43.ご褒美と罰、バランスが難しい。おい、ちゃんと反省してる?
「……正直すまんかった……」
<影の鎖>の拘束から解放された”大地の人”のおっさんが最初にしたのは俺達に対しての土下座だった。
(ってーか、アンタちゃんと帝国公語で会話できてんじゃんっ!)
これ絶対アンもシルヴィアもアストリッドも思った筈だ。俺もちょっとイラっとしちゃったし…ね?
「皆様、本当に申し訳ございません。ウチの馬鹿親父がとんだご迷惑を……」
その隣で、おっさんと同様の姿勢でいる”大地の人”が。
おっさんが暴れた原因こそが、隣で綺麗な姿勢の土下座をかます”大地の人”の女の子だったって訳で。
まぁ、考えてみたらおっさんの気持ちも解らなくは無い。
娘共々拉致されたかと思えば、戯れ半分に両手両足を斬り落とされ、次に目覚めた時に娘が隣に居なかった。
うん、さぞかし不安に駆られたことだろう。
「わしゃ娘の事が心配で心配で……いてもたってもいられんかったでのぉ……」
だからって、狂戦士かよってツッコミでもしたくなる様な大暴れをしてみせたのは、流石にどうなんだ? とも思わなくも……まぁ、どんな事情であれ、少なくともミリィにした事へのケジメだけは絶対につけさせる……つもりではいるんだがね。
「ってーか、いくらボクの魔法がバッチリ効いてたとはいえさ。あの騒ぎでも全然起きないって、君かなりの大物だよね?」
通常、深層催眠術のもたらす無の眠りは、術の効果時間が過ぎてしまえばそれでおしまい。何の能力障害も後遺症も無くその場でしゃっきりと目覚める筈なのだ。
”大地の人”の彼女が、その後もぐっすり寝続けていたって事は…まぁ、うん。そういう事だ。
「いやぁ。久しぶりのあったか清潔ベッドでしたので。ふかふか枕さんが本当に良い仕事してましたよ。あははははは」
……うん。アンの言う通り、この娘、間違い無く大物だわ。誰かさんのせいで無駄に被害が拡大したんだって話だってのに、笑って誤魔化しやがった。
「これだから”大地の人”は大嫌いなんです……」
「丸投げしちゃってホント悪かった」
未だ怒りが収まらないのか、アストリッドの機嫌は頗る悪い。まさか”森の人”と”大地の人”の間にこの様な確執があるだなんて、他種族とは全く縁の無い生き方をしてきた俺には知る由も無かったのだから、そこは勘弁して欲しい所ではあるのだが。
「それでしたら、特別報酬を要求します♡」
「はいはい」
そんなので良いのなら、君の気が済むまで、いくらでも撫でてあげるよ……しかし、何で俺みたいなのが彼女にここまで懐かれているのか本当に謎だ。正直かなり怖くなってきたから、そろそろ本気で腹を割って彼女と話をした方が良いのかも知れない。
「でもよ、帝国公語が話せンなら、何故娘さんの事を訊かなかったんだい?」
そんなに心配だったなら、まずそれが出て来るべきだろ? そうシルヴィアは指摘する。
そだね。その通りだ。それが普通の展開であり、そうなっていればミリィがあんなに痛い思いをする事も無かった筈なのだから。
「そんなもん、”鍛冶屋の命”を斬られれば、ああもなって当然じゃろがっ!」
確かに奴隷商人の目玉商品でもあった暗殺者共の”試し斬り”によって親子共々両手両足を失ったのだから、人間不信になるのは解る。解るが、だからと言って、奴らと同じ人間種ではあっても、無関係であるミリィの右腕を”破壊”した言い訳には当然なりはしない。
「……その”命”とやらが、お前さんが目覚めた時に、何の痛みも、違和感も無く、しっかりと繋がっていて、思う存分、好き勝手暴れる事ができた事に、一切の疑問を持たなかったのか?」
まるで精巧に紡がれた銀糸の如く美しいアストリッドの髪を撫でる手を止め、俺は今にも爆発しそうになる怒りを堪える様に両手を組み、大地の人を睨み付けながら、子供にも解る様に、言葉を句切り、ゆっくりと居直りやがったおっさんに問いかけた。
「んぐっ……それは……」
俺は、態と見せつける様にゆっくりと腰に佩いた魔剣の鞘に手をかけた。返答次第では、もう一度”鍛冶屋の命”とやらを断ってやるつもりだ。
「どこに隠し持っていたか知らんが、あんたの大槌の威力は凄まじいよな。魔物氾濫をも想定して作られたギルドの壁すら穴が開く程だからな。で、そんなのを、何の戦闘経験も無いただのか弱き女性に向けちまったら、どうなるかくらいは……お前さん、欠片も想像付かなかったのか? それとも、解っていてやったのか?」
