49.装備を変える時って、本当にわくわくするよね。性能落ちるとがっくりするけど。
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「……ふむ、ふむ……お前さん、あまり剣には慣れとらん様じゃの。”壁役”こそが徒党での本懐とはいえ、重戦士が剣術を疎かにしとってはいかんのぉ」
レジーナの掌の具合を診ながら、同職の”先達”でもあるグスタフが苦言を呈した。
”壁役”称号職の代表格だともいえる重戦士だが、ちゃんと自身の”重さ”をそのまま剣戟に載せて放つ強力な攻撃技能をも有している。
壁役とは、主に敵の”主戦力”を引き受けて足止めし、無力化する事が求められる極めて重要な、それこそ徒党の”要”であると言っても過言ではない。
だが、壁役がただ単に”堅い”だけなら、避けられて終わりだ。敵に”こいつは危険だぞ”と認識させて、そこで初めて壁役という役割に意味が出て来るのだ。そのためには当然、攻撃だって疎かにはできない。
本職がそう指摘するのだから、確かにレジーナは”落第”なのだろう。
「ううっ。ずっと剣術は見様見真似でさ、実はちゃんとしたのって習った事ないんだアタシ……」
一応、希望者は冒険者ギルドで剣術の講習を受ける事はできるが、当然それなりの金が要る。見習いの銅や青銅が受けられる依頼報酬では全然足りないというのが現状だ。
結局、講習を受ける為の金を惜しみ大した技量を持たない事を自覚しない内に無謀にも魔物の討伐依頼を受け、そのまま帰ってこなかった未熟者達は多い。
特に装備品に金のかかる”壁役”職ならば、尚更だろう。
「なら、今日から俺が面倒見てやるさ。多少キツくても文句言うなよ?」
「あたしと一緒に、庭の周りを走りましょうね……ええ、一緒に。延々と……」
「こわぁっ……」
剣、槍、弓、馬……最低限度の貴族の”嗜み”として、俺は餓鬼の頃から散々叩き込まれてきた。人に教えるのはあまり得意ではない(ヴィオーラには不評だし)が、まぁそこは勘弁して欲しい。
「で、どうだグスタフ。重戦士用の装備を一式、頼めるか?」
この大地の人の鍛冶師の腕は信頼できる。街の武器屋より遙かに高品質の物が、オーダーメイドで手に入るのだ。これを使わない手は無い。
「丁度、金剛鋼もありますでの。こいつと聖銀の合金を使った鎧と大盾とか……面白いと思いませんかの?」
まるで悪巧みをしている悪徳商人みたいな表情を浮かべながら、大地の人のおっさんは次元倉庫から、大量の金属の延べ棒を並べ始めた。
金剛鋼とは、黒鉄鋼よりも固く、そして同じくらい重い金属だ。魔法にも強い抵抗力を持つ為”壁役”が持つ防具の最高峰と位置付けられている素材である。それ以上になると神剛鋼製になるのだろうが、そもそもあまりに希少過ぎて市場に出回る事は殆ど無い。
「……おい。金剛鋼なんて、そんな高価な素材が大量にあるなら、そいつをギルドに見せてりゃお前さんここに来る必要無かったんじゃねぇか?」
「はて? ”金貨をそのまま売り歩く”商人がこの世におらん様に”素材をそのまま売る”だなんて、そんな無粋な真似、鍛冶屋にできる訳もなかろうて。主殿は何を仰るのやら……」
実は国によって貨幣の価値が全然違うのでグスタフの言い様は正確には当て嵌まらないのだが、彼の言いたい事は何となく解ったのでツッコミを入れるのは諦めた。だが、これだけの金剛鋼を全部売り捌いてしまえば、多分冒険者ギルド本館を軽く二、三件分は新築できちまいそうなんだけれど……?
