赤字だけを垂れ流し続けているのだ。
「あたし達は今のままでも全然構わないのだけれど、経営者的には困っているのでしょう、レグ?」
「帳簿を見たら青くなる程度には、な」
我がドゥーム家の”稼業”は堅調。その稼ぎだけで言えば、徒党運営に掛かる”経費”なんか鼻くそほども無いのだが、俺が自由に使える小遣いの範囲を遙かに超えていて、現在は俺の冒険者稼業で稼いだ貯蓄を切り崩している状態なのだ。何とかしたいのは、隠しきれない本音である。
「これだけ大勢の”愛人”囲ってンだから、そりゃ金掛かってしゃーねぇよなぁ、レグナード?」
「ボク達は、金食い虫かぁ……何なら今すぐ身体で払ってあげても良いよ、クズ野郎?」
……ホントやめてくれ。マジでそんな感じになってんだから。
実は今まで内緒にしてたけれどさ、ウチの家政婦達からはそんな扱いなんだぜ、君達って。ああ、畜生。ルイーザ達の生暖かい眼が本当に辛い……
「ですが、この問題が片付かない限りは、ずっとこの状況なのでしょう? でしたら、わたくし達もどこかで折り合いを付けないと」
「アタシ達が足を引っ張っている。それが分かっちゃうから、余計に辛いな……」
二人とも、それは気にしなくて良い。君達を徒党に迎え入れた時点で、その責は全て負うつもりでいたのだから。
「皆の装備も出来上がった事ですし、多少の危険は承知で動くべきかと私は思います」
まぁ、この一ヶ月以上、ずっと”鍛錬”に費やしてきた訳だから、そろそろその”成果”を君達も見たいよね。というか、俺も見たい。
「……そうだね。それでは、一度迷宮に行ってみるか」
城塞都市からも比較的近いあの迷宮ならば、そこまで大がかりな準備は必要無いだろう。今の彼女達の腕試しに丁度良いかも知れない。
「「「「「「はいっ」」」」」」
……かつては俺、レグナード・ドゥーム個人による単独徒党だった【暁】は、6人の面子を加え、真の徒党として漸く再始動する事になるのだ。
◇◆◇
「ある……いえ。ぼっt……いえいえ……おっ、お館様」
「……頼むから敬称は統一してくれ、ノナ。で、どうしたんだ?」
灰色髪の元暗殺者、現家政婦のノナが音も無く俺の後ろに現れた。職業病だとはいえ、本当にやめて欲しい。実家に居ても気が抜けないなんてのは、正直たまらないのだが。
「邸内に侵入者4名あり。ヘキサ筆頭、不寝番家政婦達の手でこれら全て捕縛したしました。ご指示を」
「……今頃になって、か。で、それで全部かい?」
あの馬鹿共を追い出してからは、外からの監視の眼は常にあったのだが、今までずっと邸内に侵入する者を送ってくる事は一度も無かった。
だというのに、ここに来て急にやる気を出したのは、一体何故なのだろうか?
「監視の眼は現在も尚続いておりマス。ですが、塀を乗り越えて来た者はそれで全員でございマス」
その4人はただの陽動で、本命が別にあるかも知れない。
……その可能性については頭の片隅に過ぎりはしたが、我がドゥーム家に仕える不寝番の彼女達の技量は本物だ。恐らくは帝家隠密相手でもひけを取らないだろう。ま、多少の身内贔屓もあるのだけれどね。
「そうか。殺さなくて良い。今そいつらは何処に?」
正直に言うと、今から態々そいつらを構うのは嫌だ。だけれど、そのままにしておくのはもっと嫌だ。
ウチのテトラ、ヘキサ、ノナの三人は、物心付く前から暗殺者として育てられてきたせいか、毒物への高い耐性がある。侵入者がそんな彼女達と同じ境遇の者であった場合、薬で朝まで寝かしつける事はほぼ不可能だ。恐らく魔法にも抵抗を示す事だろう。
だったら、今から”尋問を”行うしか無い。さっさと殺してしまった方がよっぽど早いのだろうけれど、都市内部での殺人は当然御法度だ。例外は貴族の”無礼討ち”だが、今回はそれに当てはめる事はできない。精々、正当防衛くらいか? それも捕縛してしまった以上、適用は難しい。でっち上げる事はできるのだけれど、ね?
「外の眼から隠す為に、今は玄関ホールに。念の為、手足の腱は切っております」
彼女達は有能過ぎる。くそ。あの奴隷商人、本当に良い仕事してやがる……だからと言って彼女達にしてきた仕打ちは絶対に許せないのだが。
「じゃあ、今から向かうよ。付いてきてくれ」
「畏まりました、ぼっt……いえ、お館様」
……君さ、絶対ソレ態とやってるよね?
◇◆◇
「くっ、殺せ……」
はーい、くっころいただきましたー。
……なんて、無駄におちゃらけても現状何も変わらないのだから、仕方が無いのだけれど。
でもさ、侵入者の顔を見たら、もう正直笑うしかなかったんだよ。
……徒党【昴】の斥候、<蜥蜴のユウ>に、その相棒<蛇のラヴィ>。こっちは【木星】水先案内人のカティナ。こっちは……おいおい。【銀河】の狙撃手のリンダかよ。顔ぶれが本当に豪華過ぎるっていう。
侵入者の中に銀級の二つ名持ちに、称号持ちの冒険者までもが居るンだからさぁ。
よくもまぁ、この面子相手に無傷で制圧できたな、ウチの家政婦共は。優秀過ぎて、褒めて褒めて褒め倒してやりたい。明日はご褒美に例のアレを買ってきてやろう。
「……ノナ、すまないがアストリッドを呼んできてくれないかな? 確かめたい事があるんだ」
彼女達の持つ地位と名声も問題だったら、その顔ぶれも大問題だった。
何せ彼女達は、あの馬鹿野郎が引き抜いた冒険者、その本人達だったからだ。
これ、対応を間違ったら、俺は二度と冒険者ギルドに足を運べなくなる……
ああ、馬鹿の相手は本当にもう嫌だ。これ絶対に嫌がらせだよね?
殺せ殺せと喚き叫ぶ侵入者達を前に、俺は盛大に頭を抱え悶える羽目になった。
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