45.押し売りをしたいのならば、口上は面白く愉快でなくてはならない。あんたらは失格だよ。
「わしらをお前さんの奴隷にしてくれ」
「……はい?」
普通さ、こんな事を急に言われて困惑しない奴は居ないんじゃないかな? お陰で急に頭が痛くなってきた。
この国の”奴隷制度”は、俺が生まれる少し前に廃止されている。その勅があるまでに国家を揺るがすゴタゴタがあったのは言うまでもないが、今はそんな事関係無い。まぁ、そもそも馴染みの無いものなのだから、俺が困惑するのも当たり前だろう。
この国で奴隷を所持する事、つまりは”違法”である。
例外として殺人や強盗等を犯した重犯罪者は、”犯罪奴隷”として鉱山やら戦争の最前線に送り込まれ、その”残りの一生”を帝国に捧げる事にはなるが。それでも基本的には奴隷制度というものは、もうこの国には残っていない。
その事を、幼児にも解る様に、ゆっくりと、丁寧に、何度も説明してやったのだが……
「それじゃあ、わしらが納得できんのじゃっ! わしら親子の”命”、お前さんに捧げるっ!」
「ですですっ! どうも主様はむっつりくさいですし、そこのむさ苦しいクソ親父なんかきっと無価値でしょうけれど、若くて可愛いぼくなんか肉奴隷として最適ですよっ? はい、当然処女でっす。くぅ、この自慢の”エッチな肉体”で存分にムラムラしてくださいっ☆」
おっさんはまだ良いわ。
娘よ、お前完璧アウト。
「……はぁ、おっさん……」
「わしの名はグスタフで、娘の方はエディタじゃ。主殿、よろしく頼みますじゃ」
俺が折れたと思ったのか、嬉しそうに相好を崩しながら名乗りを挙げるおっさんを見て、頭痛がより強さを増し、そして心が萎れていくのを自覚した。
「じゃ、グスタフ。あんた、娘の教育、完全にしくじったな……」
「……面目ねぇです」
「えぇー? 主様は要らないんですかぁ、若くてぴっちぴちの肉奴隷……」
多分俺にセックスアピールでもしているつもりなんだろう。身体をくねらせながら唇を突き出し、ウインクをしてくるエディタ。
「……っは!」
「鼻で笑われたっ?!」
”据え膳食わねば男の恥”世間様にはそんな格言もある。
だが、”魔法使い予備軍”にも矜持はあるのだ。差し出された肉体に靡くなんて……
なんて……
なんて…………
………………うん。
やっぱり、5.5頭身あるかないかの”大地の人”の女の子の特殊ボディでは無理。どうやっても勃ちません。
「そんな馬鹿な……じゃあ、ぼくこの場で脱ぎますので、主様のいやらしい目でじっくりねっとり吟味して下さいよぉ。絶対、バッキバキに勃起させてやりますんでっ!」
「おいバカやめろ」
おい、グスタフ。あんた本当に娘にどういう教育してやがったんだ? ここまでアレな女の子、俺生まれてこのかた見たこと無いんだけれど?! この場に徒党面子がいなくて本当に良かったよ。もしかしなくても全員この場で脱ぎ始めて”全裸パラダイス”になっただろうから。そんな混沌、俺絶対耐えられない。
てか、本当にどう考えても、この娘さん、一発退場レベルで超アウト。もし仮にエディタの姿が俺の”どストライク”であるアストリッドと瓜二つであったのだとしても、その残念過ぎる言動だけでしおしおに萎え果てる事だろう。
「……本当に、面目ねぇです……」
「くそっ。いつか絶対フル勃起させてやんよ」
「……ってーか、もう一度言うが、あんたらは俺を犯罪者にしたいのか?」
どうあっても退場してくんないエディタのせいで盛大に横道に逸れまくったが、話を一旦戻そう。
「まさか。そんなつもりなんぞ一欠片も無いですじゃ」
