54.お人形さん遊びだぁ? ああ、俺はそんな趣味ねぇーからっ!
「お前達が拾ってきた、暗殺者の生き残りな。あれ、お前ンとこで全部引き取っちゃあくんねぇかな?」
「……なんでだよ?」
「いやな? あれらに色々聞いてみたら、身寄りが無ぇ、記憶は無ぇ、常識も無ぇの三重苦でな……このままじゃよ、最悪太守府に届け出すしかねぇんだわ」
「だから、なんでだよ?」
「仕方ねぇだろが。あいつら、どうやら端っから”兵器”として育てられてきたみたいでよ、人としての感情が薄い上に、倫理観の欠片もねぇんだよ。こっちで冒険者登録して身分保障してやったとしても、恐らくすぐに問題起こして犯罪奴隷堕ちだ。そうなっちまったら、お前さんが危惧する状況にもなりかねん」
太守府からの干渉の口実にされるくらいなら、最初から切り捨てる。それがギルドの下した”判断”だそうだ。
「だからよ、お前ン家であれらを”家政婦として”教育してもらえれば、なんぼか状況がマシになるんじゃねぇかって、な?」
まぁ、人としての最低限の"常識”と、また貴族に対してもそこそこに通用するだろう”礼節”を叩き込める等、確かに家政婦はまさにうってつけの職だろう。そのカリキュラムの間、外界に出る機会はほぼ無いだろうし、ほとぼりが冷めるまでの時間稼ぎにもなる。そういう意味では、ギルドマスターの言い分も充分に理解はできるし、納得もできる。
だが一点。喉の奥に刺さったままの魚の小骨というか、どうしても無視できない引っかかるモノもある訳で。
「……だから、なんで俺ン家なんだよ?」
それとこれとは話が別だ! 何故そんな面倒事を、我がドゥーム家で背負い込まにゃならんのだ?
「ウチにそんなのを雇う余裕も、道理もねぇからだよ」
だったら、連れてきたお前が全責任を負うべきだろ?
……といういう事らしい。
クソ、このつるぴかハゲ丸め。散々綺麗事を抜かしやがった割には、結局一切尻拭いしなかったじゃねーか。コンチキショー……
あの騒動のせいでわりと重い人間不信に陥った俺の方針で、色々と人手不足だとは解っていても家人を新たに雇用する事はなかった。唯一の例外が、先代が隠居した為仕方無く雇い入れた馬周りの世話人くらいだったというのに……つい最近、丁度その中の一人に売られてしまったのだから、まぁ本当に笑えない話で。
我がドゥーム家は第四位男爵という下から数えた方が遙かに早い下級貴族の癖に、屋敷の規模は伯爵家並に大きい部類だ。
まぁ、そうやって考えてみたら、確かに家政婦はもう少し数が欲しい。不寝番とかの荒事専門の方も、正直に言えばずっと前から人手が足りていなかった訳だし。
それに、文字通り母親代わりだった彼女達も、もう充分にいい歳なのだ。ちゃんと労ってやらねばならないだろう。俺はあの日を境に、親孝行の機会を永久に喪ってしまったのだから。
「はぁ……解ったよ、おやっさん。こっちで引き受けるわ……」
◇◆◇
「今日からお世話になりマス。よろしくお願いしマス」
そう言って黒髪の娘が綺麗なお辞儀すると、残りの金髪と灰色髪も追随する様に俺に頭を下げた。
「ああ、よろしく頼む。一応俺は、君達と殺し合った仲になるし、元の主を殺しているのだが、その事については、君達に何か思う所は無いのか?」
あの奴隷商人が、彼女達にとって良い主だったかどうかは知らないし、知りたくもない。
だけれども、命令だったとはいえ、つい先日に命の遣り取りをし、負傷させられた相手に仕える事に対しては、普通何か思う所があって然るべきだろう。ましてや、俺は彼女達の”同僚”と”元主人”を殺している訳だし。
「いえ、特に何も。戦って死ぬのは、己が未熟だった……それだけにございましょう? そして、今の主は、貴方様。ワタシ共には、それ以上でも、それ以下でもございません」
「そっ、そうか。君達が気にしていないなら、俺は良いんだ……」
「はい」
『人としての感情が薄い』
ギルドマスターは、彼女達の事をそう評していたが、確かに今の問答では彼女達の表情が変わる事は一切無かった。言葉に抑揚も無く、淡々と無機質に話すのみだ。もし喋る自動魔導兵がこの世に存在していたら、きっと彼女達みたいな話し方になるんじゃないかな?
