44.かねがね かねが ねぇ。
「……事情は分かった」
つるりと光る頭頂部を撫でながら、おやっさんは深く溜息を付いた。
「俺達は悪く無いぞ」
「だからっ、誰もてめぇらを責めてねぇだろうがっ!」
流石。元黄金級の拳闘僧兵だ。机の分厚い天板を一撃で叩き割りやがった。
もしも、あの拳が俺の頭部に炸裂したら……うん。まるで南瓜の様に簡単にパックリと逝くだろうね。おおう、怖っ。
「はぁ……で、どうするつもりだ?」
「はっきり言って困ってる。俺だけじゃ、どう考えても手に余るわ」
「だろうなぁ……」
意味も無く強がってみせても仕方が無い。俺は正直におやっさんに話す事にした。
つい勢いに任せてあの場所から全員を連れ出しはしたが、あまりにも問題だらけ過ぎて、これっぽっちも今後の展望は無く、また全く身動きを取り様が無いのが現状なのだ。
まず、ここが帝国だからというその一点。
他種族にとって、この国ほど生き辛い国も今時珍しい。表向きだけなのかも知れないが、直ぐお隣に他種族の生きる権利を保障している開かれた国があるというのに。クラウディアとレジーナには死一歩手前の拷問を仕掛けた上に陵辱の限りをし尽くし、アンとシルヴィアには外道の象徴である奴隷紋を施して、剰え悪名高き”支配の首輪”まで取り付けやがったあの馬鹿野郎の出身国だという皮肉もたっぷり効いてて笑うしか無いけれど。
彼らの住んでいた故郷へと連れて行く事ができれば最上なのだろうが、あの奴隷商人は積極的に亜人達を仕入れていたらしく、聞けば被害者達の分布があまりにも広範囲で、それこそ大陸中の津々浦々まで……というか、海を隔てた遙か遠方の国の人間もいたりして、そんな国名を聞いた時、盛大に俺は頭を抱えた。
それでも、せめて比較的亜人差別の少ないまともな国へまで彼らを逃がすしかないのだが、そうすると今度はその為の人足確保と資金の問題が出て来る訳で。
悲しいかな俺を含めて……になってしまうが、この国に生まれた人間は、誰しも亜人への”偏見”を捨てきれてはいない。そんな冒険者達に彼らの護衛が務まるのか? よしんば護衛を受けてくれたとしても、その依頼料の出所はどうするか? そして逃がすにしても、彼らの生活の目処が立つまでの資金援助も当然考慮に入れねばならない。どれだけ綺麗事を並べたとしても、所詮先立つモノは金なのだから。
「太守府に持っていく……訳にゃあいかんだろうしなぁ……」
「当たり前だろ? そんな事したら、俺もおやっさんも手が後ろに回っちまう」
あの奴隷商人の口ぶりだと、この城塞都市の上層部にも”優良顧客”がいたのはまず間違い無い。態々こちらから付け入る口実などを与えたりでもしたら、口封じの為に奴らは嬉々としてこちらを潰してくるだろう。無意味に自爆して何の意味があるというのか。
俺の方に伝手があれば良かったのだが、所詮は下から数えた方が早い男爵位。まぁどだい無理な話で。
ドゥーム家より上位の親戚筋を頼ろうにも、先代当主と当主候補暗殺のゴタゴタがあった以上、正直それも難しい。誰が敵で、誰が味方なのか……未だその判別が付かないからだ。
「事情が事情だからよ、こちらも色々とギルドの伝手を頼ってはみるが、それでも助けてやれるなぁ精々1割、2割くらいだろうが……」
逆に最初から資金援助して貰えるとは全然思ってもみなかったので、おやっさんの言葉は素直に有り難い。お陰で多少は計算できる様になってきたぞ。
「それなら、あの奴隷商人のアジトから掻っ払ってきた金やら宝石があるから、ある程度は何とかできるか……」
宝石類は換金時にかなり目減りするから俺はあまり好きではないのだが、この際仕方が無い。金はあればあるだけ必要になるのだから、計算できるものは全て計画の中に入れねばならない。
全員すぐに移動させる事は、物理的にも資金的にも当然無理に決まっている。だが、次の移動までの資金に目処が立つまでの間ならば、居残りの人間の何名かをドゥーム家や冒険者ギルドで臨時に雇い入れさせたりして何かしらの職に就けてやる事はできるだろう。
また、その技量と差別に晒される覚悟が彼らにあれば……なんて酷い前提にはなってしまうが、冒険者登録をさせて”自活”できる環境にもっていければ、きっと計画は更に速まるだろう。
流れによっては、ウチの徒党を”徒党連合”にしてしまって、そんな彼らと”共存”する方向で考えるのも決して悪い選択ではないんじゃないかなと個人的には思う。
「ああ、下で鑑定中のそれなんだがな。お前さんにゃ悪いが、ほぼ使えんと思ってくれ」
「なんでだよっ!? あれだけあれば、少なくとも連れてきた亜人達の半分近くは救える筈だろっ?!」
言い方は悪くなるが、あの奴隷商人はかなりの額を貯め込んでいた。自慢の暗殺者に、愛玩用の”森の人”各種老若男女の売り上げは相当なものだった事が容易に窺える程に。一回の取り引きで一体いくらの額が動いていたのやら……外道過ぎる商売なので、全然羨ましくはないが。
……って、それが”使えない”ってどういう事だ?