……うん。深く考えるのはやめておこう。皆の装備が無料になったと素直に喜んでおけば良いか……うん。
「それじゃ採寸しますんで、レジーナ様は、こちらへ来て下さいな☆」
珍しくエディタが正気でいてくれているので、内心胸をなで下ろしたのは秘密だ。こいつが暴走したら、徒党面子も確実に対抗して頭がおかしくなるだろうから。今こいつ等全員が同じ空間に居るという状況に、こっちは正直気が気でないのだ。
◇◆◇
「ヴィオーラの分は、彼女の”速さ”を活かした装備にして欲しいな。あと……主武装は今まで通り突撃槍で良いのか?」
「そうね、あたしは突撃槍と盾が良いわ」
戦乙女がメインアタッカーを務める徒党の主流は”完全攻撃型”と言うべきか、大きな両手剣を選択する場合が多い様だ。”殲滅”に時間がかかる様ではメインアタッカーの名折れだとも言えるから、その選択も解らなくもない。だが、どうやらヴィオーラは攻防バランス重視の”汎用性”を選んだみたいだ。
「ふむ。ならば突撃槍は金剛鋼、盾は金剛鋼と聖銀の合金。鎧は蒼鉄鋼と聖銀かのぉ……?」
こちらも市場価格で考えたら、今までの彼女が身に付けていた装備から軽く桁が二つは違うので頭がくらくらしてきた。うん、下手に商売に片足を突っ込んでいると、こういう時に色々と損をする。地味に胃が痛い。
「そっちのお嬢さんも、盾はそんな感じでええかいのぉ?」
「……えっ? え、えっと、ええっと……わたくしは、そもそも前に出るつもりはありませんし、と、特には……」
何処か他人事の様に呆と立っていたクラウディアは、まさか自分の装備も貰えると思っていなかった様で、グスタフの問いかけに目に見えて焦り始めた。
「ダメだ。君の事は俺とレジーナで護るつもりだけれど、”もしも”って事があり得る以上、最低限自分の身は自分で守れる様になって貰うからね、クラウディア。そうだな。盾とメイス、それと鎖鎧辺りかな?」
「了解した。嬢ちゃん、防具はなるだけ軽くなる様に造ってやるわいな?」
「やった。ランニング仲間ができたよ、ヴィオーラ」
「うふふ、無間地獄へようこそ……」
「……え、えぇ~……」
◇◆◇
「シルヴィアは……短剣と投擲剣くらいかな? そういや、君は鉄弓を引けたっけ?」
「うーん。引けるっちゃ引けるけど、そいつで当てられるかは正直自信ねぇなぁ。レグナードがやれってンなら頑張ってみるけれどさ」
固い鉄弓を引く為には弓の”技量”も当然いるが、相当な腕力も無くては無理である。
徒党【暁】にとって最終の仮想敵は<モス・レイア>に棲む上級竜だ。
普通の弓……いや、それなりのレベルの素材を使った複合弓であっても、まず鱗に傷を付ける事すら叶わないだろう。それ以上の威力を求めるならば、どうしても総金属製の特殊な弓になる。
「わしも弓を作れない事ぁないが、引く引けない以前に、お前さんそもそも弦を張れるかね?」
「……ぐっ。オレも鍛え直さないとなぁ……」
「なら、弓はまだじゃな。短剣は二振りとも聖銀、投擲剣は普通に鋼でええかいの?」
「さすがに消耗品に高価な素材を使ってもらっちゃ困るよ……」
聖銀製の投擲剣をばかすか投げるシルヴィア……そんな光景を何度も見たら、確実に俺の胃に穴が開く。懐事情にも健康にも悪すぎるよ。弓の方は、とりあえずの間に合わせで複合弓を探すしか無いかな?
◇◆◇
「……私は元々の細剣がありますので……」
「ああ、そうかぁ……その剣に込められた魔力の流れだとかなり強力な付加が付いてるみたいだし、君には必要無いなぁ……」
アストリッドの持つ聖銀製の細剣は、集落の”宝剣”なのだという。俺の持つ”神造武具”に極めて近い魔力の輝きを感じるし、これ以上の物となると、如何にグスタフが名工であろうと非常に難しいだろう。
「素直に負けを認めるのは癪じゃが、所詮わしはただの鍛冶屋。魔術付加まではできん……」
グスタフ自身、鞘や柄の巻き皮程度の軽い木工や革細工はできるみたいだが、武具への魔術付加だったり、弓作成の木工、革鎧作成への革細工になる専門的な仕事まではできないそうだ。
まぁ、普通は基本的に分業でやるものなのだから、一人だけでほぼ形にまでできるグスタフの技量が異常なのだとも言えるのだが。
「……じゃあ今回はここまで、かな?」
うん、これはかなりの戦力アップだ。やっぱりグスタフ親子に来てもらって、徒党【暁】としては正解だったかも知れない。
「……ってーか、クソ野郎。なんか不公平じゃね? レジーナ、ヴィオーラ、クラウディアは贅沢な素材でフル装備。それに比べてシルヴィアは武器だけ、アストリッドとボクに至っては”プレゼント”がなーんも無しってさぁ」
「えぇ? ちょっと待てアン。確かにオーダーメイドになっちゃってるけどさ、一応はこれ、徒党の共有財産扱いになんだけど……?」
グスタフにお願いしたそもそもの目的が『徒党面子の装備の充実』であって、当然ながら『個人的な贈り物』ではない。
だが、大地の人親子の専行が”鍛冶”である以上、革鎧を着ているシルヴィアとアストリッドの防具は交換できないし、魔術付与と木工ができない以上、魔杖を主武装にしているアンには武器交換も無いに決まってる。長衣もそのままなのは仕方が無いのだ。
「ズルい、ズルい、ズルぅぅぅぅいぃぃぃぃぃ。ボクも、ボクも、ボクもケチ野郎からプレゼントが欲しいぃぃぃぃ」
まるで大商店で玩具を強請る駄々っ子の様に、アンは地団駄を踏んでは駄々を捏ね、しきりにズルいズルいと連呼する。
「ああ。もう、困ったなぁ……」
強引に話を切って黙らせてしまう事は容易だろうけれど、確かにアンの言う通り不公平感は拭えない。とはいえ、城塞都市の武器屋の物では納得はしてくれないだろうしなぁ……
「木工と革細工ならできる奴がおるぞ、主殿」
「え? どこに?」
「主様。あの場にいた大地の人は、ぼくら親子の他に二人いた筈です。その人達はとーちゃんと”工房”にいた仲間でっす」
「……ああっ」
確かに奴隷商人の所から救出し治療した大地の人は、グスタフ親子含めて4人いたな。残りのその二人も巻き込めって事か……
しかし、良いのだろうか? ほぼ完全に彼らを私的に使ってしまっているのだが。
まぁ、取りあえず泣く子を黙らせるには、それしか無さそうだし……うん、仕方無い、かぁ。
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