この三人はあの時<影従者>を展開しながらも、アンの炎の矢に反応できたからこそ生き残る事ができた訳だが、暗殺者としては”影技”の練度はあまり高い様には思えなかった。実際の技量も冒険者ギルドの物差しで言えば、恐らくは黒鉄鋼級の中級下位~上位といった所か。
【暁】達と一対一で戦ったと仮定したら、ヴィオーラでは大して時間稼ぎにもなれず、アストリッドにはまだ遊ばれる。その辺りだろうか。
不寝番の家政婦達が相手ならば、かなり良い勝負をしそうだ。そういう意味では、ギルドマスターのお願いを聞いて正解だったのかも知れない。
彼女達に、名前は無かった。
いや、正確に言えば、人としての名は無かったと言うべきか。
彼女達に付けられていたのは、文字通り”製造No.”としての通り名だ。
黒髪で小柄な娘がNo.4。金髪で背の高い娘がNo.6。灰色髪の体格の良い娘がNo.9。西風王国語で言えば、テトラ、ヘキサ、ノナとなる。
「……特に不便はございませんので、ワタシ達は別にこのままで構いません」
ちゃんとした名前を付けようか? と訊いてみたが、彼女達は一切表情を変える事無くそう返答してきた。ちゃんと個体識別ができているなら、問題無いだろう。そういう事らしい。
まぁ、彼女達に不満が無いなら、それで良いか……
いくら俺が彼女達を不憫に想ったとしても、当の本人が気にしていないのだから、これはただの自己満足……いや、それこそ欺瞞だな。
世の中なんてのは結局、なるようにしかならない。
そう思っていなければ、やってられないのだから。
◇◆◇
……で。
家に連れてきて徒党面子の前で彼女達に挨拶をさせてみたら、こうなった訳で。
自分の馬鹿さ加減に、心底嫌になってくる。あれだけ心配して助けてくれたアストリッドの事を、なんで俺は考えなかったのだろう?
「…………」
元暗殺者だった三人の顔を、アストリッドはまるで今にも飛びかからんとばかりに、鋭い殺気を込めた瞳をずっと彼女達に向けたままだ。
「……申し訳ございません。貴女様のご不興を買ってしまう様な事を、ワタシ達は致しましたでしょうか?」
「ワタシ達は、ただの”人形”。主の命令に従うだけの、ただの人形にございます。主の徒党。その面子である貴女様は、我が主も同然。生殺与奪の全権を、すでにお持ちにございます」
「”人形”なぞ不要……貴女様がそう仰るのでしたら、迷わずワタシ達を”廃棄”なさって下さいまし。ワタし達は、所詮その程度の”モノ”でございますので」
テトラ、ヘキサ、ノナ達は、何の希望の光も宿さぬ暗い瞳のままアストリッドの眼光を受け止め、一切の感情が籠もることの無い小さな声で、それでもはっきりと聞こえる様にそれを口にした。
「お恨み事は一切申し上げませぬ。どうぞ貴女様そのお手で、ワタシ共を”廃棄”なさって下さいまし」
テトラの言葉と共に、三人は同時にアストリッドに向け頭を垂れてそのまま動かなくなった。
さっさと首を刎ねろ。
……そういう事らしい。
首を斬られてしまえば、生き物は必ず死ぬ。何とも暗殺者らしい胸糞悪くなる程に効率的な考え方だっ! そんな事、誰が許すかよっ!
「クズ野郎は黙ってて」
彼女達を止めようとした所で、アンに袖を引っ張られた。
「ここはアンタが出しゃばったら絶対にダメな場面だぜ、レグナード……」
「何故止める? ここは……」
「二人の言う通りだわ。徒党にアストリッドが必要だと言うのなら、あなたは絶対に口を挟んじゃダメよ、レグ」
徒党の皆が成り行きを見守る中、褐色の森の人の娘は、震える手で細剣を握りしめたまま、荒い呼吸をただ繰り返していた。
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