52.徒党【暁】教育指導要綱
「はぁ、はぁ……ね、ねぇ、ヴィオーラ?」
「……あによ?」
「まさかとは……思っていた、けれど、はぁ、はぁ……本当に……ずっと……走る、だけ……はぁ、なんだ……ね?」
「……走ってる、間は、無駄な、お喋り……は、やめた……方が、良い、わ、よ?」
ヴィオーラの言う通り、息が上がっている時に態々自分から呼吸のリズムを狂わせるなんてただの自殺行為だ。無駄に疲れるだけの上に何の益も無いのだから。
「ふぅ、ふぅ、ひぃ……はぁ……」
すでに二人からは何周も遅れてしまっているクラウディアなんかは、もうすでに顔を上げる気力すら無さそうだ。地面の一点をただ見つめ、足を引き摺る様に歩くだけの機械になっていた。
「……へんじは、むり……ただの……しかばねの、ような、ボク………」
アンは……うん、完全にダウンしてるわ。こりゃ後でお仕置きだな。
アン、ヴィオーラ、クラウディア、レジーナ……この四人に共通している弱点は”スタミナ不足”だ。
ヴィオーラは、ここ一ヶ月近くこの訓練を腐る事無く続けていたので大分改善されてはいるのだが、俺から見たらまだまだ不満である。
先の模擬戦では、アストリッドに良い様に遊ばれて完全に息が上がっていた様なので、そろそろ実戦形式の訓練も増やしていかねばならないだろう。
根本的に場数が足りないせいもあるのだろうが”勝負勘”が無いのも非常に問題だ。少なくともあの時のレジーナへの指示は完全に的外れであり、あの時点ですでに勝負は決まっていた様なものだったのだ。
一番の問題は、メインアタッカーこそが開始の合図と同時に真っ先に前へ出なければならないというのに、ヴィオーラはまず状況を視ようとした……その一点。
これは本人の性格から来る問題でもあるので、改善は難しいのかも知れないのだけれど。だが、そのせいで彼女自身が主武装に選択した突撃槍の売りを、完全に失っているのを見過ごす訳にはいかない。アストリッドが指摘した『突撃槍の特性を理解しろ』とは、正にそれなのだから。
レジーナは正直に言ってしまうと、今のままでは前衛職としてほぼ使い物にならない。
彼女は剣技以前に、足捌き、体捌きの基本からなっていないのだ。模擬戦でもそうだったが、体捌きがなっていない壁役なぞ、その場に居て居ない様なモンだ。少し動ける前衛ならば、何の労も無く簡単にすり抜けられる。
あの場面では、一瞬でもアストリッドの足止めができたら及第点。最上は、ヴィオーラと連携して初撃でシルヴィアを撃破した上でのアストリッドの足止めだ。
……これは元々二人との技量差が有り過ぎるので、まぁ土台無理な話ではあるのだが。だが、より上を目指すならば、これくらいの要求はこなしてもらわねば到底叶わないだろう。当然、俺はこれから彼女にガンガン圧力を掛けていくつもりだ。
クラウディアに関して言えば、圧倒的に場数が足りない。
開始と同時に<祝福>を二人にしていれば、まだ展開が変わっていたかも知れない。少なくとも、愚かにもあの場に居た全員を巻き込んだアンの<眠れお前達>には、三人とも抵抗できた筈なのに。
そして、彼女は場の状況を視、自身で判断し適切な支援を選択するという後衛の基本が最初からできていない。これは後ろで五月蠅く喚き散らすだけだった馬鹿野郎のせいでもある。あいつの指示に従わなければならないという”刷り込み”のせいで、指示待ちの状態が彼女の中で当たり前になっているのだ。
これに関して言えば、彼女が習得している神聖魔術の魔術系統をしっかり認識させる事で、多少の改善は可能な筈だ。
あの模擬戦では”自分が何をすれば良いのか?”という思考自体が、最初から彼女には欠落していた。だからこそ、アンに眠らされるその時まで、何も行動できなかったのだろう。であれば、後はもう経験を積ませていくしか他に道は無い。
アンに関して言えば、彼女の技量云々という問題では無いので、非常に対処に困る……これはもう完全に彼女の”性格”の問題だからだ。
あの模擬戦で味方を巻き込んだ範囲魔術を使うという暴挙に出たのも、結局はソレによるものなのだ。初級魔術なら彼女は”無詠唱による多重展開”ができる程の天才的な技量を持っていながら、ただ”面倒臭い”それだけの理由で、あの時範囲魔術を選択したのだから。
そもそも、多重展開した単体の睡眠術を個別にぶつけてさえいれば、そもそもあの”惨状”は、起こらなかったのだ。
シルヴィアの怪我はかなり酷いものだった。
大小様々な擦り傷の中の、奥の奥にまで入り込んだ小石や砂を完全に除去し終えるまで回復術をかける事ができなかったのだから、その処置は長く掛かり、とても大変だった……アンの拡大睡眠術の効果が切れる前に全てを終える事ができて本当に、本当に良かった……
