53.あいつまた女難の相が出てやがんぜ? いい加減にしろよ、マジで……
「……そうか。あの大地の人の二人は、城塞都市を出たのか」
「はい。ここに運ばれた獣人の方々と、臨時の徒党を結成なさって……」
あの二人は特に人間種を毛嫌いしていた様なので、何れこうなるだろうなと予想は付いていたが……他の亜人種達も同じ想いを抱いていたと知ってしまうと、思っていたよりもショックが大きかった。
大地の人二人の呼び掛けに応じた雑多な種の獣人達総勢8名。これで亜人種の残りは、四肢を喪失していた期間が長すぎたせいで、未だ手足の感覚を取り戻せずにいる森の人10名を含む計13名だ。
「しかし、道中の護衛までも断られるとは、思ってなかったな……」
「”もう二度とお前ら人間に騙されたくないからな”……と。あの方達は、一体どれほどの過酷な仕打ちを受けてきたのでしょうか……その事を想うと、私は同じ”人間”として、なんだか情けなくなってきます……」
治療時に彼らから話を聞いていたが、獣人達の大半は人間種達の侵略を受けて安住の地を追いやられたり、謂われ無き差別を受け放浪を余儀なくされたりの末に、あの奴隷商人の手に墜ちたのだという。悲しい事だが、人間に対しああも頑なな態度になるのも当然なのだと、自身を無理矢理にでも納得させるしかない。
この国は、奴隷制度を廃止した……とはいえ、長く亜人達を”家畜”のそれ同然に扱ってきた帝国の人間達の意識は、早々変わるものではない。表面上はそうでなくとも、”差別意識”というモノは、ふとした事で、簡単に表に現れてくるだろう。
その時、誰が亜人達を護るというのか? ここを解決しない限り、今後も常にこの問題が付き纏う。
「まぁ、もう済んだ事だ、ミリィ。そんな奴らの事ぁ、覚えているだけ損だ。さっさと忘れちまえ」
つるりと皮脂で光る頭頂部をごつくデカい掌で撫で上げ、ギルドマスターは疲れた様に大きく息を吐いた。自身の拳で粉砕してしまったせいで、ギルドマスターの執務室は大きく豪奢だった机の分だけ広くなっている。どうやらその購入費用が全然足りないらしい。
「考えようによっちゃあ”護衛の費用が浮いて助かった”訳だ……なんて、お前達はそう思ってりゃあ良い」
確かに冒険者ギルドはあくまでも冒険者達の互助会組織であり、突き詰めれば”営利団体”だ。当然、亜人種を無償で助ける為の慈善事業を行う道理は、端から無い。
そんな亜人種達にかかる諸費用をドゥーム男爵たる俺が元々拠出する手筈になっていたので、今回の一件は冒険者ギルド側の立場から謂えば”機会損失”をした形になるのだが……?
「ギルドからも僅かだが"支援”する事が決定したンだよ」
「おおっ」
それは素直にありがたい。ここの所ずっと徒党【暁】は赤字続きだから、少しでも費用が抑えられると凄く助かる。今回は護衛にかかる費用は綺麗に無くなりはしたが、その分、彼らの装備やら諸々の費用がそれなりにかかっているのだ。
「その代わり……と、言っちゃあなんだがよぉ、レグぅ。俺からのお願い、ちぃとばかし聞いてくれねぇかなぁ?」
片側の唇を釣り上げる様におやっさんは、皮脂で鈍く光る頭頂部を見せつけながらもニチャりとしたいやらしい笑みを浮かべた。うわぁ、これ絶対碌でもない事だぞ……
「お……おう?」
とはいえ、背に腹は替えられない。冒険者稼業で得られる収入が途絶えている今、俺は自由に使える小遣いの限度額は、ずいぶんと目減りしているのだから。
◇◆◇
「……で、その三人が、そのお願いって奴なの?」
「まぁ、そうなるな……」
紅茶色の砂糖をかき混ぜながら、ヴィオーラはじろりと俺を睨んできた。まるで蛇に睨まれた蛙の様な状況……ってーか、まんまソレ。
砂糖は、この帝国でも贅沢品の最たる物だ。原料である甜菜は栽培が難しい上に、そこから砂糖を取り出すのにもかなりの手間がかかる。
如何にドゥーム家が下級貴族の中では珍しく裕福だとはいえ、こうも紅茶や珈琲一杯飲む度に塊単位で消費されちゃ、正直たまったものではない。いい加減”次の報酬”からさっ引いてやろうか、チキショウ。
ってーか、あのハゲおやじの”お願い”をどうしても断る事ができなかったとはいえ、何故俺は、そのことについて徒党面子から追求されねばならないというのか? 解せぬ。
「そりゃあ……ねぇ、クラウディア?」
「わたくしはノーコメントで」
「わぁ、流石ずっこい。ボク思わず尊敬しちゃいそうだ☆」
「煽んなよ。でもまぁ……うん、流石にこれはどうかと思うぜ、レグナード?」
うん、どうやらみんなの意見はほぼ否。そうなるだろうなぁ、とは思ってはいたが、ここまでずばりの予想通りだと流石に凹む。
「どうも自覚が無さそうだけれどレグ。あなた、家にまた女、しかも三人も連れ込んで来たのよ? みんながこうなるの、当然だとは思わない?」
「てめっ、言い方ぁ!」
ってーか、これ、俺が悪いのか?
ヴィオーラの言葉で漸くそのことに気付いたけれどさ、今そんな風に言われたってさぁ……
「改めて言葉にされると、うん。結構アレだよね……?」
「ですから、わたくしはノーコメントです」
「流石クラウディア。クラウディア流石☆」
「だから煽んなって……」
うん。レジーナの言う通り言葉の字面だけでみたら、かなりの節操無しだよな、俺……事実のねじ曲げ、捏造、ダメ絶対っ! 俺はこれまでもこれからも清廉潔白ですっ。
「「「「「……はあぁぁぁぁぁぁぁ……」」」」」
……あれ? なんか、みんなの視線が……冷た痛い、よ……?
「ってーかさ、レグナード。そいつら、あン時の暗殺者なんだろ? さすがにそんなのをこの家に入れる、なんてぇのは、オレもちょっと擁護できねぇなぁ……」
あの時素顔を隠していたとはいえ、彼女達は奴隷商人の元で様々な亜人達を”試し斬り”してきた。そして、今我が家の敷地内には、その被害者達……グスタフ、エディタ大地の人親娘が居る。確かにシルヴィアが指摘した通り、俺の配慮が足りなかったかも知れない。
「いや。それもあるけどさ、クソ野郎。一番”配慮”してあげなきゃなんない人、君のすぐ目の前にいるっしょ?」
……あ。
そうだ。何故俺は、彼女の事を考慮の外に置いていたのだろうか? こうなる事は、目に見えていたというのに。
アンの指した先に静かに座る褐色の森の人の瞳の奥に宿る光には、まるで視線だけで充分に射殺せる様な、末恐ろしいまでに冷たい殺気を孕んでいたのだ。
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