「そら決まってンだろが。お前さんが連れてきた”大地の人”の奴がやらかしたウチの修繕費と、怪我した冒険者達への慰謝料。あれがいくらになると思ってやがンだ?」
「だから、俺達は悪くねぇっつってんだろがっ!」
言うだけ無駄だろうなぁとは思いつつも、抵抗だけはしてみる。ギルド内の開き部屋のほとんどを徒党【暁】の名で借り受けた以上は、それに伴う責任を全部こちらが被るのは当然の話なのだから。
契約上、いくらゴネた所で何の意味も無い。それは解っているが、正直解りたくないってのが本音。でもまぁ、無関係な人間にも被害が及んでいる以上、おやっさんも表立って庇う事ができないのも理解できてしまうんだよなぁ……
「ウチのミリィを治療してくれた事には感謝するが、それとこれとは別の話だからな……今回ばかりは、諦めてくれ」
「ああ。みっともなくゴネて悪かったよ、おやっさん……徒党【暁】は、この件を了承する」
「……すまんな。ギルドは組織である以上、金勘定ってなぁ絶対誤魔化す訳にゃいかねぇからよ。なるだけ別件で埋め合わせすっから」
「いや、おやっさんが正しい。そもそも俺が考え無しに彼らを連れてきちまった事が悪いんだ。面倒事に巻き込んですまない……」
さて。資金繰りがふりだしに戻った訳だが……今後の事を考えると、頭が痛くなってくる。ウチの実家がヘタな領地持ちの伯爵家よりかは裕福だとはいえ、俺自身が自由に使える”小遣い”程度じゃ全然足りないのだ。
「……下手にテンションに任せると、碌な事にならないな……」
誰にも聞こえない嘆きがつい漏れてしまった。後悔先に立たず。本当に今更な言葉に打ちのめされる羽目になるとは、全然思ってもみなかった。
天板が割れ無残な骸を晒すギルド長の豪奢な執務机をそれとなく眺めながら、俺はソファーに深く身を沈めた。
◇◆◇
たった一晩留守にしただけなのに、すでに懐かしさでいっぱいに感じる我が家の門を徒党の皆で潜る。
ああ、まずは装備を外して、風呂に入ろうか。
それから、”ミッション”の疲れを癒やそう。
茶の時間には、家で留守番していた”家族”も呼んでさ、皆で”少し余所行きの高級生菓子”をつつきながら”わりと無理した香り高き紅茶”を飲み優雅な一時を過ごすのも良いだろうさ。
「……ダメ野郎さ。なんか、スッゲ死にそうな顔してね?」
「まぁ、うん……そうかも?」
思っていたのと違う。
これが結構キツかったのは、まぁ、否めない訳で。
だが、それを分かり易く”表情”に出す様では、商人どころか貴族失格だと言われても、そこは素直に頷くしかないだろう。
「はぁ。お嫌でしたら、何故あの時お断りしなかったのですか、レグナード?」
「これ以上無責任にはなりたくなかったんだ。すまない、アストリッド」
久しぶりに"褐色の森の人”さんが持つ”固有技能”<冷たい視線>を一身に浴びながら、今もガンガン疲労が蓄積していくのを自覚する。彼女のご機嫌は分かり易いまでに急斜面……ってーか、最低75度くらいはあるね。絶対。
うん。確かに嫌々というか、渋々だったのは、まぁ否定しないけれどさ。それでも一応は俺の家の事だし、全ての決定権は俺に帰属するんだ。だから……うん、ごめん。やっぱりなんでもない。
「良い男の条件ってなぁ、まず心が広い事なんだぜ、アストリッドよぉ。その点、レグナードはサイコーだろぉ?」
「ええ、そうですね。シルヴィア。そこは激しく同意します」
「サイコーでもサイテーでもこの際どーでも良いから、俺ぁこのままさっさと寝てしまいたいよ……」
あ、なんかまた熱がぶり返してきた気がする。
なんかもう悪寒がするよ。やっぱり風呂はやめとくべきか? いや、でもシルヴィアの『仄かに下水風味』発言が、ずっと頭の片隅から離れない以上、出来れば何とかしたい。いかに俺がモテない"魔法使い予備軍”だとはいえ、だからこそ最低限のみだしなみをしなくてはならない。それくらいは理解しているつもりだ。
「だったら、まず後ろの奴、何とかしなきゃダメなんじゃないかな、無責任男?」
「……だなぁ。まずはそこからだろ、レグナード」
「今からでも遅くはありません。やっぱりやめませんか、レグナード?」
「いやいやいや。流石にそれは鬼畜の所行だから……」
徒党の皆で後ろを振り返ってみる。
俺の疲労を倍増させていたのは、アストリッドの固有技能もあるけれど、当然その原因になった奴がいる訳で。
「今日から世話になる。よろしくなっ!」
「親子共々お世話になりますっ。主様、どうか末永く可愛がって下さいませっ♡」
”家族”だけでなく、その後ろには何故か要らないオマケ……自称鍛冶士”大地の人”親子までもが家に付いてきたのだ。
「……ドウシテコウナッタ?」
「「「……さぁ?」」」
資金の問題、人の問題。そして何故か急に増えやがった扶養家族の問題等々……
本当に前途多難過ぎて心底嫌ンなってくる。
誰か、タスケテ……
誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。