女性の顔を治療するのは凄まじく神経をすり減らす作業になるのだから、本当に気が気じゃなかった。元々美人さんだったから余計にね。
あの後、もう一度アンの脳天に拳骨を墜としたのは、言うまでもない。
◇◆◇
「はぁ……こりゃ前途多難だなぁ」
四人の指導方針はある程度決まったが、正直これでどこまで改善できるのかは分からない。これ以上悪くなる事が無いのだけは救いなのかも知れないが。
「そのお言葉のわりには、随分と楽しそうにしておられる様ですけれど、レグナード?」
「……そうかな? ああ。でも、君がそう言うのなら、きっとそうなのかも知れないね……でもさ、それはそれで、どうなんだろう?」
現在、徒党【暁】は、絶賛開店休業状態だ。今は収入が一切無いどころか、とんでもない赤字だけを延々と垂れ流し続けている状態である。
これは、徒党【暁】の”充電期間”。そう言ってしまえば、その通りではあるのだが……これでも俺は一応商人の端くれだ。明らかな”赤字部門”を抱えていて面白い訳なんか無い。
だから、アストリッドの言葉に素直に頷きたく無いというのが本音。だけれど、何故か俺以上に俺の事が判る彼女がそう言うのだから、多分そうなのだろう。でもさ、それって”君は商人失格だ”って、言われている様なものなのだけれど。君は、その事に気付いているのかな?
「レジーナの剣術なんだけれどさ」
「はい?」
「俺が教えてやるって彼女に言ってしまったのだけれど、君に任せてしまっても良いかな?」
徒党面子の中で俺が”合格”を与えてやれるのは、今の所アストリッド一人だけだ。
”指導”をせねばならない人間が多すぎて、どう考えても俺だけでは目が行き届かない以上、彼女の手も借りなければ多分立ち行かないだろう。
「剣闘士と重戦士の使う剣術とでは、要求される技術が根本から違うのだけれど、彼女は剣術の基礎から学ばなければならないからね。それに、攻撃役の持つ攻撃技能を自在に操る壁役というのも、逆に面白いかも知れない」
お隣の国に棲む”最強の剣舞踏士”<竜殺しグランツ>が、自身の弟子に向けて『ドラゴンの討伐に、重戦士は要らない』と言い放ったという逸話がある。”竜種”という、彼我の絶望的な重量・力量差の前では、壁役自体が役に立たないというものだ。
例え下級竜であっても、その圧倒的な一撃の”力”の前では、如何に強固な盾を事前に備えしっかりと構えていたとしても、簡単に吹っ飛ばされてしまうのは隠し様の無い事実だ。
だったら、最初から竜種相手に壁を置く必要は無いだろう。壁役も、攻撃役も自在に転向できる様に育成してやれば、レジーナの持つ可能性は大きく拡がる筈だ。
「……それは良いアイデアだとは思います。けれど……」
「……けれど?」
「レジーナには、ちゃんと貴方様ご自身からお伝えして下さいな、レグナード。私は、彼女に恨まれたくありませんので」
「うへぇ。了解した……」
そりゃそだね。
俺が面倒見るって彼女に言ったのに、いざ始めてみたら指導者が違うってなったら、そりゃ誰だって不信に思ってもおかしくはない。だけれど、完全にアストリッドに丸投げするつもりも無いので、そこはまぁレジーナには解って貰いたい所だ。
「ヴィオーラがちょっと問題なんだよなぁ……」
「そうですね。難しいところです」
こればかりは本人の性格によるものであるだけに、中々に根深い問題だとも言える。最悪、実戦で彼女の尻を叩き続けるしかないのだろうが……
「ヴィオーラのあの大きなお尻は、すごく叩き甲斐がありそうですね……うふふ……」
……聞かなかった事にしよう。
「クラウディアも、根本は性格の問題かなぁ……?」
「彼女でしたら、状況毎の指示を明確にして差し上げれば、きっと次からはご自身の判断で対応なさると思います」
ただ単にクラウディアには”経験値”が足りないだけで、行動する引き出しは充分持っている。というのが、彼女に対してのアストリッドの見解の様だ。
「じゃあ、後は体力作りかな」
「ですね。多分今のままでは、アンと似た様なもの……かと」
ああ、二人してヘバる状況がすぐに想像できてしまった。うん。ランニングは続けさせよう。
「後は……」
「アンは……もう……アンですし……」
お互い顔を合わせて、同時に溜息。見解の一致に、今後の対応への不安。こんな所でバッチリのタイミングっていう所が、本当に腹立たしい。
「……ってーか、レグナードよぉ、オレの事完全に忘れてね?」
「「あっ」」
誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。




