51.勝てば官軍。負ければ賊軍。でも形振り構わないってのはダメだぞ?
駄々っ娘さんを宥めるのには少々骨を折ったが……
「プレゼント、期待してるからねクソ野郎♡」
……うーん。はやまったかも知れない……
その為には、一度徒党の皆で迷宮へ行こう。と、そんな話に落ち着いた。
とはいえ、ようやく再動をしたのだが、徒党【暁】は色々と足りない。装備もそうだし、面子の”経験”もそうだ。そしてその”経験”が足りなければ、当然メンバー間での連携もままならい訳で。
「そんな訳で、一度皆で模擬戦でもやってみようか?」
「えー、本気ぃ?」
「俺は本気だけれど、ヴィオーラは何か不満でもあるのかい?」
意見を無視して強引に進めてしまっても良いんだろうが、徒党内での不満は解消しておきたい。人間関係でギスる、なんてのは極力避けたいんだ……元ボッチのコミュ障は、メンタルがクソ雑魚ナメクジだからさ。
「だってさ【暁】って、あなた入れて7人でしょ? 数が合わなくなっちゃうし……」
「だなぁ。それにレグナードがいる方が戦力偏り過ぎるだろうし」
「うん、そうだね。それにさ、レグナードと組みたいって皆喧嘩になったり……?」
「ああ、あり得そうです……ですが、回復術で役目が微妙に被ってしまうわたくしは最初から同じ組になれそうにありませんし、心底どーでも良い話なのですけれど」
あー、そういう事。
「ああ、それは余計な心配だな。俺は審判役だから、3対3でやって貰うつもりだし」
俺が模擬戦に参加するとしたら、普通に”俺vsみんな”っていう形にするだろう。俺は影技<影従者>で最大4人分の戦力になれるし。だが、多分今の彼女達の技量だと、その影を出す必要すら無いかも知れない。
でも、アストリッドに関してだけは、俺は未だ技量を測りかねているので、彼女も入れると正直どうなるか解らないのだけれど。
ただ、これだけは言えるかな。模擬戦の間だけは、彼女の精霊魔法を封印して貰わねばならないなと。あれは本当に強力過ぎるからね。
「そうだな……アストリッド、アン、シルヴィア。そしてヴィオーラ、クラウディア、レジーナで組んでくれ」
これも戦力に偏りがあると指摘されたら、そうだね。と返すしか無いのだが、それでも”徒党内の戦力”を平均化したらこういう組み合わせしか正直できない気もする。
あと精々、シルヴィアとレジーナを入れ替えるくらいか? いや、壁役と魔導士を同じ組に入れた場合のシナジーを考えると、そちらの方が遙かにヤバいか……ああ、でも今後メインアタッカーを張る予定のヴィオーラには、そういった訓練をさせた方が良いかも知れない。壁役を如何に早く効率的に抜けて後衛を潰せるか……それこそが”エース”の役目なのだから。
……ま、それは今日の模擬戦の結果を見てからでも良いか。
「すまないが、アストリッド。君は精霊魔法無しで。アンも使うのは初級魔術のみで頼むよ。中級以上になると、人間普通に死んじゃうからね。弱体付与であれば、中級でもOK。ああ、でも毒系はダメ絶対。死んじゃうからね?」
「了解しました。でしたら今日の私は剣闘士に徹しますね、レグナード」
すまないね、アストリッド。やっぱり君は複数の称号職の条件を満たしていたか。有能過ぎて本当に有り難い。思わず拝んじゃいそうだよ。
「……ってーか、ボクを何だと思ってンだよ、クズ野郎ってばさぁ」
うん? 魔法オタクでしょ? 解ってる解ってるって。君は沢山の習得魔術を持っているのは俺も知っているけれど、今回は”模擬戦”なんだから、ちゃんと危険の少ない魔術を選んでくれよ?
