46.こうなったら乗りかかった船って奴だけどさ、本当に俺が全力で養わないとアカンの?
……とまぁ、冒険者ギルドの中で、そんな人に知られたくない恥ずかしいやりとりがあって、この親子が我が家まで付いてきた訳で。
幸い、俺の曾祖父さんが、隠居後の余暇の手慰みにと、何故か鍛冶の真似事に手を出していたお陰で、我がドゥーム家の敷地内にそこそこの設備があったりする。
まぁ、所詮金持ちのおままごとだ。形から入ったは良いが、すぐ飽きて放置っていうソレ。そういや、その事で散々祖父さん愚痴ってたなぁ……
「グスタフ。ここなら、それなりの仕事ができるだろう? 足りない物があれば遠慮無く言ってくれ。なるだけ用意してやろう」
「ほう、ほう。どうして、どうして。これほどの設備、なかなかはお目に掛かれんて。こりゃ腕が鳴るわいなぁ」
次元倉庫から鍛冶道具一式を取り出しながら、グスタフは嬉しそうに指を音高く鳴らした。それあんまりやっちゃダメな奴なんだけれどなぁ……
「さぁ、主殿。わしの”技量”、存分に使ってくだされ」
俺の装備はどれも迷宮攻略時に得た”神造武具”であるため、如何にグスタフが大地の人の中の名工であったのだとしても、所詮人の手による”作品”である以上、性能面で遙かに劣る。
……はっきりと言ってしまえば、専属の鍛冶屋なんか、俺にとって不要だ。
だが、俺のせいで目の前の大地の人親子の人生が狂ってしまった。
正直半分以上は、こいつらのやらかしでしかないのだが、断れず押し切られてしまった以上、もう何を言っても繕う事はできないだろう。
ならば、せめてこいつらの気が済むまで使ってやるべきだ。
「まず、お前さんの技量を知りたい。今出せる”作品”があるなら見せてくれ」
なら、ヴィオーラ、シルヴィアの装備を用意させるのも良いかも知れない。一応ヴィオーラは階級相応の装備で身を固めているが、シルヴィアはどう見ても装備に全然金を掛けていないから必要だろう。
『解ってるけど、金、ねぇんだよ……』
下水道でその事にそれとなく触れてみたら、恥ずかしそうに鼻を掻きながらシルヴィアはそう返事したが、いくら何でもそれでは鋼鉄級の冒険者として杜撰過ぎるだろうとは思っていた。
当然矢は消耗品だし、弓も主武装としては他の武器に比べると、そうそう長く使える物ではない。だからそこはもう仕方無いのかもしれないが、接敵時の副武装である二対の短剣も、お世辞にもあまり良い素材ではない事が遠目からでもはっきり解る程に酷いものだったしなぁ……
そういや、レジーナも重戦士の癖にあまり良い装備とは言えなかったな……大盾だけは無理してたのか黒鉄鋼製。でも鎧は青銅製のハーフプレートだったか。馬鹿野郎は釣った魚に餌をやらないクソだったのだろう事が良く解る一例だな。まぁ、今その彼女はそんな貧弱な武装ですら一つも持ち合わせていない訳だが……
うん。そうだな。レジーナとクラウディアが徒党に入る、もしくはここから去り独りで生きる、そのどちらを選択したのだとしても、せめて一式の装備は与えてやりたい。それくらいやっても許されるんじゃないかな。
城塞都市に在る武器屋の品より品質が高ければ、まぁそれで良いか……あれ? ずいぶんと審査基準が下がってしまったか。いかん、いかん。
「ふむ。でしたら、これですかいのぉ」
グスタフが取りだしたのは、何の飾り気も無い長剣だった。
それを受け取り鞘から抜くと、すぐに目に付いたのは刃から薄く漏れる青い燐光……これは、蒼鉄鋼か? いや、刀身自体に魔力を帯びているみたいだしそれだけではないな……
「蒼鉄鋼と黒鉄鋼、それと聖銀の合金ですじゃ。比率は3:2:1。蒼鉄鋼を主にしておりますので、魔力の通りは言うまでも無く、耐久性と重さを優先して打ちました」
魔力を通せば切れ味も上がるし、その上で”重さ”を載せた攻撃ができる利点は大きい。当然、そんな無茶な使い方をするならば耐久性は重要だ。重戦士の持つ武装として最適化された剣だともいえる。
