47.人前で泣くなんてみっともない、男の癖に……そうか、じゃあ今から俺女になるわ。
この世には”圧迫面接”なるものがあると聞く。
簡単に言ってしまえば、プレッシャーを与え続ける事で相手の本性、本音を引き摺り出したり、負荷に対してどれだけ正気でいられるか……要するにストレス耐性のチェックという奴だ。
商売とは、結局は人様を相手に行うものだ。当然、生活様式、文化の違いやら、それこそ文字通り違う人種もあったりと、この世界には様々な人間がいる。
その中でも、正気を疑う様な頭のおかしい奴やら、言動、行動が気にくわない腹の立つ奴も数多くいる訳で。だからといって、それをすぐ表情や態度に出す様では、商人としても、貴族としても失格だ。
その”適性”を見る為に態と行うものが、上記の”圧迫面接”という奴なんだそうだ。
……今俺が置かれている状況が、きっとソレに近い……いや、そのものなんだろうなぁって……
覚悟していたヴィオーラだけでなく、先送りし続けていたクラウディアとレジーナも、まさかこの場にいるとか……
多分自意識過剰の産物でしかないのだろうけれど、目が笑ってない様にも見える三人からの視線が痛い……
「そこに掛けて、レグ。ごめんね、まだ起き上がると辛いの。ベッドの中から失礼するわ」
「あ、ああ……気にしないで良い。俺の方がもう少し配慮すべきだった、すまない」
うえぇ、この状況で椅子に座れと? 完全に退路を断たれた気分だ。
ああ、胃が痛い。この痛みも”回復術”で治らないかなぁ……? 後で試してみよう。
「腹の具合はどうだ? 傷があった箇所が突っ張るとか、痛いとか、何か違和感あったりしないか?」
内腑にまで及ぶ大怪我というものは、一見完治した様に見えてはいても何らかの異常を残す場合もある。回復術士の前提技能でもある<走査>の結果というものは、本来ならば絶対にあってはいけない事なのだが、その時その時の術者の精神状態によってかなり精度が左右されてしまう。
一応は万全を期したつもりだが、あの時焦りがあったのは正直否めない。”家族”があそこまで傷付けられたのだから、仕方が無いのだけれど……冒険者として、”徒党主”として失格だと思う。
「うん、大丈夫。クラウディアが居てくれたから問題無かったわ」
「いいえ、レグナードさんの回復術が優れていただけですわ。わたくしにできたのは、神聖魔術による”増血術”程度。これも気休めレベルですもの」
これはクラウディアの謙遜だろう。ヴィオーラが内腑がはみ出る程の大怪我を負った上で無理に大立ち回りをしただろう事は、あの場所の夥しい血痕で一目瞭然だ。今思えば、もしかしなくとも俺の回復術だけでは半々だったかも知れない。反省せねば。
「……そうか。クラウディア、ありがとうな」
「いいえ、わたくしは元々大地母神に仕えし”使徒”。教義に従い、当然のことをしたまでですから。礼には及びませんわ」
「ホント、そういう所クラウディアってば固いよねー。ねっ、レグナード?」
「ああ、そうだな。もう少し肩の力抜いても良いんだぞ、クラウディア?」
「申し訳ありません、レグナードさん。これがわたくしの素、ですので……」
「そっ、そうなのか。それはすまない。は、ははははは……」
……てか、クラウディアとレジーナ、何でここにいるの?