「ゴミ野郎。君とは一度さ、二人っきりでトコトンO・HA・NA・SHI☆した方が良いと思うんだ、ボク」
やめてくれ。君と二人きりでOHANASHIなんてしたら、俺、胃に大きな穴が開いて死んでしまうよ……
「……なにジャレ合ってんのよ、二人とも……」
違うぞ、ヴィオーラ。誰もジャレてなんかいねぇし。頼むからこいつと一緒くたにしないでくれ。ああ、エディタの時もそうだけど、アンが絡むと碌な事ねぇな畜生。
◇◆◇
「それじゃ、はじめっ!」
発注してあれからまだ二日。そんなに早くグスタフにお願いした武具が完成する訳も無いし、もし出来ていたとしてもどれも強力過ぎて危ないので、今彼女達が手にしているのは全て模擬戦用の木製装備だ。
当然”重さ”が違うので、重戦士のレジーナは大きなハンデを背負う形になってしまうのだが、そこは魔導士のアンも安全の為に使用魔術に制限を掛けねばならない以上、仕方が無いと諦めてもらわねばならない。
ルールとしては、俺がこれは”戦闘不能”だと判断した者が順に抜けていく生き残り戦。最後まで立っていた者の組が勝利だ。
勝った組には、俺からちょっとした”ご褒美”があるよ……なんて言ってみたら、皆のテンションが目に見えて爆上がりしたのでちょっとだけヒいてしまったのは内緒だ。
「行きますよ、シルヴィアっ!」
「あいよぉっ」
真っ先に後衛から狙うのが対人戦での基本だ。俺の合図と共に、アストリッドとシルヴィアが飛び出し、アンがそれを炎の矢の多重展開で援護する。
「させるかっ! <注目っ>」
レジーナがそれを阻止すべく”壁役”職の必須技能<注目>で、三人の意識を無理矢理集めようとするが、見れば襲ってくる魔物と違い相手は人だ。そんな単純なものではない。当然、技能に反応して振り向くのは一瞬だけだった。その結果、アンの多重魔法は目論見通り全てレジーナに向き盾で防ぐ事はできたが、その隙にアストリッドとシルヴィアはそんな彼女の脇をすり抜けていた。
「アストリッドはこっちで抑えるっ。レジーナはシルヴィアをっ!」
うーん。一見順当そうにも思えるが、それは完全に失策だな、ヴィオーラ。
「へっへーん! オレの足についてこれっかなー?」
「んぐっ、くそ。待てぇっ」
一度足を止めてしまった重戦士では、斥候をも軽くこなす野伏の軽快な逃げ足に端から追いつける訳が無い。レジーナにとって絶望的な鬼ごっこが始まった様だ。
「突撃槍の特性、ちゃんと理解なさい、ヴィオーラ。貴女は最初からボタンの掛け間違いをしています」
「っく。そんなの……あんたに言われなくっても、解ってるっ、てのっ!」
あらら。ヴィオーラは完全に遊ばれてら。そうか、アストリッドとはここまで技量差があるのか。やっぱりもっと厳しくしていかなきゃダメだな。前にも指摘したってのにヴィオーラの奴、完全に足が止まっていやがる。あれではもう突撃槍の攻撃力なんか全然活かせないってのになぁ。
「ほい、今だっ。拡大睡眠術☆」
「ふあぁ……わたくし、なにも、して……な……」
……はい終了。
アンの拡大睡眠術に対し、ヴィオーラ、クラウディア、レジーナは三人共抵抗に失敗してその場に崩れ落ちた。
「いぇいっ! 久しぶりに完璧にHit! やっぱりボクって天才だねっ! カス野郎、褒めて褒めて♡」
最近魔術が抵抗されまくって鬱憤が溜まっていたみたいだし、久しぶりの会心の出来に嬉しかったのだろう。俺に駆け寄ってきてぴょんぴょん跳ねてはアピールするアン。だけれど、今の彼女の行動はちょっと見逃す事ができないな。
俺はアンの脳天に、全力の拳骨を叩き込んだ。
「痛いじゃないかっ! ボクが馬鹿になったらどーすんだ、暴力野郎っ!」
「馬鹿野郎っ。味方を巻き込んで魔法かける奴があるかっ! 見てみろ、シルヴィアも寝ちまってるだろうがっ」
魔術による眠りには、痛みも苦しみも無い。当然、標的になった者は、効果時間が過ぎるまでか、もしくは対抗術の”破眠術”が入るまで眠り続けるのだ。
レジーナをおちょくりながらでの全力疾走中だったシルヴィアは、アンのせいでその勢いがついたまま顔面スライディングしながら眠りに落ちる形になったのだ。彼女の褐色の美しい顔は、きっと酷い事になっているだろう……可哀想に。
「私も怒ってますよ、アン。もしこれが実戦中の出来事でしたら、私達は全滅だってあり得たのですからね……?」
うん、褐色の森の人さんの固有技能(俺が勝手に言ってるだけだけれど)<冷たい視線>が発動したよ。アストリッドも相当にお冠らしい。
「い、嫌だなぁ、アストリッド。今回は模擬戦、模擬戦だからボクはこれをやったんだよ。勝てば良いんだし。結果勝ったんだし……君も”ご褒美”欲しいでしょ?」
いつにない彼女の剣幕に漸く自分のやらかしを気付いたらしいアンの表情が徐々に強ばっていくけれど、それはもう遅いよ。
「阿呆。”ご褒美”は無しに決まってンだろうがっ」
何も反省してない彼女の頭上に、俺はもう一度教育的指導を墜とした。こんな事になるなら”ご褒美”なんて言わなきゃ良かったと心底後悔だ。
……いかん。
このまま迷宮なんて行ったら、絶対俺達生きて帰って来れないぞ……
今回の一件で浮き彫りになった課題の多さに、俺は頭を抱えた。
誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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