基本的に打撲傷というものは、切り傷なんかより遙かに治りが悪い。”内部にも同等、もしくはそれ以上のダメージを受ける”訳だから、当然のことだ。
それが内部から破壊する様な強烈な”打撃”になったらどうなるか? 俺がした様に、そこからの治療を早々に諦め、再生を選択せざるを得ない状況になるのだ。
部位欠損からの”再生”とは、並大抵の努力では成し得る事なぞできない高度な治療だ。
希少ではあるが”回復術士”という称号職は、あくまでも下級職の中の一つでしかない。
必要最低限となる解毒術と回復術の技能を習得してしまったら、他の称号職の前提条件になる技能を追いかける冒険者はとても多い。いや、そもそも回復術士を極めようとする者はほぼいないと断言しても良い。俺もそうだったが、そうしなければ自分の身を守る事ができないからだ。
当然そうなれば、部位欠損までをも癒やせる”技量”を持つ者は、ほぼいない。以前、ヴィオーラに話した通り『覚えるだけなら簡単だが、その先は地獄だぞ?』に繋がる訳だ。
冒険者なんて危険を冒す事無く街中で治療院をかまえ生きる回復術士は多く存在する。”縄張り”さえしっかり守っていれば、部位欠損を治療する技量を持ってはいなくとも食うだけなら全然困りはしないのだから、その技術を極めようとする勤勉な者は最初からいるわけもない。
当然、同じ効果だが別系統の回復術を操る僧侶であっても、そこまでの”奇蹟”を行使できる者は、各都市の教会に一人、二人いるかどうかの高等技術になる。この城塞都市だと、秩序と契約の神のアードルフ司祭がそうだったのだが……って、もう他の都市へと異動してるか。
俺、レグナードがもし城塞都市に存在しなかったら、きっとミリィの右腕は失われていただろう。
まぁ、そもそも事の発端が”俺のせい”である以上、この”もし”は最初から有り得ない前提でしかないのだけれど。
「……本当に、すまんかった……あの時、わしゃあ人間ならば誰であろうと目に付き次第、全員殺すつもりでおった。目の前で娘の両手を斬られるのを見て、どうしても許せなかったから……」
このおっさんは最初から”人間憎し”で動いていたのだから、ミリィの”説得”になんか端から応じる訳もない。結果、ミリィは大怪我を負い、異常に気付いて駆けつけた冒険者達に助けられたのだろう。そこからは、俺達が来るまで狂った様に大暴れしていた……と。
「カス野郎、多分だけどこのおっさんさ、そん時に”幻惑術”でも喰らってたのかも?」
「……ああ、なるほど」
それなら、このおっさんが意味も無く壁や床を攻撃し続けていたのにも説明がつく。この場に居合わせた彼らの判断と技量が良かったのだろう。ミリィが助かったのも彼らのお陰だ。後で酒でも奢ってやらねば。
「……でも、もしそうだったら、ボクはアイツらへの嫉妬の炎に身を焦がさねばならない訳で……コンチキショウ」
抵抗されまくると、何か嫌な気分になるよね。解る解る。でもさ、魔法を通すコツって結局気合いだから。まぁ頑張れとしか……
「本当にごめんなさい。謝罪が足りないと仰るならぼくの両腕を差し上げますから、どうかウチの馬鹿親父を許して下さいっ。鍛冶屋の命、どうか奪わないで下さいっ、お願いしますっ!」
どうにも収まらぬ腹のせいでついつい滲み出てしまう俺の殺気を感じてか、大地の人の娘がゴンゴンと額を廊下に打ち付けながら謝罪を繰り返す。ってーか、その君が差し出そうとしている両腕をくっつけたの、俺なんだけれどな……
「はあぁぁぁぁぁぁぁ……うんまぁ、君達の事情も理解できるし、後であの子にちゃんと謝ってくれるなら、俺達はもう良いんだ。問題は……ねぇ?」
魔剣の鞘から手をおろし、大きく息を吐く。
怒りを抑える事はどうにも難しいが、ちゃんと反省しているならばもう致し方ない。無駄な血を流したところで何も良い事は無いのだし、俺達自身は痛い思いを(俺はしたけれど半分自業自得だし)していないのだから振り上げた拳は降ろすべきだ。
土下座する彼ら後頭部からちょっとだけ視線を上げただけで見えてくる、本来ならば見えてはいけない城塞都市の町並みと、煌めく星も眩しい夜空の対比……要するに白壁にぽっかりと開いた穴、穴、穴だ。
「……こればっかりは流石に俺の手に余る。さて、いくらかかるかなぁ……?」
翌朝出勤した時にこの”惨状”を目撃したおやっさんが、一体どういう顔をするのか……その事をちょこっと想像しただけで身体の芯から寒気が襲ってきた俺はぶるりと震えたのだった。
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