”重さ”だけに言及してしまえば当然総黒鉄鋼製の方が良いのだが、黒鉄鋼には金属の”粘り”が無い。突撃槍や大槌ならばそれでも全然良いのだが、刃の付いた武器では、自身の重さを打撃に載せる重戦士の技能の負荷には耐えられない。その為、こういう合金の選択肢になるのだそうだ。
「わし自身、重戦士の称号職を持っておりますのでな。まぁ、出せと言われて真っ先に出て来るのはこういう剣ですわいな。まぁ、わしは槌の方が慣れておりますんで、そちらばかり使っておるのですが」
鞘を脇に置き、長剣に魔力を込め軽く振ってみる。
魔力を帯びた蒼鉄鋼の蒼い軌跡が、薄暗い鍛冶場の空気を断つ……悪くない。
「……うん。お前さんの”技量”は大体解った。これならあんたに任せても大丈夫だな」
「良かったねぇ、とーちゃんっ」
……てーか、エディタもいたの? ずっと大人しかったから、てっきり退場してくれたもんだと思ってたよ。
「まだ見習いではありますが、娘はわしの”助手”も兼ねておりますでな。最近は相槌を任せられる様にもなってきておりましてのぉ」
「へぇ……」
ただの残念な肉奴隷志望者じゃなかったんだ。最初からそう言ってくれれば、ここまで全力拒否なんかしなかったのに。もう遅いし、今更ではあるが。
「主様。ぼくの事、見直してくれました? さぁ、ここで悔い改めてぼくを全力で可愛がってくれて良いんですよ? 処女ですけど、ぼくはいつでも覚悟完了。つまりは、ばっちこいでっす♡」
なぁ、グスタフ……本当にさ、あんた、娘の教育どーなってんの?
「……本当に、面目ねぇです」
◇◆◇
あれからずっとヴィオーラの事は気になっていたのだが、どうしてもあの晩のやりとりが頭を過ぎるせいか、なかなか言及することができなかった。そんなヘタれな俺だが、屋敷に戻った以上は、嫌でも向き合わねばならない。
俺の”回復術”によって、傷痕も残さず癒やしはしたが、元々内腑がはみ出るほどの大怪我だ。心配するのは当然だろう。
「ヴィオーラ様でございましたら、本日はご自身のお部屋でお寛ぎになっておられるかと」
彼女は館に運び込まれたその日の晩にはもう目を覚ましていたらしい。クラウディアの”増血術”のお陰で、特に後遺症も無く体調は問題無いとセバスは言う。
まぁ、何事も無かったならそれで良いのだが……俺はヴィオーラと腹を割って話さねばなるまい。
どうして、出るなと言ったのにも拘わらず、一人で街へと出掛けて行ったのか?
どうして、無頼漢達から逃げなかったのか?
そして、まだ徒党【暁】を抜けるつもりでいるのか……
ああ、嫌だ嫌だ。
彼女と対面し話をする、その時を想像するだけで胃がしくしくと痛くなってきた。一度苦手意識ができると本当にダメだな……クソ雑魚メンタル過ぎるだろ、俺って。
一年半前にヴィオーラに占拠されてそのままなし崩し的に決まった彼女の部屋の扉の前に立ち、一度、二度と深呼吸をする。
当然気配は消したまま、な? 覚悟を決める前に扉を開けられて躓きたくないし。
「どうぞ」
ノックに対する声の調子は普通だ。これなら変に拗れる事も無く話が早く済むかも知れない。
「入るぞ-」
なるだけ平静を装いながら部屋に入る。女性の部屋に入る経験なんて両手の指で足りる程度しかない経験値の少なさは、演技力でカバーするしかない。
「いらっしゃい、レグ」
「レグナードさん、おじゃましてます」
「ごめんね。アタシ達もいるんだ、レグナード」
「……え? なんで……?」
まさか、クラウディアとレジーナまでヴィオーラの部屋に居るなんて誰が想像するよ?
ずっとヴィオーラは意図的に下衆野郎とその仲間達を避けていた筈だ。それなのに、今になって交流を持っているとは……
ヤバい。なんか、急に胃が痙攣を起こし始めた気がする。
誰か、タスケテ……
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