「……もしかして、ぼくのこの成熟バディが罪なのですか?」
君、もういい加減に黙れ。話が全然進まねぇから。
「そもそもこの国は、”奴隷”の所持が認められていない。奴隷を持つ事、それ自体が違法なんだと何度も言ってるだろう?」
「じゃが、それではわしらはあなた様に何も返す事ができないからあえて言っとるんじゃ。奴隷がダメだと言うなら、ほれ。”支配の首輪”があるぞえ」
どうやらグスタフは”次元倉庫”持ちだったらしい。いつの間にかごつい手に遺跡からアホみたいに出土する違法物”支配の首輪”があった。ああ、だからあの時大槌を持って暴れる事が出来た訳ね。
「馬鹿野郎、それも違法だ。二度と外に出すな」
「ではどうすれば?」
「そんなの知るかっ! てか、何故俺に隷属したいって話になるんだ? そもそもそこから解らない」
ああ、ようやく本題だよ。取りあえずエディタ。テメーは黙ってろ。
「……ぶぅ」
「ギルドマスターに事情を聞きました。わしのせいで、あなた様は資産の大半を失ってしもうたと」
「ああ、あれはかなり痛かったな」
奴隷商人から掻っ攫った資金があれば、少なくとも完全に四肢を失った”森の人”以外の亜人達、その大半を国外に逃がす事ができただろう。
だが、これは冒険者ギルドの家屋の修繕費として”帳簿”に記載される事が決まった以上、その使用目的からはもう絶対に覆せない。
「相当な額だったと聞きました。わしらが一生働いて返せるかどうか、と……ですので、わしらの”人生”、あなた様に差し上げよう。そういう訳ですじゃ」
「……待って。色々と待って」
グスタフの言葉に色々と理解が追い付かない。
お前、娘が大事だから冒険者ギルドの中で暴れまわったんだろ? それで何故そんな簡単に憎き人間の男に差し出せるんだ? もう全然意味が解らない。
「そこはただ単にぼくの希望でっす。とーちゃんがやらかした以上、やっぱりぼくにも責任の一端がありますんで。まぁ、それで親子離ればなれになるのもどうかって事で、ひとつご納得して頂けると幸いです」
確かにさ、そんなつまらない理由で親子の間を引き裂くなんて、俺もそんな事は絶対にしたくないよ?
でもね、俺にもちゃんと世間一般でも通用するだろう倫理観ってのがあるんだ。
その中には、人を一生コキ使うだの、差し出された娘を性的な意味で食っちゃうなんてのは何処にも無いのだ。
「あんた達の言いたい事は何となく解った。解ったが、頷く事はできんな」
「「そんなっ!?」」
まるでこの世の終わりみたいな表情を浮かべる”大地の人”親子のせいで、俺の頭痛がより激しさを増した様だ。ついでに胃もシクシクと痛みだしていたりも。
もう厄介事は馬鹿野郎とアストリッドの件だけで沢山だ。
なのに、もう……
「……そういやグスタフ。あんた、鍛冶屋だったな?」
「そうですじゃ」
自分の事を覚えていくれたことがそんなに嬉しいのか、すごく良い笑顔を浮かべて返事をしてきた。ああ、ムサいおっさんの笑顔なんか、ホントどーでも良いんだよ。ああ畜生。
「だったら、その鍛冶の”技量”で返せ。ショボいモン造りやがったら、その場で追ン出すからな?」
「っ! はいですじゃっ! 主殿、よろしく頼むっ」
「じゃあ、希望通りぼくは主様の肉奴隷で……」
「一発退場っ!」
「はぅぅっ」
煮ても焼いても(性的に)食えんこの残念過ぎる大地の人の娘、ホントどうしようかなぁ……?
どう考えてもこんなの誰にも相談なんてできやしない。捕まりたくないしね。
ああ、処置に困るよ……誰か、タスケテ。
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