48.他人様が見たらスッゲ羨ましい光景だろうが、本人にとっては針の筵です。
「……すまない。みっともない所を見せてしまったな」
「いいえ。あたしの方こそごめんなさい。あなたがそこまであたし達の事を大切に思っていてくれていたなんて、全然知らなかった……」
どことなく嬉しそうにはにかむヴィオーラの笑顔が少しだけくすぐったく感じる。まぁ、笑われていないだけ良いとしよう。ああ、それとクラウディア。ハンカチありがとな。ちゃんと後で洗って返すから。え? そのままで良い? いやいやいや。ばっちぃし、ちゃんと洗って返すってば。うん。
「だから、レグ。あたしは、あなたにもう一度頭を下げなければいけない。あたしの浅ましくも身勝手な行動のせいで、あなた達に迷惑をかけただけでなく、あなたの大切にしていた【暁】の名を、地に墜としてしまった事を……」
「何度でも言うが、俺にとっちゃ徒党の名声なんか、端からどうでも良いんだ」
世間様の評価など、ほんの些細な出来事だけで簡単に失墜する。それこそ妬み嫉みから来る”与太話”であってですら、そこにちょっとだけでも”それっぽさ”があれば、それなりに名が通っている者にとっては充分過ぎるダメージに成り得るのだ。
それに、人の噂話なんてのは、特に醜聞であればあるほど喜ばれるものだしな……
「そもそも、君の事を迷惑だなんて思っていない……というか、迷惑だと思っていたら最初から君を徒党面子に迎えてなんかいないよ、ヴィオーラ」
「……それなら、アタシ達も迷惑じゃないの?」
「何度も言ってるだろう、レジーナ。君達の事を迷惑だなんて俺は思わないし、むしろ迷惑をかけてくれると嬉しい……と」
そもそもクラウディアとレジーナは、あの馬鹿野郎の”魅了”のせいで意思を歪められていただけに過ぎない。
最初から俺に対しての裏切りには当たらないし、もし仮にあの日の”反乱”を彼女達自身の意思でやっていたのだとしても、俺はすでに彼女達を”家族”として認識してしまっている以上、もう気にしてはいないのだ。
「だからこそ、君にははっきりと言って欲しい。昨日、どうして俺の言いつけを守らず、一人で街に出たのかを」
俺は改めてヴィオーラに向き合い、彼女の青く澄んだ瞳を見つめた。
徒党とは、冒険者の寄り合いであり、その命運は一蓮托生だ。党首である俺の指示に面子達が従ってくれなければ、そもそもの運営が成り立たちはしない。ここは絶対に譲歩してはいけない場面だ。
「……あなたを、振り向かせたかったから」
視線を外す事なく、薄く紅のひかれた唇から発せられた彼女の声は、小さくてもはっきりと俺の耳に届いた。
「……は?」
「クラウディアにも、レジーナにもっ! アストリッドだって! アンやシルヴィアにだってっ! 誰にも、誰にもあなたの事を取られたくなかったのっ!!」
一瞬、ヴィオーラが何を言っているのか、俺には全然解らなかった。
「クラウディアとレジーナも徒党に入れるだなんて絶対に許さない。もし入れると言うのなら、あたしは【暁】を出てやるんだ……なんて、あなたに言ったけれど、本当は絶対出て行きたくなんかなかった。何があってもあなたの側にいたい。ずっと、あなたに背中を預けていたかった……」
「……ヴィオーラ……」
そういう、事か……
あの日、あの夜。ヴィオーラが一番欲しかったであろう言葉を、俺は見つける事が、言ってやる事ができなかった。
それが今回の引き金だったと言うのなら、彼女だけを責める訳にもいかないのだろう。だが……
「今の二人ってば、お金も、装備も、それこそ何も無い状態よね。そう思ったら”ああ、あたしの方が上だ”とか”あいつらとは違う”なんて見下して、いい気になっちゃって。ちょっとしたお茶菓子でも用意して、皆でテーブルを囲ったりして。その時、余裕を見せてあたしの方から彼女達の徒党加入を認めてあげて……そうすれば、あなただってあたしの事、ちょっとは見直してくれるんじゃないかなって……ああもう、ホント我ながら醜いなぁ……そんな下心があったの……」
ヴィオーラの独白は、かなりの衝撃があった。まさかここまで彼女が思い詰めていたなどと、俺は全然思っていなかったからだ。