言いたい。
言いたいけれど、言えない。何か後が怖いから。
何とかこの場から穏便に逃げる算段を立てないとなぁ。等と思いつつも、家政婦のルイーザが運んで来てくれた紅茶のカップに口を付ける。妙な緊張のせいか、味も香りも全然解んねぇ……
「……レグ。ここに来たのは、それだけじゃないんでしょ?」
あ。
ヴィオーラの奴、ぶっ込んで来やがった。
そうだよなぁ。ここで躊躇してグダグダした所で結果は変わる訳もでもないし、結局は時間の問題でしかないのだから意味の無い行為だよな。二人の目があるが、この際致し方ない。
「……何で、俺の言いつけを守らず一人で街に出た?」
ヴィオーラは無謀にも一人で、更には何の武装もせずに街へ出てしまった事がそもそもの発端だ。
彼女の”技量”では、もし仮に完全武装で出掛けていたとしても、恐らくは馬鹿野郎が雇った賊達の手に墜ちただろう。彼らと相対して解った事だが、ヴィオーラとはそれだけの明確な”差”があったのだ。だからこそ、何故”徒党主”である俺の言いつけを守らず一人で出掛けてしまったのか? それを糾弾せねばならない。
「ごめんなさい。あたしのせいで【暁】の名を、地に墜としてしまったわね……」
「そんなつまらん返答が聞きたかった訳じゃない。何故、俺の言いつけを守らなかった? 答えろ」
『あの馬鹿の糞捻れ曲がった性格ならば、確実に俺を恨んでいる筈だ。頼むから、単独で屋敷の外に出ないでくれよ?』
そして、俺の危惧した通り、奴は一人になったヴィオーラを狙って来た。
腹の傷が深過ぎたせいで、その前に確実に失血死していただろうが、もし生きたまま奴らの手に墜ちていたら、クラウディアやレジーナみたいに過酷な拷問の果てに陵辱の限りを尽くされたかも知れないし、アンとシルヴィアみたいに顔の右半面に醜い”奴隷紋”を刻まれ”支配の首輪”によって人間の尊厳を徹底的に踏み躙られたかも知れないのだ。
「……ね、ねぇレグナード? ヴィオーラも反省しているみたいだしさ、そこまで責めなくても……」
「俺は今、ヴィオーラに訊いているんだ。君に訊いている訳じゃないよ、レジーナ」
これは”徒党”内における秩序の問題であり”家族”の問題だ。だから、レジーナは無関係だ……なんて、俺はそんな事は言わないし、言えない。君の事も家族だと俺は思っているのだからね。
だが、徒党主の俺が課したルールを、ヴィオーラは破った。その一点こそが問題なのだ。
今回は運良く俺とアンが間に合ったからこそ、ヴィオーラは助かっただけに過ぎない。
もし仮に、俺の回復術が、クラウディアの増血術が。そのどちらかが間に合わなかったら、恐らく彼女は助からなかっただろう。
だからこそ、ここは無理に我を通してでも追求せねばならない大事な場面なのだ。
「まだ徒党【暁】が完成する前だってのに……また、俺から”家族”を奪うのか……?」
兄アルベルトと作った徒党【一番星】。
気が付けば兄以外の最終面子は全て入れ替わり、ドゥーム家の財産を狙った親戚からの刺客と、そいつに買収された裏切り者達だけになっていたのだが、あの事件が起こるまで、俺はずっとこいつ等の事を”仲間”だと”家族”だと思っていたのだ。
俺はあの日、父と二人の兄、そして5人の仲間達という”家族”を、一気に失ったのだ。
「君なりに何か考えがあったんだろう。だけれど、何故、出掛けるの一言が無かったんだ? アストリッドも、アンも、シルヴィアも、そしてクラウディアだって、レジーナだっていた。何故、誰かと一緒に行動できなかった? 俺は君に一人で出掛けるなと言った筈だっ! ……頼むから、危険な事をしないでくれ……俺はもう、誰も失いたくなんかないんだ……」
あ、ヤベ。
涙が出来てきた。
なんでだろう? そんなつもりは全然無かったのに。何で俺は涙を流しながら、こんな恥ずかしい事を言ってるんだ?
「……ごめんなさい。レグ……」
「レグナードさん……」
「……そこまで、なんだ……レグナード」
妙に感極まって、次に出て来る筈の言葉を発する事ができないまま、俺は下水風味の漂う上着の裾で強引に溢れる涙を拭う事しかできなかった。
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