ちらと、クラウディアとレジーナの様子を覗ってみる。ヴィオーラのこの独白に、二人の表情は別段変化が見られない様な気がする。つまりは、彼女達はすでに承知していたという事だろう……だからこそ俺が見舞いに来るのを見越して、この場で三人が居合わせていたのかも知れない。
「はぁ……良く解らんが、解った事にする。で、だ」
徒党崩壊の切っ掛けなんていうのは、男女間の問題か金銭トラブルってのが相場だ。
まだ徒党【暁】は、正式に面子が揃ってもすらしていないというのに。まさかこうなってしまうとか……本当に笑えない。
「まず、君のその言葉は一旦置いておこう。クラウディア、レジーナ。君達に訊きたい。ヴィオーラにここまで言われて、腹が立たないのか?」
「そうですね。はっきり申し上げて、不愉快……ではありますが、概ね事実ですし。それにわたくしは……いえ、ここで誤魔化して仕方ありませんね……わたくしも、彼女と同じ気持ちですわ。つまりは、わたくしも貴方様……レグナードさんを、誰にも譲るつもりはございません」
「アタシも、クラウディアと同じ……かな? さすがにさ、ここまではっきり言うのは恥ずかしいんだけれど……ね」
……しまった。
やっぱりあの夜、俺はやらかしでしまったのだ。
二人の不安を拭うつもり……その程度だった筈の言葉が、情で縛る鎖になってしまった。
調子に乗って、格好を付けて。
その結果が、これだというのか。過去に戻って、”ええかっこしい”をやらかした当時の自分の顔を、力一杯往復で殴り続けてやりたい気分だ。
今まで世の女性達にモテた試しの無い”ぼっちのコミュ障”の”領地無し男爵家の三男坊”如きが、ちょっと長く言葉を交わした程度で舞い上がった”後始末”を、今求められているのだろう。彼女達に何と言ったら良いのか、正直見当も付かない。
……でも、彼女達はこんな俺なんかのために本音でぶつかってくれた以上、ここで誤魔化して逃げるだなんて、そんな不誠実な事だけは絶対にしたくない。
「あー……君達の言葉は、とても嬉しかったけれど、今の俺は君達の気持ちに応える事ができない。すまない……てか、そもそもさ、俺って今まで女性とはずっと縁遠い生き方をしていたからね。自分の気持ちが分からないし、どう受け答えすれば正解なのかも、全然解らない」
一旦話を区切り、大きく深呼吸。
ヤベ。心臓バクバク言ってら。まるで今が夢の中の様で、頭がクラクラしてるし。
「だから、皆には悪いのだけれど、一旦保留で。”弱虫”だとか、”ヘタれ”とか言われると正直凹むけれど、そこはまぁ事実だし甘んじて受け入れよう。でも、必ず俺は君達に”答え”を出すから。だから、できれば、それまで……皆仲良く……は無理でも、せめてさ、出来れば、で良いけれど俺の目の前で喧嘩だけはしないで欲しい」
……ああ、なんてみっともない。三人にビシっと言うべき”ここぞの場面”で、急にヘタれの極致とか。
もしこれが戯曲の主役の台詞だとしたら、きっと観客が怒って色々なモノを舞台に投げ込んで無茶苦茶になっていただろう。
「ああ、気にしないで良いわよ。あたし達、元々明確な返事が貰えるだなんて全然期待してなかったし」
「……ですね。想像していた通りのお言葉を戴けて、わたくしはむしろ満足してしまいました。ああ、やっぱり貴方様らしいな、と」
「あはは。ホントだね。クラウディアが予想した通り、一言一句全くそのまんまだったんだもん。アタシ途中で笑いを堪えるのに必死になっちゃってたよ」
……はぁ。
おんなってのは、なんていうか……”強い”ねぇ……
きっとこの部屋の扉を叩いた時点で、俺は彼女達の掌の上に居たのかも知れない。いや、セバスにヴィオーラの状態を訊ねた時点で、彼女達の”既定路線”にハマっていた可能性もあるな。
まぁ、宣言してしまった以上は、徒党面子全員と誠実に向き合うとしようか。
ただ正直に言うとさ、ドツボにはまっただけの気がして仕方が無いのだけれど。
ああ。今になって、あの馬鹿野郎の無駄に図太い性格が羨ましくなってきた。
でも、これってばさ、俺があいつを見て散々心の中で叫び続けてきた事なんだよな……
”リア充、大爆発しろ”って。
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